鍵を開けて 詩人が「しょぼい喫茶店」に立った日々のこと
ひとつの場所に集まることが白い目で見られるようになってしばらく経つ。新型コロナウイルスの流行で、会うことはそのままあぶないことになった。 おたがいが無自覚に他人を感染させる可能性を持ち、誰の唾液も毒とおなじように扱われる。だからみんなマスクをし、レジのカウンターには透明なビニールの壁が張られ、そして、飲食店やライブハウスや美術館は扉を閉めた。 昨年十一月まで週に一回「しょぼい喫茶店」を開けていたわ…
当番ノート 第50期
1週間が7日というのは、子供の時はなんとも長く感じるものだった。まだ月曜、火曜たるいな、水曜日やっと半ば、木曜日まだあるのか、金曜日やった金曜だ、土曜日はやっと週末を感じ、日曜日を迎えていた。 それが、いまではビュンっていう感じ。いや、早過ぎだろう。7回寝ているはずなんだがね。アリの感じる時間と鯨の感じる時間が違うことは聞いたことがあるが、同じ人間でも年齢で大きく変わる。そう考えると、時間というの…
当番ノート 第50期
たまには仕事の話をしてみよう。 療育施設で働いている。うちに通ってきている方は小学校に入学するまでの未就学児と呼ばれるお子さんたち。小さいと1歳から、大きいと6歳の就学直前、と年齢はさまざまである。 働き始めて3年目になる。彼らにとって最適な学びの環境を作り、よりよい成長を促すことが私の仕事。集団生活に沿うことで彼らが幸せになるなら適応のための練習をするし、時間管理や言葉の獲得を促したり、ボタンや…
長期滞在者
毎月1回、FOOL’S MATE channelで(ニコニコ生放送、FRESH)で放送している、動画生放送番組『Butterfly Vision』。vistlipのギタリスト、Yuhさんがメインの番組で、sadsのドラマー、GOさんにもご協力をいただき、私はMCとしてこの番組に出演している。 4月の生放送はどのような形で行うのが良いかということを、番組に関わる全員で検討した。そして、ソ…
当番ノート 第50期
2019年7月にヨルダンの空港に到着したのだが、それから3ヶ月近くは雨に遭うことは全く無かった。折り畳み傘と長靴を日本から持ってきていたが、しばらくの間はスーツケースから出て来ることは無かった。 ヨルダンの観光名所の一つが「ワディ・ラム」と呼ばれる砂漠地帯だが、ヨルダンは国土の7割近くが砂漠である。 ヨルダンより年間降水量が少ない国は10カ国程度しかない。首都のアンマンは砂漠地帯では無いものの、春…
当番ノート 第50期
5月を迎える上野公園は、徐々に緑が鬱蒼としてきて、軽やかな桜の時期よりも、なんだかたくましい。 田舎の自然に比べたら、都会の緑なんてたかが知れているのかもしれないが、それでも夜にすっと耳を澄ませると、上野公園にも、夏に向けて芽吹きはじめた、たくさんの草木の気配を感じる。 — 四十九日が過ぎ、次に帰省すると、蛙がゲコゲコと鳴き、葉は水に揺れ、実家のまわりはまた新しい風景になっていた。あん…
長期滞在者
“lettre” 女性名詞.「レットル」と読む. フランス語で “lettre” は、文字、手紙や書簡、文学および文学的な教養、などを指す. “écrire en lettres d’or”という言い回しがあり、「金の文字で書く」、つまり重要なこととして「記憶にとどめておく」という意味になる. 文字に起こすと、霧散…
当番ノート 第50期
「こんにちは」 逗子の春は、潮風が桜色をして街を舞っている。そんないつかの土曜日も、ずけずけと店内に入ってくる一人の男。 顔見知りの仲間たちと挨拶を交わし、渋い顔をしてどっしりと席に腰掛けくつろぐ。 いつものように、お冷やを男の前に置いた。 その大きな態度に比べると決して大柄という訳では無いが、どこか只者では無い空気感を纏っている。ビール腹のようにも見える膨らんだお腹、日頃から羽振り良く美味しいも…
長期滞在者
様々なことがリセットされる中、自分でルーティンを作り、生活リズムを固定化する必要がある一方、下手したらジャンキーに成り兼ねない状況が続いている。 私が勤めているベンチャー企業でも、コロナとの付き合い方やコロナ収束後に向けた動きについて、ビデオ会議を繋ぎ、国を跨いだメンバー達と意見交換する。マレーシア、シンガポールもトップダウンで強制力を伴った対応が取られている。日本では今後収束まで1年もしくは2年…
当番ノート 第50期
美味しい音。円い音。和み在る音。 それを音楽として編んだり和えたり、可変させながら生きれること。人生の中で何よりも生命の悦びと感じている。 お風呂の中で息をするように、まずはイメージをつくることが音楽制作のベーシックライン。 水のある場にいると湧いてきたり、降ってくることが多く制作しやすくなる。 時間と空間の中に身を任せる勇気のリアクトとして音になって返ってくる。 音だけに限らず、ビジュアルやコン…
当番ノート 第50期
色あせたポジフィルム。その先で手をあげるあなた。あなたが「何者」か私は知らない。いつ、どこで、誰に手をあげていたのかさえ私は知らない。もちろん、国籍も人種も年齢も。何も知らないあなたは、しかし手を上げて、足をしっかり締め、良い角度でわたしに手を振ってくれている。 嬉しいなあ。 おそらく、このフイルムの色あせ具合と、たぶんピンボケしているであろうがそれでもわかる年齢具合から、2020年の今、あなたは…
当番ノート 第50期
暮らしている中で、言えなくてもどかしい、が何度もある。今日は演劇のことから話しはじめてみようと思う。 あれは演劇をはじめて最初の年のこと。3年前、人生ではじめて台本というものを手にした。縦に書かれたセリフとト書きの数々に当時の私は、非常に感銘を受けた。 「言う」と「読む」の違い。私は、台本の中に書かれたセリフを「言う」ことの意味が、長らくわからなかった。もちろん、識字力と発音する能力がある限り、読…