お直しカフェ-お直しをする人の溜り場をつくる試み(2)建築家 岡啓輔「一生ズボン」

第35期(2017年10月-11月)

こんばんは。第二回目。先週、初回を投稿してから、見ず知らずの方の感想を見かけたり、友人からメールをもらったり、思いの外反響があって、これはお直しについて考えたり手を動かしたりが加速するかもしれない連載だなと、改めてありがたく感じている今。(感想ポストやワークショップ開催のお誘いはいつでも待ちしています、、!)

さて、今回は一段ととっておきのやつお届けします。今年のはじめに東京と大阪でお直しの展示をしたとき、ゲスト参加してくださった建築家、岡啓輔さんのインタビュー。東京のガウディ、ひとりでビルを建てる男(1)、岡さんは、東京三田でおそらく将来自宅となる「蟻鱒鳶ル(アリマストンビル)」をセルフビルドで建てながら、日が暮れると作業を終えて、自分の履いているズボンのお直しに勤んでいる。

岡さんと言えば、このビルのセルフビルドがあまりに有名だけど、自宅に帰ったあと、雨の日に、チクチクとガシガシとズボンを縫っている様もぜひ多くの人に知ってほしい。ビルとズボン、それぞれに通じる岡さんの美学や思想、捨てないぞの気持ち、ものを作る楽しさ、これまで自分では言葉にできていなかった多くを代弁してもらったように感じました僭越ながら。そして必読である。では、はりきってどうぞ!

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一生ズボン(話し手:岡啓輔)
このズボン、冬はいつも履いている。友人に呼ばれたときとかの正装用のこれと、飛行機とか社会的な正装用のズボン、作業ズボン3枚を交互に履いている。今日も夕方まで履いていた。基本的には破れそうになったところを縫っている。当て布もしている。裾のところは、縫っているうちに布が上がってタケが短くなったところを、2回伸ばした。数えたことはないけど、たぶん2,000時間ぐらいかけてるかな。

最初は裁縫のことが全然わかっていなくて、木綿の糸で縫ってたけどそれはほとんど消えちゃった。化繊糸にしてから、擦れてなくなるということはなくなった。縫い物のことは何も知らないから、小学校の家庭科の知識で縫う。たぶん”返し縫い”ってやつかな。わからないけど、針っていう道具を使って、糸と布の摩擦で抑えるイメージだけはある。裏の玉止めもあまりできていない。止めるときは、糸が短くなってて「あっ」ってなることも多い。縫う技術もないし、糸や針の選択もだいたいわかってなくて間違ってる。時々、太い針で力を込めて毎日やってると指から血がでてくることもある。今は一番太い針はやめて、そこそこ太い針で指ぬきを使ってグイグイ押してる。

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服を買わないと決めた
サラリーマンをやめた21歳のころ、「もう一生服は買わなくていいな」と思った。その頃はバブルだったし、みんな服をたくさん捨てているイメージがあったので、もう買わなくていいなと。それまでは、いわゆる”クラスで一番のオシャレさん”だったと思う。地元にいい洋服屋さんもあって、色んなことを教えてもらった。それがサラリーマンをやめたあと、もうこのあとは一生貧乏かなと。それで服にお金をかけるとおかしくなりそうで、買わないと決めるのも面白いかなと思って決めた。

友人から、買ったけど似合わなかったジャケットとか、アジアとかで買ったTシャツとか、上に着る服はもらえて生きていたけど、ズボンは中々もらえなかった。ズボンはもらえないからどうしようかなと思いながら、モンペをはいていた。母ちゃんが久留米絣の地区に住んでいて、モンペを縫うバイトをしていたから。母ちゃんは化繊の安いモンペをたしか1着8円ぐらいで縫う内職をしていた。はじめて金額を聞いたときはえ~って驚いたけど、母ちゃんたちは1時間に百数枚のもんぺを工業用のミシンでばーばー作って意外に儲かってた。だから家にモンペはたくさんあった。モンペ、それかナイキのナイロンパンツ、シャカパン。このズボンは、嫁のお兄ちゃんがサーフショップを経営してて、売れない商品をもらった。それが17、8年前、1999年ごろ。

