5, マリーナ

第46期

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 5回目の投稿です。「トルコで出会った女性たち」シリーズ第5弾です。トルコで出会った印象的な女性たちとそれにまつわる私の記憶を書いています。1回目の投稿「ハティジェ」の冒頭にてこのシリーズの説明を詳しく書いておりますので、一体何について書かれているのか混乱された方はどうぞそちらをご確認ください。
 
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 前回までの概要:私は大学卒業後、バックパッカー、ホテルボランティア、旅行会社を経てトルコはクシャダスという街で昼間はホテルのアニメーター(エンターテメントにまつわる業種)夜はホテルをドサ周りをするショーグループのダンサーとして活動するに至った。

オクサーナとアーニャ:ショーグループの長。
レーナ:ショーグループのメンバーの1人

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 パチパチパチパチ!パチパチパチパチ!!この音は毎回マリーナの出番の前にバックステージに響き渡る。何をしているのか説明を試みると、右足前のスクワットをし、右太ももを両手でパチパチパチパチ!と叩き、さっと左足前のスクワットに入れ替え、左太ももをパチパチパチパチ!!と叩いているのである。準備運動と言えるのだろうか。自分の出番が終わるとすぐにウェットティッシュでボードから丸いのから何から何まで隅々まで拭いて鞄にしまう。ウェットテッシュで拭く作業は出番前の準備の段階でも行われる。ホテルに着くと、目鼻立ちをくっきりさせるくらいのシンプルなメイクを施し、ウェットティッシュで用具を拭き、決まった順番に板と筒を並べ、先に着るものが上になるように綺麗に衣装を並べる。我々の仕事は大抵2時間の間に2つのホテルを回るため、1つ目のショーはナンバーが終わったらすぐに衣装や用具を解体しつつ次のナンバーの着替えや準備をしなければいけない。そのためマリーナのウエットティッシュでの拭き方は何かの脅迫観念が働いているかのように素早く、ヒステリックに見える。(実際、時間と衣装、用具等たくさんの強迫観念要素がある。)マリーナの他のメンバーも、このようなタイトなスケジュールでの仕事のスタイルなので、みんな頭がおかしいか神経が麻痺しているか、悟りの域に達しているかいずれかの人間である。

 マリーナを初めて見たときは、おじさんなのかおばさんなのか正直わからなかった。マリーナという名前からして若いピチピチの女の子を想像していたのであったが、思っていたよりも年は上で、年齢はレーナと同じくらいだろうか。何年もオクサーナと一緒に働いていて、しかもオクサーナのお母さんとも長い付き合いなのだからピチピチの女の子であるはずがない。筋肉質の太い上腕に、負けず劣らずの前腕。ズボンパンパンの筋肉質な太もも。幼稚園の時にいたやんちゃな男の子のような襟足の長いショートカットでオールバック。常にジーパンとTシャツ。斜に構えるように立ち、口数は少ない。彼女のナンバーはローラ・ボーラ(筒と板を重ねてその上でバランスを取るもの)とラダー(脚立ではなく、ハシゴの上に立ってバランスを取るもの)の2つあるが、オクサーナと一緒にジャグリングのナンバーでも活躍することもある。

 マリーナは口数は少ないが、彼女が口を開けばアーニャとレーナオクサーナはいつも大爆笑をする。サーカスアーティストはどうやらショーガールたちとは違う視点を持っているらしい。最初の頃はマリーナと直接話すことは少なかったが、(何しろどの言語が共通するのかわからなかったから。)マリーナは私のことを、気が利くいい子だ、と褒めてくれていたらしい。それもそのはず、こんだけギャンギャンイケイケの中堅ショーガールたちの中に大和撫子がいたらどんなクオリティの大和撫子でもいい子に映る。しかし、マリーナのように周りを見渡して(周りを見渡す人でさえ貴重。)いろいろ人間観察をした結果、この子はいい子だ、と信頼を寄せてくれる人の存在はとても貴重だし嬉しい。マリーナのようにベテランで、今まで様々な人と一緒に仕事してきた人にそう認めてもらえると自信にもなる。

