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3F/長期滞在者&more

藝術草子 France⇆Japon/épisode 9「手紙」

長期滞在者

“lettre” 女性名詞.「レットル」と読む.

フランス語で “lettre” は、文字、手紙や書簡、文学および文学的な教養、などを指す.

“écrire en lettres d’or”という言い回しがあり、「金の文字で書く」、つまり重要なこととして「記憶にとどめておく」という意味になる.

文字に起こすと、霧散していた意識がひとところに集まってきて、自分の心と身体を取り戻していく感覚がある.その時のにおいが、味わいが、静けさや賑わいが、自分の中にも定着していく. 

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日々をきちんと生きる中で、言葉を綴る、手紙を出すのは私にとって大事な行為だ.

最近は特に、外出自粛で人に会えない日々が続いているので、すっかり手紙回帰している.二日で15通ほど投函した.取るに足らない日常を綴って、国内外問わず.

(庭師のおじさんにもらったクリスマスローズの株のこと、部屋が眩しいのでカーテンを工夫したいこと、絵を描きたいのに才能がなくて相変わらずマティスの線に恋い焦がれていること、相手の健康を祈っていること、またお互い元気でお茶をしたいので事態が収束するまで生き延びて欲しいこと、など.)

手紙の良いところは、メールやSNSとは異なる時間の流れ方を持っているところだ.カードや便箋を選び、季節の切手を貼って、宛先を書きながら相手の住む街に想いを馳せる.私が書いている場所と、相手が読む場所の間のズレを意識しながら.相手が受け取って封を開くと、私が手紙を書いて投函した過去の時間がふわりと再生する.天気、湿度、光、風、私の心や五感、安心感や高揚感や焦燥感.

返事を期待して出しているわけではなく、ただ送りたいから送っているだけなのだけれども、やはり返信がポストに入っているのを見つけると心が弾む.それぞれの字や筆圧、選ばれるインクや便箋、添えられたイラスト、綴られるホットトピック…光の粒が虹になるように、彼ら/彼女らの気配が突然いきいきと蘇って、頼もしい気持ちになる.

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薫りを届けるのも好き.

パリの街を歩いていると、いたるところに香水屋さんがあり、店員さんは気前良く、美しいテスター紙にあれこれ吹きかけ渡してくれる.そうして貰ったものを手紙に添える.

凛々しいあの子にはDyptiqueの爽やかさを、優しい彼にはL’Artisan Parfumeurのシュパシュパ弾けるスパイシーローズを、艶やかな彼女にはSerge Lutensの神秘的な薫りを…

私の封筒が飛行機や郵便局の車に積まれ、相手の手元に届く頃には、きっと落ち着いた薫りになっているはず.そういう変化も考慮して、そっとテスターを封筒に忍ばせる.薫りは、旅の報告だ. 

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過去の作家や美術家たちの書簡集を読むのが好きで、書店で見かけるとついつい買ってしまう.無数のやりとりの断片の中で、人間のドラマが展開し、歴史が生まれるのが面白い.

“Je vous aime : Les plus belles lettres d’amour”(『愛しています:この世で最も美しいラブレターたち』) Irène Frain編 LIBRIO LITTERATURE出版

18世紀の思想家ヴォルテールが、姪であるマリー=ルイーズ・ドゥニに恋したとき、彼は愛人かつ良き共同研究者であるシャトレ夫人と暮らしていた.その数年後、晴れて恋人同士となったドゥニ嬢に送ったイタリア語の手紙がこちら.(ヴォルテールは親密に語りたいときにイタリア語を用いたそう.)

1748年5月22日

「貴女は私の視線を独占する唯一の対象です」「自然の摂理によって生まれた愛が、また自然の摂理によって死に別れる、その瞬間まで愛し合いましょう。千の口づけを」

率直で、迷いがなくて、読んでいるこちらがとろとろに溶かされてしまうし、手紙を受け取ったときのドゥニ嬢の反応を想像すると、うふふ、とにやけてしまう.

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いつ読み返してもその切実さに笑うのが、ナポレオンが皇妃ジョゼフィーヌに送った手紙だ.

これを書いた1796年はイタリア遠征の年で、27歳の彼は美しいジョゼフィーヌ・ド・ボアルネに夢中.

出発の準備中も、後に勝旗を掲げる足固めとなる戦いの最中も、ナポレオンは恋人へのパッション、嫉妬、歯がゆさについて長々と綴り、すべての勝利を彼女に捧げる.ねちっこくてクドくて、その必死さが馬鹿みたいでかわいらしくて、初めて恋をした人のようだ.