7、8年履いたあと、このズボンは一回捨ててた。でも服は買わないというのを続けていたので、履くものがない。嫁からはもうモンペはやめてくれと言われていた。蟻鱒鳶ルを建てはじめてた頃だったし、服装ぐらいは普通にしてくれと。遂に俺もユニクロで買うかと考えたこともあったけど、ユニクロで買うぐらいだったらズボン縫うか~と思ってはじめたのが最初。きっかけのひとつに、テレビで田中忠三郎を見たこともあった。運命的っていうほどでもないけど、田中忠三郎のBORO(2)を見て「よしよし俺もやろう、これでズボンがないぞ問題も解決するぞ」と思った。

縫うほど好きになる
縫い方はわからなかったけど、まあ大丈夫かなと思って縫いはじめた。はじめの頃は破れて縫ったことがまるわかりの、だささMAXな状態。かっこ悪いを通りこして、気持ち悪いの時期もあった。友人に「そのズボン怖いから近寄らないで」と言われたこともある。人間がやった感、人間の意識が入りまくってる感じ。今のように自然にできた感じはなかった。

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直線があるのは、裏の当て布。大きめの当て布を当てている。ポケットは今、穴が空いたままだけど、このあいだ清澄白河でもらったお相撲さんの着物の布当てた。時々丸く縫ってみたり、ここは直線で縫ってみたり。今でもどっか必ず破れだす。このズボンと、あとカバンも破れるので縫っている。夏は半ズボンも。あれもなかなかいけている。基本的には自分は色弱なので色はわかってない。赤と緑の違いはなかなかわからない。

ちょっとよかったのは、このズボン元は好きでもなんでもなくて、もらったから履いてた。縫うとすきになるのは、もちろん。最近このズボン専用のベルトも買ってきた。単なる革のベルトだけど、この間ローマのパンテオンに行ったときに買ったもの。パンテオンは、建築がすごくよくて、今俺の建築ライフの中でナンバーワン。パンテオンの裏で何百年もやってる革細工のお店があって、じいさんがやってる。そこでベルトを買った。

夜、暮らし方のひとつとしてズボンを縫う
毎年12月30日に「ビルとズボン」という展示をやってる。今年は4本ぐらいズボンをぶら下げて、ビルの進捗写真と一緒にかけている。蟻鱒鳶ルを作っていて、あんな仕事してたら、聖人にならなくちゃいけない感じがある。聖人になるぐらいに精神を高めないと成し遂げられない感じ。アントニオ・ガウディっていう人は、それまではイケイケゴーゴーな人だったのが、サクラダファミリアを依頼された時に、世俗にまみれた俺じゃだめだと、断食してから依頼を引き受けたという話がある。おれも同じ穴ぼこに落ちている感じがある。おれはそんな風じゃないけど、建築を作っている作業を終えて家に帰ったあとの暮らし方のひとつとしてズボンを縫う。

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ただただ酒を飲んだりテレビを見るのはつまらない、かといって体も脳みそも疲れ切っているとき。ガウディみたいにまじめにはなれないけど、やっぱりこうやって(ズボンを縫いながら)「ああ、あそこは今日失敗だったな」「明日はとりあえず掃除してみよう。掃除して、昼には決断して、はじめよう」とか、そういう考えごとをするのには丁度いい。部屋はワンルームのマンションなので、嫁がテレビをつけていたり、ラジオをつけたり、音楽をかけたりもしている。山下陽光くん(3)とかも昔から友達で、「途中でやめる」とかいいなと思ってた。陽光くんが服作りをスタートした頃のを持ってるが、糸がぴろんぴろんに出てる。やる気ないな~としか感じたことがなかったけど、それを陽光くんは「途中でやめる」というブランドにしはじめて、「あ、途中でやめてるんだ」と思った。ああいうものを見て、下手でもいいなと思った。(世の中の)流れとして、それはそうだと思う。

資本主義のシステムのラストは、平気で捨てる人たちを育てないとダメ
俺が10代の頃は、今みたいなグローバルな世界じゃないので、アイルランドの人たちが糸を紡いで、こうしてこうして、スーツができる、みたいな。羊はあそこのがよくて、糸はここがいい、それでいいスーツができる、そういう憧れみたいなのがあった。きちんとした、まがいものじゃない服がたくさんあった。今は田町でこう、毎朝サラリーマンの服とか見てると、ぱっと見、俺が憧れたころと同じデザインの服を着てるんだけど、内実はどうかというと、すかすかなんだよね。アイルランドの寒い人たちが作った服を、アジアの人が真似るようにミシンにコントロールされるように縫ってる服。俺が信じていた、本物感があるものは消えてしまって、ほぼありはしない。それを真似たような本物っぽい、値段は1/10ぐらいになったもの。それをみんなは手に入れられるようにはなったけど「それそんなにほしいの?いらないでしょ」と思う。昨日丁度、嫁についてブランドのセールに行った。アトリエセールで8割引きのシャツを袋パンパンに買っていく。あんなのもどうかと思う。結構高い服で丁寧に作られてると思うけど、ようはバンバン捨ててる。1年ぐらいで飽きて。俺はなんだかわからないけど「捨てないぞ」という思いが強くて、捨てないぞと思ってこういうことをやっている。

