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2F/当番ノート

メトロとバスで日本とわたし

当番ノート 第14期

パリに住んでいて、愛用しているものがある。「ナビゴ」という定期券だ。日本の定期券と違うのは、厳密に区間を決めているのではなく買った範囲のゾーンはメトロ(地下鉄)でもバスでもRER(近距離鉄道)でも乗り放題ということだ。

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私はあても無くどこかに向かうことが好きなのでとても愛用している。パリ市内はどこまでも大丈夫なゾーンを買っている。なので通りかかったバスに乗り、気ままに降り、また違うバスに乗ったり、通常は使わないような路線のメトロにふっと乗ったりしている。まだここに住み始めて1年も経っていないが、こうしてふらふらとパリを廻ることでおぼろげだが「パリ」という街を感覚で理解し始めてこれたように感じる。もちろん本当は昔の偉大な哲学者や文人のように「歩く」べきなのだが、私にはバスに乗ってぼーっとしながら、一つ一つ特徴のある建物のフォルムや彫刻に眼を向けたり、乗り込んだり降りて行く人たちを観ている方が性に合っている。
今回はその中で日本に関係して考えさせられた経験と思ったことを少し書いてみる。

「神の雫」
ある日、メトロの座席に座っていると、通路隣の男性が日本の漫画を読んでいた。日本の漫画はフランスに浸透している。それも驚くくらいに。fnacという日本で言えばヤマダ電機くらいメジャーな家電屋さんにいくと、大きなスペースを割いてフランス語訳された日本の漫画が置かれている。今年の始めの頃は宮崎駿監督の「風立ちぬ」が上映されていたから、同じ宮崎監督作の「風の谷のナウシカ」が盛大に売られていた。そういうわけでメトロで日本の漫画が読まれていてもそんなに驚かないのだけど、今回は驚いてしまった。それはその漫画がワインの漫画だったからだ。「神の雫」は日本にいた時よく読んでいた雑誌「モーニング」に連載されていたからちょっと絵柄を観ただけでこの漫画だと分かる。

ワインはこちらでは本当に日常の飲み物だ。私はワインに詳しくはないけれど、スーパーに行っても、知り合いのフランス人の家庭に活かせてもらってもその存在の強さは感じる。おそらく今の日本人にとっての日本酒の存在感より大きいのではないかと思う。そうしたある意味「フランス文化の中心」にあるワインを扱う漫画をこの国の人たちが受け入れてくれることが驚きだった。もちろんそこまで良い漫画をつくった漫画家や原作者の努力やそれによる作品の面白さがその一番大きい理由だということは当然だ。しかし、そうした「良い(bon)」もの、特に自分の国の中心的な部分を受け入れるフランスという国の度量の大きさはやはり有り難いなと思う。それは私自身が作家であり、この国で「外国人」であることからよりいっそう感じるのだろう。私の作品が作品の質ではなく「この国の人だから」という理由で選ばれたり選ばれなかったりする事態がくれば悲しい。そうした部分を越えて内容を観てくれる(と期待できる)この国に対して私はとても感謝するべきと思う。

「嫌韓論」
いつものようにあても無くバスに乗っていた時、向かいに座っていた女性が「嫌韓論」を読んでいた。日本人だったのか、もしかしたらチャイナタウンの近くだったので中国や韓国の方かもしれない。
私はこの本をきちんと読んでいないのだが、表紙ははっきりと覚えていたのではっとしてしまった。パリでこうした本に出会うことは複雑だ。私自身、10代は政治関係のテレビ番組ばかり観ていたし、最初の大学では政治経済について論ずるサークルにいた。だから私自身、今でも日本と韓国や中国の関係について考えることは多い。本当に難しい問題だと思う。ここにくるまではそのように「難しい問題だ」のところで思考が停止していたが、最近は単純に「お互いに仲良くしたい」という思いが強くなった。目の前にある世界をもっとちゃんと見なければならないと。

パリで一番美味しいと思える豆腐はベルビルの中国人のおじさんがつくってくれている。本当においしい豆腐だ。この豆腐に出会えたお陰でパリでもおいしい肉豆腐を食べれている。さらに私の展示を観に来てくれた人は台湾や韓国の方もいた。とても有り難いことだ。もし私が日本人だから作品を嫌いになる人がいたらとても悲しい。同様に私が「○◯人だから」と作品を見なくなれば私は作家として終わっていると思う。
考えてみたら日本にいる時、吉野家に行った時などよく中国や韓国の方が働いていた。そうした存在に日本では考えがいかなかった。それは私と「外国人」の関係だったからだろう。でもここでは同じ「異邦人」。だから変わる。本当は環境が変わる前からもっと考えるべきなのだと反省する。情報武装は「みる」ことを遮ることもある。

その国で生まれた歴史があるから、その遺産として私が存在できる。
それに感謝しつつ、目の前にある世界をもっとみないといけない。
そのためにはもっと言葉ができなければならないと改めて自覚する。

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うん、また豆腐を買いに行きたくなってきた。

澄 毅

澄 毅

写真で作品をつくっています。
文章を書いたり、ドローイング的なことも好きです。
1981年に京都と大阪の境で生まれ、12年東京に住んでからパリに在住。
2012年に写真集「空に泳ぐ」(リブロアルテ)を出版。
2019年には二番目の写真集として「指と星」(リブロアルテ)を出版
マイペースな時と締め切りに追われる繰り返しに平穏を感じています。

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