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3F/長期滞在者&more

藝術草子 France⇆Japon/épisode 6「復活祭の卵、春を抱き集める」

長期滞在者

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Pâques(パック)とは英語でいうところのイースター、すなわち御復活祭.

十字架に架けられ、死して葬られたイエスさまが三日目に死者の家より蘇る、その復活を祝う日.クリスマスと並ぶキリスト教最大の行事だ.春分を過ぎて最初の満月後にくる日曜日に当たる.Pâquesの週末は、それに続く月曜日も祝日扱いになるので、フランス人にとっては嬉しい三連休.ちなみに今年は4月15日〜17日.

この頃、フランス中のショコラティエでは贅を尽くした卵型、あるいはうさぎ型ショコラがショーウィンドウに並ぶ.これから孵るであろう卵や元気よく走り回るウサギは、生命の象徴なのだ.

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Pâques(日曜)の朝は、フランス人の子供達にとって「卵狩り」の時間.親達が庭中に隠したたくさんの卵型ショコラを探すのだ.まるで、宝探しのように.お昼頃には、収穫した大量のショコラがポケットにたんまり.ついつい、甘いものを食べ過ぎてしまう.

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私の小学校では、毎年Pâquesの時期が近づくと、美術の時間に卵の殻にデコレーションをして、自由なオブジェを作るのが恒例だった.絵や模様を描く、染める、スパンコールやフェルトやリボンを使うなど、色々な技法を使ってとりどりに卵を飾る.見慣れた白い卵も大変身!みんなの夢が詰まったオブジェは、それぞれの家の玄関やリビングを、軽やかに彩る.

最近では、ゆで卵の殻(完璧な形)を持ってくることが困難なので、発泡スチロールでできた卵なども売られているそう.

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長い長い冬が終わり、空はユトリロ色のグレイを抜けて、モネの柔らかいあたたかさを取り戻す.

春の始まりの桜は、手垢のついた日向臭さがなくて、どこかさみしい、からっとした、あっさりとした感じが、とてもよい.清潔な透明感があって、信頼できる.

深い紫と薄墨色の混ざる夜空に、ポップコーンのように舞う白い桜たちも愛おしい.ふるふると風に揺れ、桜が笑う夜が好き.

四ツ谷の桜

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フランスやアルジェリアの春は、桜の代わりにアーモンドの花が咲き乱れる.

ゴッホはいつも、鬼気迫る厳しい筆致とひたむきな狂気で私を引き込む.このアーモンドの花も、テーマこそ甘やかな春であれ、張り詰めた高揚感と圧倒的な静けさで、私の心を打つのだ.

彼の描く画面いっぱいの白薔薇も美しい.けれどもそれは、薔薇の持つゴージャスさとはかけ離れた、ミントグリーンと冷たい白が紡ぐ病的に冷めた美しさだ.心して接しないと、薔薇の隠し持つ棘で指を、心を、刺されかねない.パラドクサルかもしれないけれども、不純物を許さない緊張感が、ゴッホの全力の愛の証なのではないかと思う.

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Van Goght, Branches avec des fleurs d’amande, 1890

 

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Pierre Bonnard 1867 – 1947 L’AMANDIER

静けさをたたえるものとは、浮ついた感情に流されず、じっくりと対峙できる.

けれどもやっぱり、ボナールの多幸感溢れる浮かれたアーモンドも大好き.木の幹も花もふわふわしていて、風が吹いたらみんな鳥になって飛び立ってしまいそうな感じがする.ポスターアートから出発したボナールは、その装飾的なスタイルで、たくさんの楽しげな色で画面を埋め尽くす.

日本で観るボナールは、アンティミスト(室内画や、小さきもの、近しいものたちを描く人々)としての作品が有名だけれども、私はこうした戸外の大胆な木々や花々、お庭を描いた作品も好きだ.パリのポンピドゥーセンターには黄色が豊かな大画面の作品があって、そのレンギョウだかなんだか分からないけれどもはち切れんばかりの春を主張するカラリとした明るさを目の当たりにすると、いつでも心が軽くなった.