だから断捨離にもムカついてる。捨てましょうというのを世界中で流行らそうとしているように感じる。資本主義のシステムのラストは、さんざん作りまくって、平気で捨てる人たちを育てないとダメ。高級ブランドだろうがなんでもバンバン捨てる。「さよならありがとう、あなたのおかげで私は素敵な恋愛ができました。さよなら私の洋服」とかそういうの。捨てましょう文化とか、片付けましょう文化とかに対して、ふざけるな、チクショウ、つまんないよと思ってる。

ロボットにやらせないで、自分でやりたいこと、つまり楽しいこと
今まで何千年か続いてきた人類の目標は、人が腹をすかして死なない国を作ろうというもの。それをここ数十年で完成した国がいっぱいある。食べ物が足りなくて死ぬ人がいなくなった世界、じゃ、今の時代になにが重要か、次の目標として何を見出すか、そこに今自分達はいると思っている。俺はこれだと思うというのを提示するし、そういうことをたくさんの人がやるべきときだと思う。

俺が考えてるのは「作ることの喜び」作ることの喜びを見出したことで、サルから人間になった過去がある。じゃあ何を作ればいいかというところで、ほとんどの人はやっぱり芸術家にはなれない。いきなり白いキャンバスに絵を描きだす必然性、いきなり硬い石を削ったり、自分の内側にそういうものは、みんなは持ち合わせていない。じゃあ普通の人が何を作るのかというときに、まずは衣食住をやることが重要だと思う。洋服が破れた、だから縫って見る。毎日三食作ってみる。土地が余ったらか野菜を作って見る。建築だって、玄関まわりが空いたから何か作ってみる。それはとても面白いことだと思っていて、スタートは芸術家とは違うけど、作りはじめさえすれば、その面白さは芸術家と同等だと思っている。服をつくるでも、野菜をつくるでも、面白い。野菜つくるにしても、「ああ、ここで雑草取らなきゃいけなかったんだ」「ああ、こうやって雨が降りだしたときは」と学ぶことが多くて、様々なことが起きて面白い。大切なことが起きる。入り口はなんにせよ、作ることに入っていくと、さまざまなことを思ったりする。

今からどんどんどんどん、基本的には人間が働かなくていい時代がやってくる。ロボットがどんどん増えて、機械化される。あんまりやりたくない仕事はロボットがやるようになるけど、ロボットにやらせないで、自分でやりたいこと、つまり楽しいこと。ミシンで縫ったら3秒だけど、俺が縫ったら15分。でも縫うこと自体いいぞと、作ること自体の面白さを見出していくことがいい。作ること自体の楽しさ、それを忘れてしまうとだめで、ものをつくる「面白い!」「理屈わかった!これでもっともっとつくれる!」とか、そういうことが大事ではないかと思う。

– 19th Feb. 2017, 東京・田町にて / 岡 啓輔
(聞き手・編集:はしもとさゆり)


1)ひとりでビルを建てる男 / ほぼ日刊イトイ新聞でかつて展開されていた、岡さんのセルフビルドを追いかける連載。掲載が開始した2006年に設定したと思われるタイトル下の説明には、「都内に小さな土地を買い、地下1階地上4階の家を2~3年かけてセルフビルドで作ります」とあるが、2017年現在も絶賛工事中。最新の様子などは、岡さんのブログ「蟻鱒鳶ル保存会」を参照のこと。

2)田中忠三郎のBORO / 民俗学者、田中忠三郎が1960年代以降主に青森で収集した衣服。寒さの厳しい青森で、農家の人たちが何世代にもわたって繕いながら、使い受け継いできたもの。そのコレクションの多くは、浅草にあるアミューズミュージアムの常設展示で見ることができるが、展示方法がややポップでシュール。

3)山下陽光 / リメイクファッションブランド「途中でやめる」主宰。同ブランドのInstagramなどに登場するモデル可愛い女の子は奥様。氏の近著「バイトやめる学校」がじわじわ評判になっているので、そろそろ買おうかな。