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それをエンジェルと呼んだ、彼女たち。
この回で『それをエンジェルと呼んだ、彼女たち』は最終回を迎える。この連載では人と出会った記憶を起点に、彼女・彼らを思い出すようにして書いてきた。それは思いを重ねることだった。自分はその人の何を書いているんだろう、という問いは重ねるほどに膨らんでいった。 胸を痛めたり、熱くしたり、透き通らせるような出会いを思い出すとき、特別に思えたその瞬間を一言一句記録する代わりに色として書き写した。ちょうど旅先で…
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それをエンジェルと呼んだ、彼女たち。
人生における運命の出会いというのは、何回か訪れるのかもしれない。それは恋愛に限らず、その出会いがどんな風に実を結ぶかも重要じゃない。出会った地点を振り返ったときにそこから新たに迷子になったような気がする出来事を、私は運命と呼びたい。 彼の企画する音楽イベントに初めて居合わせた日のことが忘れられない。その日は、その後数年にわたって続くこととなるイベントの初回だった。「上海の夜」。それがサックス奏者で…
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それをエンジェルと呼んだ、彼女たち。
無地よりも柄ものが好きで、その結果、合わせにくい服ばかりがタンスに増えてしまう。ベーシックな無地の洋服は万能。ファッション雑誌には着回し、3 way、スタンダードという言葉が踊る。そういう服はあらゆる場面にも着ていけるだろう。でもあらゆる場面っていつのことで、何回くらいあって、どれくらい心踊るだろう? 好みの柄は目にした瞬間から私を喜ばせてくれる貴重な存在だ。そして、複数の色づかいが幸せを感じさせ…
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それをエンジェルと呼んだ、彼女たち。
まだ出会って1年ほどしか経っていない彼女とは、いつもちぐはぐな場所で会う。いるべき場所としなきゃいけないことの隙間にある、ぽっかりとした時間を共有することが多いからだろうか。もちろん、私にとってはということなのだけれど。 そもそも、彼女はひと所に止まれない生活をしている。公演のために世界を飛び回るダンサーだからだ。出会って以来、そのダンスを観てみたいと思っていたけれど、残念なことに日本では彼女の所…
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それをエンジェルと呼んだ、彼女たち。
冬がやってきた。人々が「師走」と口にするそばから残された時間が零れていって、今にも最後のひと雫が消えてしまうような気持ちがする。慌ただしさで街が活気づくと思い出される短編が、江國香織の『つめたいよるに』の巻頭に収録されている「デューク」だ。 同じく暮れ迫る12月、飼い犬デュークを亡くしたばかりの女性の前に突如現れた見知らぬ男の子との、短いデートのお話。通勤ラッシュの電車のなかで泣いていた女性に男の…
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それをエンジェルと呼んだ、彼女たち。
何かを目の前の人に伝えたいと思うとき、それがその人への贈り物なのか自分が言いたいだけなのか、自信をなくして口をつぐむことがこのところ多い。こんなことは以前にはなかったので、もしかしたら成長と取るべきなのかもしれないけれど、私は口をつぐむ淋しさを持て余している。そしてそのことは、今のところ情けなさを伴う。 小・中学生のときの同級生で、ひとりとても大人びた女の子がいた。身長がすらっと高くて、ゆっくりと…
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それをエンジェルと呼んだ、彼女たち。
今まで知らなかった国に友だちができた途端、そこは自分にとって「友だちが暮らす場所」になる。その変化が自分のなかで起こる度に世界中にいろんな国があって、いろんな文化があって、違いがあることや共通点が見つかることは素晴らしいことだと感じる。 同時にニュースで聞き流していた悲惨さが現実であることも、また全くニュースとは異なることも知ることになる。知ることは素敵なことばかりではないけれど、それでも友達が暮…
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それをエンジェルと呼んだ、彼女たち。
ある日、チェロをもらった。チェロをくれたのは詩人だった。編集の仕事を通じて出会い、打ち合わせで自宅にお邪魔したときのことだ。大学の管弦楽団で弾いて以来あまり弾いてないのだというチェロは、白いケースに納まって佇んでいた。ケースを開けると中は鮮烈な赤のベルベットで、明るい色をしたチェロや弓やチューナーなど一式揃って入っていた。 彼女と実際に会ったのは2度目だったのに、弾くならあげます、と差し出され、私…
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それをエンジェルと呼んだ、彼女たち。
最後に物語に没頭したのはいつだっただろう。私は自分のつま先を、その先に触れている外の世界をちゃんと感じられているだろうか。 ここのところ、物語と身体というふたつの言葉がぐるぐると私の中を巡っている。そのどちらもを長い間放っておいている気がしてならなくて。 私たちはSNSのアイコン越しに見るその人たちが残す現在地や呟きや写真、動画を永遠に過去と思えない。ねじれた現在を生きている。その人が過去に感じた…
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それをエンジェルと呼んだ、彼女たち。
もうすぐ夏がやってくる。ここ数年の夏は身構えてしまう暑さで楽しみばかりじゃないかもしれない。にも関わらず、高校生の頃に親友と過ごした海辺での思い出は、都合よくいい顔をした夏だけを思い起こさせて私を浮き足立たせる。 私たちは海辺で育った。お互いの家から自転車で20分くらい行くと、もう海は近かった。夏になると途中のコンビニでアイスを買って屋根のついた海辺の休憩所に急いだ。そこはベンチと自販機があるだけ…
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それをエンジェルと呼んだ、彼女たち。
「マネキンが動いたのかと思った」とお客さんが驚いたのは、1度や2度ではなかった。あまり変化のない表情には、ますますそう思わせるところがあった。当時働いていたインテリア・ファッションのお店の、後輩だった女の子のことだ。 しょっちゅう変わる髪の毛の色はパフェみたいに可愛くて、白い肌と淡いメイクが人形らしさを際立たせる。彼女が着るお洋服はどれも個性的に違いないのだけど、彼女の世界観とぴったりあっているた…
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それをエンジェルと呼んだ、彼女たち。
名前が同じ人をあまり知らない。漢字が同じでも読み方が違っていることがほとんど。なのに、この連休中に滞在した南インド・ゴアの宿泊先のホテルには、もうひとりの「さいこ」が泊まっていたと言う。 滞在して2日経った頃、コンシェルジュの女性が私を呼び止め、「あなたと同じ名前の人にあなたの予約確認書を渡してしまったのだけど、彼女は同じ名前の別人だった」と笑いながら教えてくれた。ゴアのなかでも南ゴアに位置するそ…