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2F/当番ノート

名は他意を表す

当番ノート 第2期

ひとの名前に興味がある。その字を聞いたり由来を聞いたり。
名前を聞いてその名前を背負ってきた人生に想いを巡らすのが好きなのだ。

先日、友人に面白い話を聞いた。彼がある日コンビニに行ったところ、レジの店員の名札に釘付けになったという話。その名札には「神」と記されていたそうな。この時代、神様も就職難でバイトしていても可笑しくはない。友人はお賽銭の渡し過ぎで「神」様からお釣りを受け取ったのかも知れぬ。はは。その同じ日に友人がまた別のスーパーへ行ってレジで会計中のこと、今度は店員の名札に「笑喜」と書かれていたという。もしや接客はまず社員の名前からという社の方針なのか。友人は疲れ切って暗い表情の「笑喜」さんを二度見したかも知れぬ。ははは。どちらにしても当の本人には笑えない事実だろう。後から調べたら、「神」は「かみ」ではなく「じん」と読むらしく青森県津軽地方に多い名字とのこと。一方、「笑喜」さんは「しょうき」さんで鹿児島県の錦江町に多い名字らしい。

さて、私の名前についてお話しよう。これを書いているわたしの名前は「イルボン」という。まぁたいがいのひとはこれをペンネームかニックネームだと思うようだが、これはれっきとした本名なのだ。正確には「キム・イルボン」と、前に名字が付く。韓国籍の在日コリアンなのだ。とどまることを知らぬ韓流ブームで知っているひとも多くなったが、イルボンとは「日本」のハングル読みである。と、言うと「日本っていう名前の韓国人なの?」という混乱を生む。だが私の本名は漢字で「金 一峰」と書く。ハングル読みで「金」が「キム」であり、「一峰」が「イルボン」だ。「じゃイルボンは同音異語なの?」ということになるが、実は発音も微妙に違うのである。日本は「일본(il bon)」であり、一峰は「일봉(il bong)」と書くのだが、カタカナで書いてしまうとどちらも「イルボン」になってしまう。

まぁ何ともややこしい名前だが、私自身はカタカナの「イルボン」を気に入っている。
それは「一峰」でありながら「日本」でもあり、「イレボン(il est bon)」とすればフランス語で「彼は良いです」という意味にもなる。また、私は韓国人の父と日本人の母を持つダブルであり、最初からダブルミーニングの宿命を背負って産まれたようでもある。このネット社会において、わたくし「イルボン」の活動がめちゃくちゃ大げさに言えば日本、韓国、朝鮮、そして在日コリアンのイメージを少なからず左右していくことにもなる。何がイルボンなのか?誰がイルボンなのか?どこがイルボンなのか?それは私にとって一生つきまとってくる命題であり、私はそれを一生かけて楽しもうと思っている。これを読んでいるあなたは自分の名前に振り回されているだろうか?それとも自分の名前をうまく飼い馴らしているだろうか?名前はあなたと寿命の同じペットのようなもの。ちゃんと面倒を見てやらなければあなたに噛みつくかもしれないし、餌を与えればあなたを守ってくれるかもしれない。

ところでこのコラムを担当することになったとき、いとでんわ主催の朝弘さんから「木曜日か金曜日の担当をお願いできますか?」と依頼があった。わたしはしばらく考えて「金曜でお願いします」とお答えした。ちょっとしたお遊びだが、このページ右のコラムライターの紹介で、金曜日担当のイルボンは「金:イルボン」となるだろうなと。してやったりなわけだ。偶然のめぐり逢いで偶然に私はここのコラムを担当することになり、偶然の選択肢の中で必然的に自分の名字と同じ字の曜日を選択したのだった。

さて、私の名は様々な他意を持つに至った。それは私自身の多様性を象徴しているようだ。私はときに“詩演家”として舞台でパフォーマンスをし、様々なキャラクターを演じ分ける。来週もここではイルボン風のイルボン的なイルボンらしからぬイルボンとお付き合い願いたいと思う。

ではでは、みなさま安寧に。

 

photo(左右共に):イルボン@ソウル国立劇場

イルボン

イルボン

詩人/詩演家。またはgallery yolchaの車掌。
ジンジャーエールと短編映画と文化的探検が好物。

2006年、第一詩集「迷子放送」を上梓。
2007年、自らの詩の語りとパフォーマンスに半即興的に音を乗せる、活劇詩楽団「セボンゐレボン」を結成。
2010年、大阪で多目的ギャラリー「gallery yolcha」を運行開始。

※gallery yolchaは、大阪・梅田近くの豊崎長屋(登録有形文化財)に位置する特殊な木造建築です。この屋根裏部屋とバーカウンターがあるギャラリースペースを使って、共に真剣に遊んでくれる作家を常時募集しております。詳細は上記リンク先をご覧下さい。

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