1796年 ジェルミナル 10日の手紙を、割愛しつつご紹介する. 

「君を愛さずに過ごした日などないし、君をこの腕にかき抱く想像をせずに過ごした夜はない。僕の魂の伴侶、君から遠いこの場所に僕を縛りつける栄光と野心を呪わずには、紅茶の一杯も飲めないんだ。会議の間も、戦いの先陣を切って進むときも、駐留地を駆け回っているときも、私の心、精神と思考を支配するのは、愛しのジョゼフィーヌ、君だけだ」

「(僕は一日でも早く会えるよう睡眠を削り頑張っているのに)23日と26日の手紙で、君は僕のことを(親しい”tu”ではなく、距離をおいた)”vous”呼ばわりしているね。酷い人だ!なんだってそんな手紙を書けたんだ?冷酷な人!そもそも23日から26日の間に4日間もある。夫に手紙を書かずに一体何をしていたというんだ?」

「この不幸に値する行いがあったのなら、せめて教えてくれ…アデュー、苦悩と幸せと希望と僕の魂、僕が愛し、恐れ、甘やかであると同時に嵐や火山を想わせる気持ちを起こさせる女よ」

恋に暴走する男の手紙!27歳でこの内容…この年にしては恋愛経験値低すぎではないか…大丈夫かナポレオン…

けれど、日々命をかけて戦場に出る人間には、恋の駆け引きを楽しむ余裕なんて微塵もないはず.自分がいつ死ぬか分からないのだ.一秒でも早く相手から連絡が欲しい、一日でも早く相手を抱きしめたいと思うのは、無理のないこと.引く手数多の恋多き美女を妻に持っただけに、嫉妬や不安も増幅されて、想いのたけを綴らずにはいられなかったのだろう.

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恋愛ものも好きだが、友情の手紙も味わい深い.それぞれの人生が滲み出る.

マティスが友人のルヴェールに宛てて描いた封筒たち 1943

画家のマティスが、友人のアンドレ・ルヴェール(文筆家で諷刺画作家、ジャーナリスト)に送った手紙の多くは、封筒と中身それぞれに装飾が施されており、それはレースのように豊かな植物模様だったり、シンプルで軽やかなカリグラフィーだったりする.

内容は必ずしも出来事を綴ったものではなく、16世紀に薔薇の詩人と称されたピエール・ド・ロンサールや、百年戦争時代のシャルル・ドルレアンの文章を一節さらりと写したものだったりと、その後の画家の出版物の原案となるものたちだ.

マティスにとって手紙は、じっくり腰を据えて描く絵とは異なる、自由で身軽な遊びだった.手紙に装飾を施したり、言葉遊びをしたり、コラージュしたり.それはまるで実験室で過ごすようなひとときで、ニースに「隠居」した画家にとって、ちょっとした休み時間のようなものだったのではないか.
 

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筆まめな詩人アポリネールは、画家や彫刻家、版画家やポスター職人、室内装飾家やイラストレーター、様々なアーティストと文を交わしている.

プロヴァンス地方を愛したブラック、生まれ育ったノルマンディー地方に帰るのが好きなレジェ、光の移ろいが美しいコート・ドパールを満喫していたドラン…さまざまな風景を乗せた言葉が、フランス中を行き交う様を想像すると愉快だ.

同じパリ市内に住むピカソから1905年12月6日に送られてきた葉書はユーモラス.

煙草を口に、本を小脇にいっぱい抱えながら、ランチタイムに犬の散歩をしているアポリネールが描かれている.

「最近見かけないけど死んじゃったの?」なんて一文が添えられて. 

 

バレエ・リュスの創設者としても知られるロシアの芸術プロデューサー、ディアギレフは、アポリネールに自国の画家たちを紹介する.ロシアアヴァンギャルドの(ナタリア)ゴンチャロワや、シャガールやカンディンスキー、その仲間たちを.

そしてアポリネールは、独自の幅広い交友関係を生かして、多くの手紙を通じ、外国人アーティストたちをフランスに紹介していくのだ.大陸を越えて、多種多様な芸術文化が形成されていく時代に、言葉を通じた働きかけは、大きな大きな役割を果たした.

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色んな人への手紙を読むのも心愉しいけれども、特定の二人の間だけで、何年にも渡って続く親密なやりとりは、もっと憧れる.

画家ベルト・モリゾと詩人ステファヌ・マラルメの往復書簡もその一つだ.定期的な文通が始まるのは1886年以降、モリゾ45歳、マラルメ44歳のときだった.やりとりは1895年にモリゾが亡くなるまで続くこととなる.

