お直しカフェ (2) 机を磨いて仕上げ直した話

お直しカフェ

私はカフェが好きだ。予定のない日にひとまずパソコンと本を持って向かうカフェも好きだし、出かけた先で一休みに入るカフェも好きだ。一人で行く馴染みのカフェも好きだし、気心知れた友人と一緒に古ぼけたお店に突撃して、とりあえずのコーヒーとナポリタンを頼んでみるのも好きだ。カフェと一口に言うけれど、世界中にあるチェーンのコーヒーショップも好きだし、住宅街の陰気な喫茶店も好き、田舎の幹線道路沿いにあるカフェ&レストランなファミレスだって、つかの間の逃亡には十分で、ここで過ごす小一時間で養われる英気もある。私は、何かから逃げたくなったときカフェに行く。暮らしの隙間のような、もうもうと現れる幻のようなカフェが好きだ。

Photo: だしフォト

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東向島珈琲店はそんな私にとって、休みの日にベッドの上でいつまでもゴロゴロしながら「あ、今日はモーニングに行こうかな」と思い立って、11時のラストオーダーに滑り込む。それで、コーヒーと一緒にトーストとサラダとバナナを頂いて腹ごしらえをしながら、ゆったりした所作と時間の幸せを噛み締められるお店だ。たぶん、下町すみだにあるのに、少し背筋が伸びるようなサービスを受けられることと、マスターがハンドドリップしているのを視界の端に入れながら美味しいコーヒーを頂けること、大きな窓から光が贅沢に空間を包み込んでいることなんかがその理由だと分析する。

そんなことを言いながら、その日の私はモーニングに遅刻して、お昼頃にコーヒーとタマゴサンドを頂いていた。まだ少しぼーっとした頭で手元の机を見ていて、「これはヤスリをかければいいのになあ」と言った。去年、部屋の机が虫に食われているのを見つけた時、紙ヤスリをかけてなんとなく直った(ようなつもりでいる)ことがあったからだ。一緒にコーヒーをすすっていた大工の青島くんは、「これは鉋(カンナ)をかけた方がいいですね」と言った。

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10年前のオープン当初から使っているというその机は、塗装が剥げて、あちこちに小さな傷がついていた。青島くん曰く、乾燥などから、表面が反っている様子もあるという。マスターに、これはお直しした方がいいんじゃないかと伝えると、「じゃあやってよ」という、数々の場や人を繋いできた名店主らしい口癖と即決力で、その場で大工との交渉も成立した(かなり気前よく!)。机の痛みのことは長年気にはなっていたらしい。

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そんな訳で、家も建てられる大工さんの贅沢な机お直しが始まった(大工さんに対して、未だに適切な形容詞や尊重の仕方が見つかっていない。陳謝)。お店の机、計5つの天板部分だけを取り外して、作業場に持ち帰る。これに、青島くんは丁寧に鉋をかけた。ニスのような塗装と日焼けした層が取れた板は、ピンク色でキラキラしていた。「これはいい材(ザイ)だと思います」。マスター曰く、机は元々開店時に、店の顔となるカウンターにと用意した杉板の端材で作ってもらったものだという。設計を手がけた工務店の人と一緒に、亀戸の材木屋さんに行って選んだということも教えてくれた。

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(Before & After 鉋をかけたところ)

大工さんの補足を借りて、机のお直しの手順をもう少し詳しく説明する。
1. 整形。反った部分を電気鉋で大きく削る(とはいえ2mm程度)
2. 手で鉋をかける(大工の腕の見せ所。表面の凹凸を取る)
3. ヤスリをかける(240番。塗料の載りをよくするため)
4. 水で薄めた水性ウレタン塗料を塗る(目止め。乾燥やソリ、傷を防ぎ、素材の持ちをよくする)
5. ヤスリをかける(320番。ワックスの載りをよくするため)
6. 蜜蝋ワックスを塗る(2度塗り。水をはじき、仕上げの見た目と手触りをよくする)

