あの子みたいに「ベイビードール」が似合わない

第40期(2018年8月-9月)

20代後半…だからもう5年以上前になる。
30代を目前にして、結婚しはじめる友人たちを見ながら、わかりやすく焦っていた。
あれからもう5年以上経つのだなと思うと本当に早い。
振り返るときだけ時が過ぎる早さを感じるなんて、ずいぶん都合のいい話だけれど。

わたしは女性としての自信のなさに拍車がかかって「モテなければ」と思っていた。
そこであれこれ検索していると、どうやら「モテコスメ」というものが存在するらしい、と知る。
ドラッグストアで買えるお手頃価格のコスメから、デパートのちょっとリッチなものまで、様々なコスメの中に「恋が叶う」という噂のコスメがあるらしかった。
恋が叶うという言葉で、思わずある人を思い浮かべる。

モテコスメの中からひとつ、アイシャドウを買って試してみた。
肌に馴染むゴールドを上まぶたに広げて、目尻に少しピンクを効かす、とまとめページで読んだ。
アイシャドウは、顔をよく触ってしまうわたしにはちっとも持続せず、メイクの効果も分からなかった。
モテる以前の話だ。

どうしよう。

そのときもあまりお金がなかったわたしは、デパートコスメに挑戦する勇気はない。
そこで「ベイビードール」という名前の、お手頃な香水を試そうと思った。
ピンクの宝石みたいなボトルに入った香水。
少しAmazonのレビューを見て、なんとわたしはそのまま注文してしまった。
きっと大丈夫だろう、こんなにレビューもついてるし…
いつも自信のなさに悩むわたしが、そのときだけ変に自信満々だった。

注文から発送までスムーズに進み、その香水はAmazonの過剰包装ですぐに届いた。
わたしはワクワクして、さっそく梱包から引き剥がし、左手首にひと吹きする。
たちまち胸の中にざわざわとした気持ちが渦巻いた。

甘ったるい…。

特に自分が甘い香りを苦手だと思ったことはなかったけれど、はじめて香りで気分が悪くなった。
せっかく買ったからと、香りをつけて頑張って1日過ごしてみたこともあった。
それでも、どうしても香りに酔ってしまうのでとてもつけていられない。
わたしは結局、そのピンク色の液体が揺れる香水に、埃をかぶらせることしかできなかった。

甘い香りといえば、ある女の子が頭に浮かぶ。
わたしの好きな人がいつも見つめている、喋り方も香りも甘ったるい女の子だ。
いつも高いヒールを履いて、それでもわたしより小柄だった。
一度「いつもいい香りだけど何使ってるの?」と聞いてみたことがある。
そんなことを聞きながら、商品名どころかブランドすら覚えていない。
わたしが知りたかったのは、彼女の香りではなく、彼女が、わたしの好きな人の熱いまなざしを得られる秘訣だったのだと思う。
それでも、その甘ったるい香りは彼女にとてもよく似合っていた。

一方でわたしは「モテコスメ」の力を借りられない。
好きな人の注目も集められない。
あの子みたいにはなれない、だって甘い香りが似合わない。
「ベイビードール」が似合わない。あの子みたいな、甘い香りが似合わない。

LINEのトークリストの画面を眺める。
彼女に夢中な、わたしの好きな人はわたしに連絡を寄越さない。だからどんどんリストの下の方に沈んでいく。
このまま沈ませておけばいいものを、わたしはわざわざ指でスクロールして見返す。

ふと、好きな人のLINE画面を見てみたいと思った。

そこには、あの甘い香りが似合う彼女が上の方にいるのだろうか。
部屋のラグの雑な柔らかさを頬に感じながら、横に傾いた世界で、部屋の棚に置きっぱなしのベイビードールをぼうっと見る。
傾いているのはわたしのひねくれた感情だったのに。
babydoll
(BGM:SEVENTH HEAVEN/Perfume)