よれよれ観たもん放浪記(2)土偶と、観ることのたわむれ

第40期(2018年8月-9月)

東京国立博物館で「縄文ー1万年の美の鼓動」が始まっている。
ここで展示されている土偶のうち1体と再会できるということもあり、とっても楽しみにしている。

そいつを初めて観たときのことは、今でも印象に残っていて。
もう一度実物と向き合うにあたり、土偶を通じて思うところについて、自分なりに書き留めておきたい。
展示をすでにご覧になった人もそうでない人も、しばしおつきあいいただければ幸いです。

問いかけ続けるなにかとの出会い
そいつとの出会いは、2012年にMIHO MUSEUMで開催された「土偶・コスモス展」
縄文時代に花開いた造形文化の中でも土偶にフォーカスした展示は、まずこの1体から始まった。

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滋賀県東近江市相谷熊原遺跡(紀元前11000年)

現存するものの中でも最古の土偶。

ぼってりとした乳房。やわらかなくびれとお腹の肉。
はじめから欠けている首から上と手足によって、重さと質感がより際立っている。
たった3cmほどの小さな粘土のかたまりから、目が離せなくなった。

なぜだか知らないけれど、ふと、暇を持て余したおっさんが土でコネコネ遊んでいる姿が思い浮かぶ。
いじくり回していたら思いのほかムラっとくるものができたもんだから、「ほれ、ようできとるやろお」とかなんとか、おっさん同士の集会に持参して自慢している。
もちろんこれは、完全な妄想。
でも自分でも思いがけない感覚が、ゆらゆらと勝手にわいてくる。
なんなんだ、この感じ。

その後に続く展示の解説では、土偶とは精霊を表したものであってヒトではない、とか、祈りや祭祀のために作られたと考えられる、といったことが書かれてあった。
たしかに中期〜後期のあまりにも強烈なバリエーションを観ていると、そう考えられることもうなづける。

でも滋賀県で出土した1体目の土偶と、例えば「縄文のビーナス」と呼ばれる長野県茅野市の土偶
この間に何年の差があるとされているか、ご存知ですか。

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正解(?)は、なんと約7700年。
キリスト生誕から今までを、ほとんど4巡。
時間軸が違うとはいえ、さすがにこれだけ長い期間を一つの歴史や文化としてまとめてしまうのは無理があるでしょう。
というわけで、土偶と土偶のすきまに、「なんなんだ、この感じ」をめぐる想像が、ゆっくり開かれていく。

さっき空想したおっさんの顔と、意外と小さくてでこぼこした手、指。
もしかするとあれ、一人でニヤニヤ楽しんでたのかもしれないな。
いやいや縄文時代に「やはりおっぱいは良い」みたいな価値観(?)はなかったのでは。
とかなんとか、帰路につきながらぼやぼやと考える。
もちろん、粘土のかたまりは、正解を教えてくれるつもりはなさそう。

時間をかけて、問いとたわむれる
それから、なんとなく旅先で考古資料館に足を運んだり、縄文〜古代にまつわる展示にはできるかぎり足を運ぶようになった。
日本でにょりにょりと土偶をデコっていたのとほぼ同時期(紀元前3000〜2000年)に、ギリシャではミニマルデザインの彫像がたくさん作られていたことや、猛々しいものだとばかり思っていた火焔型土器の縁が、よくみるとすべて丁寧に、内側へ向けて処理されていることを知った。
縄文の耳飾りなどに特徴的な文様と似た模様が、アイヌ文化の中に織り込まれていることも。
少しずついろんなことを知りながら、なんだかよく分からないまま、問いかけたり、問いかけられたりを続けている。

これってもしかしてああいうこと?
それとも、こうも考えられる?

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先週この記事を書くために、久しぶりに「土偶・コスモス展」の図録をぼんやりと眺めた。
例の土偶の輪郭を頭の中で思い出しながら、そういえばおっぱいって、体の表面に出てる器官の中でいちばん、愛おしいかたちかも、と思う。
丸くて、あったかくて、ふかふか。
しかも、人の手や口の中にそれがあたかもお互いのちょうどよい居場所であるみたいに、ちょうどよくおさまってくれる。
数年前には不覚にもおっさんのエロネタを妄想したけれど、実はあれって、人のかたちを「なんだかふかふかしてて、いいもの」として祝福するものだったのかもしれない。
もしかして、そういうことですか?

1万3千年前に誰かの手によって作られた粘土のかたまりは、そうだよーとは言ってくれない。
けれども「観る」という形で無言のかかわりあいを続けながら、常に何ごとかについて、別の可能性を示しつづける。
それは、問いかけと発見をひたすらくりかえす、終わりのないたわむれみたいなものだ。

土偶の豊かなかたちは、このたわむれがとても楽しくて、できればずうっとそのようにして生きていたいのだということを、ときどき、思い出させてくれる。