 私も私でマリーナのプロ意識を尊敬していた。周りから見れば彼女のナンバーはオールドスクールすぎて面白みにかけるかもしれないし、衣装もクラシックでセクシーさのかけらもない。ホテル側からはレーナ同様若さについての意見も出ていたりするが、私からすれば、自分の美意識を全うし、年齢に負けず、どんな床のコンディションでも毎回ノーミスでナンバーをやり遂げる彼女こそこのグループ唯一のプロフェッショナルであると思う。怪我もせず風邪も引かず、(出会ってから3年目くらいのときにストレスのためか1度だけ原因不明の失神をしたことがあるが。)契約期間自分の仕事を全うするのである。彼女は毎日3時間から4時間ほど、筋力トレーニングを行う。腕立て伏せに関してはグーだ。手のひらを床につけず、拳で腕立て伏せをやる。そのため彼女の拳の中指と人差し指の付け根は固いタコができている。 

 容姿といい、性格といいまるで男性なマリーナだが、ボーイフレンドがいたこともある。彼女の理想の男性像は軍人のように筋骨隆々な人である。大きくて筋骨隆々の運転手がお気に入りで、彼の前ではごくたまに乙女のような笑顔を見せることもある。彼女の持論は男たるもの筋骨隆々であるべきで、兵役を終えて男は1人前になるということだそうだ。そしておそらくマリーナはマリーナ自身がその理想の男性像に近づくように日夜努力してしまっているなかなか面白いタイプなのである。私と一緒に飲んでいるときも、ビールをおごってくれたり家まで送ってくれたりなんだか紳士なので私はギリギリ惚れ切らないくらいの淡い恋心を抱く寸前の感覚まで4年間の交流の末、到達したほどである。そんなマリーナもやはり母性本能には逆らえないのか、お母さんのような要素もかいま見えるのである。おそらく私を送り迎えしてくれたのは彼女自身お母さんような気持ちからであろうと思う。彼女自身、お母さんになりたい気持ちがあり、子供をどのように育てるかを考えていたりもしているようなのだ。

 レーナ曰く、彼女のお父さんもサーカスアーティストで、少々行き過ぎたしつけをなされたらしく、それでマリーナはこんなんなってしまったそうなのだ。(失礼な言い回しで申し訳ないが。)マリーナの言葉の端々からも、スカートや黒いスキニー、ヒールは娼婦しか着ないだとか、夜にヒールなんて襲われたらどうやって逃げるんだとか、おそらく女性としての人生を桜花するような概念を父親から根こそぎもぎ取られてしまったのであろうニオイがする。そして、レーナの見解によれば、マリーナは自分を今でも20歳前後であると思っているらしいのだ。(感覚の面で。年齢を聞けばちゃんと実年齢を答える。)おそらくマリーナは花の二十代を経験しておらず、精神がその先のステップに進んでいないのかもしれない。それでも、私の大切な気の合うお友達なのだ。

 潔癖症とも言える彼女のメンタリティーはプロフェッショナルで、理想が高い。高すぎる。そして彼女が現在置かれた現実は、その理想とかけ離れてしまっているので、彼女は常に仕事に関する不満を述べる。彼女は私に片言のトルコ語で話し、私は片言のロシア語で返す。これが私たちのコミュニケーションスタイルとなっている。マリーナは私を目の前にすると、私のわかる単語で話すスイッチが自動的に入り、私が多少ロシア語がわかるようになっても、私にきちんと伝わるように確実に私が知っているトルコ語や英語の単語で伝えてくる。内容はかなり要約したものにはなってしまうのだが、彼女の身振り手振り、声のトーンなどから十分に臨場感のある話しがなされるのである。彼女はロシア語でしゃべるときものすごい早口のため、私にはこれからもそのようなスタイルでのコミュニケーションの方があっているのかもしれない。

 彼女はいつも自転車操業で、毎月、自国ロシアのアパートメントの家賃だとか住んでないのに水道の支払いだとかわけのわからない支払いに追われている。貯金なんてない。アナログ人間なのでインターネット上での契約探しなんてせず、今までの人脈を頼って仕事を取っていく。そのため、毎年夏になるとトルコのクシャダスにやってきて、「問題だ。問題だ。」と文句を言いながらも今日もステージに立っているのである。

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サーカスアーティストは結構息が長いというか、年月とともに芸が磨かれることもあるので、体力が追いつく限り現役の人が結構いる業界であると思います。何より、サーカスで働いている人は、この業界でしか働けないような猛者やクセのある人が多いので私にとって居心地の良い現場でもあります。ショーガールの数が多いと少しギクシャクした感じもありますが、、、基本的には体育会な現場であると思います。今は私はトルコを離れているのでマリーナとビールを飲むこともないのですが、いつかまたどこかであって一緒にビールを飲みたいと思っています。次回はトルコ人、メリケ姉さんについて書いてみたいと思います。