旅する命

第42期(2018年12月-2019年1月)

イスラエル(15℃)→ニューヨーク(-10℃)→オーストラリア(30℃)

 NYはとにかく寒い。来週にはオーストラリアへ向かうことになっているので、二週間で冬と夏とを体験することになる。イスラエルは気持ちのいい気候で、自然と地元の人との話もはかどった。しかしここNYではそうはいかない。誰かが声をかけてくる雰囲気をかもしだそうものなら、お願い、立ち止まるの無理!声かけないで!だって寒いんだもん!と、性格の悪い人間がでてきてしまう。。。気温のせいにしている?いやいや、環境の影響というのは、おそらく我々が思っているよりも大きいのだ。

 このあいだ何かの番組で幼児から高齢者までの「人生でオススメしたいこと」特集をみたのだが、とにかく「旅」という答えが多かった。インターネットの時代に、いまだに人が旅に惹かれるのは、どうしてだろう。旅先でうまく喋れなくて小さくなってしまう自分、パーティーに呼ばれて朝まで踊り倒してしまう自分、誰もいないビーチの解放感に裸になってしまう自分。。。自分らしくもない自分の姿。旅先ではこれまでの人生で育ててきた、自分はどういう人間だという価値観が通用しなくなる。そのかわり、別の場所で生まれ育っていたらこうなっていたかもしれない、出会ったことのない自分の姿が浮かび上がってくる。

 ダンサーとして世界中を飛び回る生活をはじめてすぐに、自分は環境にこれほど影響を受けるのかとショックを受けた。国によって「自分」だと思っていた人間が変わってしまうのだ。昨日までは道で迷子になっていそうな人がいれば自分から声をかけたのに、今日は寒すぎるから声をかけないでほしいと思ってしまう。服装も、砂漠の国イスラエルでは薄手のカラフルな服を着て、日本では生地多めなきちっとした服を着て、ロンドンでは奇抜なおしゃれをしたくなった。意識的に服装を変えようと思ったことは一度もなかったが、国が変わると自然と着たい服も変わってしまったのだ。それは環境に適応するという自然な反応でもあるはずだが、当時の私にとっては自分を見失っていく不安な時期でもあった。周りの友人はどの国にいってもだいたい黒い服を着た。黒は馴染まない色。スペインの明るい空の下では黄色いTシャツを、カナダの山の上では白色のセーターを、私は着たかった。カメレオンのように混乱する自分を観察しはじめて1年くらいたった頃だろうか。スーツケースの中に「どの国に行っても着る服」があらわれた。どの国に行ってもしっくりくるその服たちの存在。それはどんな場所にいても、開いたままブレることのない、自分の理想の姿であるような気がした。とことん自分を手放して、どんどん新しい自分に出会い、もうもとの自分がいなくなっちゃったと思ったときに、ポロリと自分が出てきた。

 私はたまたま日本の家族に生まれて成長したのでこういう人間になった。だけど、別の国に生まれていたら、別の家族に生まれていたら、別の職業についていたら、どうだっただろう。どこまでが環境に作り上げられた自分で、どこからが本当の自分かなんて、その境はあいまいだ。以前、モロッコを旅した時に砂漠の真ん中でひとりバスを待っている青年に出会った。青年は砂漠でも育つ農作物の研究をするのだと目をキラキラさせて話してくれた。この場所に育っていたら、私もこの青年のように農業の研究をしていたかもしれないと思った。全然違う環境で違うことをしているのに、なぜだろう、その青年と自分の姿が重なった。

 誰もがそれぞれの環境でそれぞれの役割をもっている。旅をすることは、いろんな場所で、こうであったかもしれない自分の姿と出会うことなのかもしれない。それは、別の環境で自分と同じように悩み・笑い・生きている人たちへ想像力を働かせることでもある。環境は理由もなく与えられることが多い。では、その与えられた環境を脱いで脱いで脱いでいったら、何が残るだろう。たぶんそれは、その人の人生という舞台への立ち方だ。与えられた役割への向き合い方。ポッっとのこる、生命の輝き。その輝きは環境を選ばない。

私は今日も舞台に立つ。
大切に楽しんで踊ろう。
自分らしく生命を輝かせるために。
何をしてても、どこにいても。
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この連載を書きはじめたのは、ちょうど東京にアパートを借りた頃だった。文章を書くのは初めてで緊張したが、さいこさんのレビューや周りの人からの応援に支えられて、なんとか二ヶ月を終えることができた。みんな色んな想いをもって日々の生活を一生懸命に生きている。そういうみんなの仲間に入れたらいいなとおもい、恥ずかしながら、私も日々の様子をシェアさせていただきました。読んでくれて、ありがとうございました!!