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3F/長期滞在者&more

日仏藝術草子 France⇆Japon/épisode 13「布」

長期滞在者

布はフランス語でToile.女性名詞で、トワール、と読む.

自分の部屋を居心地好くするためには労力も時間も惜しまない性分だからか、持ち物が多い.とにかく引っ越しが多いのだけれど、どこの家に移っても、荷ほどきすれば、そこは私色の空間だ.フランス、ドイツ、イタリア、イギリス、台湾、日本…各地から運び込まれたベッドリネンやクッション、カーテン、タッセル、テーブルクロス、ラグ、大小の花瓶、額縁、絵画やリトグラフ、書や写真、椅子や食器が、瞬く間に「私の部屋」を作ってくれる.その中でも、布は存在感がある.大きいものは視界を占領するし、小さいものはアクセントとして優秀だ.

我が家に欠かせない布ものの一つに、Beauvilléのナップがある.

Beauvillé(ボーヴィレ)は、フランス・アルザス地方の北に位置するRibeauvillé(リボーヴィレ)にあるテーブルウェア専門店だ.リボーヴィレは水の豊かな小さな村で、ボーヴィレ社は、王室御用達の染物業を営んでいたことで知られる.お店は一軒家で、テーブルクロス、ナプキン、壁にかける布カレンダー、クッションやカーテンなどが所狭しと並んでいる.モチーフとしてはアルザスの伝統衣装である大きなリボンとエプロン姿の女の子、黒い帽子をかぶった男の子、アヒル、コウノトリと地元の料理のレシピの組み合わせ、クグロフの型、ゴージャスな花束のモチーフ、優美な植物模様など、様々だ.

キッチンナップ.伝統的な焼き菓子クグロフと、お肉の煮込みベコフのレシピ、アルザスワインと細長い緑色の足のグラス、コウノトリ、赤いチェック柄など、アルザス要素が詰め込まれている.サイトより.
Topkapiシリーズの白.ナップにテーブルクロス.サイトより.
Tokpakiシリーズ、ブルーのランチョンマット.サイトより.

我が家で愛用されていたのはTopkapiというシリーズで、控えめな高貴さが美しい柄だ.母は何枚も色違いでテーブルクロスを揃えており、普段使いにはクラシカルなブルーが多いのだけれども、クリスマスには深い緑に替わったり、来客のときはよそゆき気分の白が大きな食卓にかけられたりした.白はやはり、ワインやソースをこぼしたら大変、汚してはいけない気持ちで緊張する.

小学生の頃から使っていたブルーのランチョンマットは、洗っては干しを繰り返し、すっかり柔らかくなって、気がつけば20年近く手元にある.ボーヴィレの職人が誇る技術はさすがで、そのブルーは色褪せる気配がない.

このマットさえ敷けば、引っ越したばかりでダンボールの上でお茶を飲むことになっても(実際何度もあった)、ちゃんと私の部屋だと安心できる.

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布による装飾で、画面の世界を広げていったのはアンリ・マティスだ.

織物産業が盛んな町で育ったマティスは、若い頃からテキスタイルを集めていた.バスの車両内部の天井に使われていた布や、礼拝物用の敷物、ペルシャのラグ、タヒチの樹皮布、かつて中央アフリカにあったクバ王国の腰巻など…そのコレクションは多岐にわたり、彼の絵の中にも頻繁に登場する.

1910年前後、モロッコやアルジェリアを旅した折に、マティスはヨーロッパとは異なる風景やイスラム建築、人々の暮らしに触れる機会を得る.その体験を元に、1920年代には「オダリスク」を主なモチーフにエキゾチズム溢れる作品を集中的に描いている.画面を演出するのは、装飾性豊かなテキスタイル、中国の花瓶、トルコの椅子など、どれも日常性からはみ出た、外界のものだ.

«La révélation m’est venue d’Orient »(「啓示は東方からやってきた」)という本人の言葉の通り、マティスにとってオリエンタリズムへの興味はただの装飾趣味にとどまらない.彼はモデルの衣装や室内の壁紙、椅子、テーブルクロス、カーテン、足元の敷物など、装飾に装飾を重ね合わせることで、奥行きは曖昧に、中に描かれる室内と室外を繋げ合わせ、画面をより複雑で広がりのあるものにしようとした.リズミカルで不規則な幾何学模様は、時として背景全体へと展開していく.

Henri Cartier Bresson撮影、南仏の町ヴァンスのヴィラでくつろぐマティス.1944

マティスは集めた布たちを、« bibliothèque de travail »(仕事のライブラリー)と呼び、パリとニースを行き来する際にも持ち運んだという.布は、折り畳んだり丸めたり、ひだを作ったりと、平面と立体の間を自在に行き来する.画家にとって、伝統的な具象の縮尺から精神を解き放つ上で、大事なヒントだったのだろう.

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渡辺信子《Orange pink and White》2019

布は柔らかくて強い.渡辺信子の作品は、シンプルですべらかだ.布を引っ張って木枠に固定したものを、パズルのように組み合わせている.最低でも2ピース、多いものだと4、5ピースくっついている.それぞれのピースの木枠は四辺のうち一部が意図的に欠けており、欠けた部分に当たる布がゆるやかに凹んで、生き物のような曲線が現れる.従来柔らかいものである布をぴんと引っ張ることで、硬さと緊張感が出て、作品にリズムが生まれる.