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去年、私が店主をつとめていたギャラリーで、アパートメントでも連載をもってくれた児玉恵理子さんの個展を開催したのも桜舞い散る春だった.

会社を辞めてフランス語通訳者兼ギャラリーの店主となった私と、自分の道を歩み始めた児玉さんと、二人の新しい門出を祝う企画展だった.

とにかくたくさんたくさんのお花を集めて、イカレ帽子屋顔負けのティーパーティー的個展をやろう!ということになったのだ.私達の理想の空間を作り上げるよ!メインのポスターは桜の絵だ!桜の花びら踊る幸せの春をイメージして!笑いとお茶の絶えない幸せな時間を!(このときのポスターの原画は、いま私の部屋に飾られている.淡く燻したようなやわらかい銀色の額縁も、児玉さんと二人で吉祥寺の額縁屋さんでオーダーしたものだ.)

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展示のテーマは《一日一枚》展.児玉さんが半年間毎日描きため、日々SNSで発表してきた作品群のお披露目会.ストイックな精神で、色鉛筆12色に限定して描いた秋頃の作品、突然自由になって、42色分解禁となった華やかな新春の作品…300点以上の作品を時系列で追っていくと、彼女の心の変遷がちらり、垣間見られる.

原画のほかに、オーダーメイドの木のノートや、お花いっぱいのテーブルクロス、大切なものをそっとしまいたくなる可愛らしい木箱たちも合わせて展示販売した.手描きのカーテンはオープンから1時間で運命のお相手を見つけてしまって、最終日に発送された.

来てくれる人たちがみんな馬鹿みたいに幸せになるような.桃のカクテルもマリアージュフレールの紅茶も、焼きたてのお菓子も用意して.そのときの様子を、管理人仲間の鈴木悠平さんがコラムにまとめてくれています.Gallery Yayoiのページにも、懐かしい写真をたくさん載せています.

そんな一日一枚展から一年、今度は吉祥寺のギャラリー「イロ」で再び、児玉恵理子さんの個展が開催されます.4月28〜31日.今回のディレクションには関われなくて残念だけれども、私もいっぱいお手伝いするし会場にもいると思うので、ぜひ立ち寄ってみてください.絵描き魔女の優しく気高く、孤独を知っている人だけが使える魔法のお茶で、あなたを癒してくれるはず.

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Leiko Dairokuno

Leiko Dairokuno

フランス・アルザス育ちの、和装好き.通訳・翻訳・字幕監修、美術展づくり.好きな色はパープルと翡翠色、パリのブルーグレーの空と、オスマン調のアイボリー.Aichi Triennale 2019/ Tokyo Art Beat/ Dries Van Noten/ Sciences Po. Paris/ Ecole du Louvre.
ご依頼はleiko.dairokuno(@)gmail.comへどうぞ.

Reviewed by
寺井 暁子

春ほど、世界のつながりと、人が持つ感性の多彩さ、多様さを感じる季節はない。

「春の始まりの桜は手垢のついた日向臭さがなくて、どこかさみしい、あっさりとした感じがとても良い。清潔な透明感があって信頼できる」とは、礼子さんの感じる桜の春。

今回のコラムで紹介されている児玉恵理子さんの描く春からは、柔らかさと甘さがふわふわの綿飴のように香ってくる。

海を越えてヨーロッパ。ゴッホやボナールが春に描くのはアーモンド。同じその花も、ゴッホが描けば「張り詰めた高揚感と圧倒的な静けさを携え」、ボナールの筆からは「多幸感溢れ、浮かれた」花々となる。

日本では春の始まりは出会いと別れの季節とも言われる。
物事の始まりは秋。春の始まりは復活祭の月というヨーロッパでは、この季節の位置付けは随分と違うのかもしれない。
(でも、卯月って、卵の月と似ていますね。卯の花の季節。復活祭を祝う卵の装飾と。その意味は全然違いますが。)

象徴する花の種類や、季節の意味合いが違っても。

四季のある国々で一番愛でられる季節は春だと思う。蕾のように頑く閉じていた自身が花開き、そうさせてくれた季節に対して、誰しもが、何かしらの想いを表現したくなるのだ。

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