モリゾは、モデルを務めていたエドゥアール・マネの弟、ウジェーヌと結婚するのだが、 マラルメとモリゾを引き合わせたのは、エドゥアールだと言われている.

 最初はお互い 他人行儀に Monsieur / Madameと呼び合っていたのに、やりとりを重ねる中で、だんだんと Cher ami / Chère amie(親しい友よ)に変わっていく.

慎重なモリゾと、誠実なマラルメ.時間をかけてお互い気を許しあい、友情が深まっていく様子が読み取れて面白い.

マラルメは、手紙の封筒に短い詩を書きつけている:「郵便配達人よ、芝生で眠りこけることなく急いでおくれ/ベルトの元へ、さぁ走れ」 と言った風な.

ベルトは返信の中でシンプルにその喜びを伝えており、さらに「貴方、本気で日帰りしようと考えてらっしゃる?もう一泊できないの?」とも付け足している.

二人の親しさがうかがい知れるやりとりだ.

モリゾからは、「明日メアリー・カサットとジャポニズムの展覧会に行くのだけれど、よかったら一緒にいかが?もしいらっしゃるならお返事不要よ」など今のLINEのような気軽なお誘いもあるし、「夫が城を買おうとすっかり乗り気なのだけれど、私は気が進まないの…」などと言った真面目な相談もある.

20年近くの間に積み重ねられた信頼の結果、モリゾは一人娘ジュリーの後見人にマラルメを指名し、世を去ることになる.

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手紙は、自分の人生に散在する喜びや悲しみを託せる相手がいてこそ書けるものだ.誰かに言葉を送れる幸せを、いま、改めて噛み締めている.

 

参考文献:

・”Je vous aime : Les plus belles lettres d’amour” Irène Frain編 LIBRIO LITTERATURE出版 2002

・”Matisse une seconde vie”(Musée du Luxembourg 展覧会カタログ) HAZAN出版 2005

・”Guillaume Apollinaire, correspondance avec les artistes 1903-1918″  
Laurence Campa & Peter Read編 Gallimard出版 2009

・『アーティストの手紙』 マイケル・バード著 大坪健二訳 マール社 2020

・”Mallarmé – Morisot, correspondance 1876-1895″ Olivier Daulte & Manuel Dupertuis編 La Bibliothèque des Arts 出版 2009

Leiko Dairokuno

Leiko Dairokuno

フランス育ちの、和装好き.通訳・翻訳・字幕監修、美術展づくり.好きな色はパープルと翡翠色、パリのブルーグレーの空と、オスマン調のアイボリー.Aichi Triennale 2019/ Tokyo Art Beat/ Dries Van Noten/ Sciences Po. Paris/ Ecole du Louvre.
ご依頼はleiko.dairokuno(@)gmail.comへどうぞ.

Reviewed by
寺井 暁子

Snail mail を送りたいから住所を教えてと、
連絡をもらったことがある。
このSNS時代に、カタツムリのような速度で届くのが「手紙」。
海を、山を、あるいは空を旅して、
あなたの街から私の街へと運ばれてくる。
ポストに発見する時、
私はそれをカバンに大事にしまって特別な場所で開ける。



ある人が亡くなった時、大切にしまわれていた
箱の中から往復書簡の束が出てきた。
中身を読みたかったかけれど、
私よりもよっぽどその方に近しかった人に
開けないでほしいと止められた。
あの手紙はどうなるのだろう?
いつかは燃やされて、粒子になって漂うのだろうか。

私にもそういう箱がある。
出せなかった手紙もたくさん入っている。



手紙の返事よりも早くあなたが現れる。
そう、笑われたことがあった。

あなたと私。
二人を想って書かれた
言葉の結晶に返事を描こうとする時、
まとまらない、全部を伝えきれない、
あなたに届く時に自分が変わってしまっていたら?と
たくさんの小石につまづいてしまう。
ならば、まるごと、体ごと行ってしまおう。
書きかけの手紙を箱にしまいこんで。
それができない日常になった。



礼子さんの文章を読んで、
少し勘違いをしていたのかもしれないと気がついた。
もっとさりげなくていいのだ、
小さな時間や、想いのかけら
混沌と絡み合った毎日から、
1、2本、糸を掬い取って縫い付けたら、
もうそれは立派な手紙になる。
匂い、あるいは、
今日見つけた綺麗な葉っぱも同封して。

あなたに手紙を書こう。

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