踊るよろこび

第42期(2018年12月-2019年1月)

「Pleasure of dancing」

 遠い異国の地でその言葉を聞いたのは、10年前、20歳の夏だった。大学の講義をぬけだして行ったさきの劇場で、イスラエルから来ていた舞踊団に恋に落ちた私は、ダンスをはじめてたったの2年、英語も喋れやしないのに、数か月後には、バットシェバ舞踊団の本拠地イスラエルで踊っていた。

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 先日、久しぶりにバットシェバ舞踊団のスタジオにいくと、100人程のダンサーがうごめいていた。世界中からダンス好きが集合し、2週間、朝10:00から夕方17:00までダンスをするというプログラムの期間中なのだ。目をキラキラさせながら話を聞き、髪をシャキッと束ねて、まっすぐな目で踊る彼らの姿は、眩しい。これぞ、若者エネルギー。女の子が目をウルウルさせながら話しかけてくる。「このワークショップを受け始めてから、どこにいても踊りを感じてしまうんです。こんなに自分のからだが豊かだって知らなかった!」キラッキラしている。

 深緑色の目をしたマリアに会ったのは、20歳の私がこのプログラムに参加するためにイスラエルに来た時だった。当時も今と同じく、ザ・ダンサーという感じのキラキラした人たちが沢山集まっていて、田舎育ちで英語も話せない私はどう考えても場違い。。。とにかくドキドキしていた。どうしていいかわからず、スタジオの端にちょこんと座った。ふと顔をあげると、ざわめくスタジオの隅でひとり静かにストレッチをしている女性がいた。ざわざわと騒がしい周りの空気とは対照的に、静かにからだと向き合っている姿が美しい。それがマリアだった。英語の喋れなかった私のことだ「YOU ARE BEAUTIFUL」とか何とかいって近づいたのだろう、私はマリアと友達になった。今思いだしてみると、英語がうまく話せなかったときのコミュニケーションは独特だった。限られた単語しか知らないけど、伝えたい気持ちが山のようにある。直接的で一単語にいろんな気持ちをこめた詩のようだった。バットシェバ舞踊団の伝説的振付家オハッドに階段の下で会ったときもそうだ。憧れの振付家を前にして考えるよりも先に言葉が出ていた。「I love this place.I want to work here.」自分が何を言っているかも分かっていなかったと思う。目の前にいる間に伝えたくて仕方なかったのだ。「Come to take an audition. You can join us.」そういった彼の言葉を、オーディションを受ければ入らせてくれるのか、と当時の私はまるまる信じた。後日、本当にオーディションに合格して、憧れの舞踊団に入団してしまうのだから、思い込みの力はあなどれない。そんな調子で、ほとんど英語が理解できなかった二週間のワークショップ期間だったが、聞き取れた言葉たちのことはいまでも覚えている。「connect to the pleasure of dancing」もその一つだ。踊る喜びにつながるってどういうことよ~と思いながらも、体をストレッチさせた時や、きわどいポーズで筋肉がプルプルしている時、これが踊る喜びなのかも!といちいち喜んだ。ある日の帰り道、夕暮れの中を踊りながら歩いていたら、ふいに、からだが景色に溶けて尊い瞬間の一部になった気がして、涙がこぼれた。感覚が開いて自分と感覚の対象の境がなくなるとでもいおうか。「踊る喜び」を経験したその日、私はダンサーになることを決意した。

いま、目の前にいる若者たちも、踊る喜びに出会った感動でいっぱいなのだろう。ざわざわと興奮が伝わってくる。ふと、まわりを見回すと、スタジオの隅にマリアがいるではないか。10年前と同じ場所で一人静かにストレッチをしている。声をかけると、いまはドイツのカンパニーで踊っていること、冬休みを利用して遠距離恋愛中のイスラエル人彼氏に会いに来ていることを教えてくれた。

はじめて踊る喜びを感じて涙がこぼれたあの日の興奮は、少し形を変えて、日常の中に居場所をみつけてくれた。毎日、踊りはじめるたびに今日のからだと出会う感覚は、家に帰っていく感覚にすこし似ているかもしれない。よく知っている場所だけど、毎日愛しい発見がある。どこにいても、なにがあっても、かわらずそこにある場所。向き合うたびに、自分が戻ってくる場所。このからだこそがHOMEなんだろう。10年前も今もマリアが同じようにスタジオの隅っこでストレッチしているように、時間をかけて大切にしていきたい場所である。

柿崎ソロ.10