布の張力を利用した立体作品でありつつも、布を木枠に張り込むという古典的な絵画的要素を持っていて、知的な美しさに溢れている.

川村記念美術館で観たのは《White and Pink》という2.5mの作品を始めとする、エレガントな彫刻群だった.天井の高い真っ白な部屋にゆったりと配置された、明快でスケールの大きい作品だった.立体の布作品がいくつも立ち並ぶ様は、遠目には一つのインスタレーションのようだし、近づくとなだらかな色面ひとつひとつに視線を吸い込まれるようだ.(展示の様子はこちらの動画をどうぞ.)

その表面は美しくのびやかで、柔らかいけれども簡単には壊れないという予感をさせる.私が身を委ねても、きちんと元の形が保たれるのだろう.作品が並ぶ空間をぐるぐる歩いていると、だんだんと心の角も取れて柔らかくなっていく.森の中を散策したあとのような気持ち.

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あいちトリエンナーレ2019オープニングの様子.《Telón de Boca》の前で.

あいちトリエンナーレ2019の出展作品、ピア・カミルの《Telón de Boca》(「ステージの幕」の意)は、人々から集めた大量の音楽Tシャツをつなぎ合わせて一枚の巨大な幕にした、モニュメンタルな作品だ.幕は24台のスピーカーを内臓しており、ずっと音楽が流れている.同トリエンナーレでは愛知芸術文化センターの吹き抜け地下エントランスに、天井から吊るされた.

メキシコ人のピアは、すらりとした手足と、黒々とした美しい瞳の持ち主で、かつてはファッションの仕事もしていた人だ.低くも高くもない、控えめだけれどもはっきりとした声で、「Tシャツはもっとも身体に近いソフトスカルプチャー(柔らかい彫刻)だから興味が尽きないの」と語ってくれた.

彼女が作品の素材としてバンドTシャツを選んだのは、人々の個性や好みがダイレクトに表明されているからだ.クイーンやセックス・ピストルズなど、元の持ち主の「このバンドが好き!」という声がはっきりと伝わってくる.

本作品に用いられたTシャツたちは、貨幣を介すことなく、あえて物々交換で手に入れられたものだ.Tシャツは資本主義と国境、アメリカとメキシコの関係を多弁に語るもの.すなわち、アメリカの大企業がメキシコの工場にTシャツを大量発注し、新品が国境を越えアメリカに届き、消費され、古着や型落ちとして再び国境を越えてメキシコに運ばれ、最終的には音楽溢れる路上で叩き売られるという流れが含まれているのだ.「幕」というタイトルではあるものの、壁にも見える大きな作品は、アメリカとメキシコの国境を想起させる.

2019年夏のあいちトリエンナーレは、現代における世界の分断を認識した上で、人々の連帯により繋がりを復活させる、という大きなテーマがあった.あの夏から一年、混沌とした政治に未知の病原菌、不安な気持ちは募るばかりだけれども、バラバラだった布を縫い合わせるように、古びた生地の穴を埋めるように、まわりの人たちと互いの気持ちを大事にしながら、下半期も生き抜きたいと思う.

Leiko Dairokuno

Leiko Dairokuno

フランス育ちの、和装好き.通訳・翻訳・字幕監修、美術展づくり.好きな色はパープルと翡翠色、パリのブルーグレーの空と、オスマン調のアイボリー.Aichi Triennale 2019/ Tokyo Art Beat/ Dries Van Noten/ Sciences Po. Paris/ Ecole du Louvre.
ご依頼はleiko.dairokuno(@)gmail.comへどうぞ.

Reviewed by
寺井 暁子

複数の糸を織り上げられて作られる、布。
その繊維は異なる大地の異なる植物から採取され、
異なる方向を向いた糸が折り合わさることで、強さとしなやかさをもっている。
織りなす世界は、土地の文化や、人の中にある世界観を顕在化させる。
時にぴんと張り、時に緩み、撓みながら。

その織目を見つめ、服をまとい、布と暮らすことで、
私たちは、その全てに触れる機会を日常的に持っている。

2019年夏のあいちトリエンナーレで、
人々から集まれられた音楽Tシャツをつなぎ合わせた幕の話が、心に刺さった。

現代における世界の分断を認識した上で、人々の連帯により繋がりを復活させる。

Tシャツとは、ある意味一度完結したひとつの世界。
それを、縫い合わせてより大きな世界を作ること。

私たちは、たくさんの綻びや穴を抱え、
なんとか取り繕うとしている。
あるいは、もう見なかったことにしてようとしている。

しかし、綻びや穴を本当に直そうとするなら、
そこにまた別の糸を足し、新しく織っていくのではないか。

礼子さんは書く。バラバラだった布を縫い合わせるように、古びた生地の穴を埋めるように、
まわりの人たちと互いの気持ちを大事にしながら、生き抜きたいと思う、と。

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