仕上げについては、お店の雰囲気や他の内装の木の感じを見て、蜜蝋がいいねとすぐに決まった。木の質感が活きる仕上げ。でも、濡れたグラスの水気や毎日の使用でできる傷、日当たりの良さ(裏返せば日焼け&乾燥)から出来るだけ守られて、長く綺麗に使うことができるように。あと、蜜蝋のいいところは、気になった時にすぐに手入れができるところだとも、青島くんは言った。なるほど、バケツやハケやらを用意することなく、容器から直接スポンジで薄く伸ばして塗るだけなので、作業工程が少なく、日常的なお直しにも最適である。(目安は3ヶ月に1回程度塗るといいとのこと)

Photo: だしフォト

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磨き直された杉の天板は、触ると柔らかくて、すべすべしていて、なんだかとても慈しみの気持ちが湧くようなそれに生まれ変わっていた。設置してしばらくして、常連さんからは「机取り替えた?」と声がかかることもあったという。嬉しいかな、取り替えてなんかいない。取り替えることなく、じっと見て、手入れをして、新しい表情でもって、またその役割を継なぐことができたプロのお直しだった。「席についたお客様が受け取る、ネガティブだった情報が、ポジティブな情報に変わったね」とは、マスター。場を編集し続ける人から印象的な言葉をもらった。

あと、実はこの時、座席の手すりもお直しした。同じく取り外し、剥がれかかっていたニスとペンキを全て削り取って、薄めた墨汁で着色、ウレタン塗料、蜜蝋ワックスで仕上げた。ペンキが塗られていた頃、鉄パイプかなと思っていた見ていた手すりは、実は美しい無垢の松で作られていて、大工さんの手によって、それは木目が映える仕上げに生まれ変わった。

Photo: だしフォト

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先日、設置に立ち会ってから約1ヶ月ぶりにお店を尋ねると、いい具合に日焼けをして場所に馴染んだ机に再会した。着席。ここはアイスコーヒーも美味い。一緒にチーズトーストを頂きながら(モーニングには寝坊した)、結露したグラスを置いても輪ジミができない机を愛でた。すっかりおしゃべりに興じてくれるようになったマスターは、「こないだ行ったお店でもカウンターを見て、これも直した方がいいなあと思ったんだよね」と言っていた。わかる。かつて自分が働いていたカフェもそうだったけど、世の中、木の机、カウンターの傷んでいる率は結構高い。「お店をやってると、普通そこまでなかなか手が回らないんだよね」それはそういう気もする。それでぼんやりと、お店や家を作るときだけでなく、使い続けていく毎日サイクルの中で、職人の手入れや仕上げへの知恵にアクセスしやすい環境があればなあと考えた。おそらく少し前までの、家と大工さん(工務店)との長い年月付き合う関係なんかはそれに近いのかもしれない。青島くんは、「家を建てるのもやりたいし、机を直すのもやりたい」と言っていた。「作るのも、直すのも、やってることは同じだから」とも。木のお直しが気になるみなさん、ここにいい大工がいるよ。

閑話休題。私はものを作ったり、何かを一から組み立てたり、壊したり、捨てたり、そういうことが苦手だ。暮らしていて問題や綻びに目がいくことの方が多い。言い換えるとネガティブな情報を受け取り易いとも言えて、それでたまに苦しくなったり、そんなんじゃ結局自分は何も生み出せないんじゃないかと不安に思うことも時々はある。それでも、例えば繕った靴下のつま先の刺繍が、目に入ったほんの一瞬、明るい気持ちや慰めをくれるように、祖父母の家や道端でもらってきたものが、積年の埃や汚れを落として、2018年TOKYOでの暮らしに溶け込んでいる様、今回の机のように、自分の見つけた綻びからお直しを経て、息を吹き返したものの存在に、どうにもいつも励まされている。時計の針を戻すことはできないし止めることもできない。ものだって、傷つくし壊れる。その状態をちゃんと見て、手を加える。そういうことを繰り返して、暮らしていきたい。

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おまけ

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手すり設置の途中で欠けたレンガを見つけ、手持ちの塗料を混ぜて補色の心遣いをしているところ。丁寧な仕事をする大工さんである。

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机を削った鉋の屑をもらって作ったリース(ヒガムコのトイレに飾ってもらった)。青島くんは時々、いい匂いのする檜葉やヒノキの鉋屑をくれる。