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2F/当番ノート

Asian Photo Arts Artist’s Profile: Tim Gallo

当番ノート 第7期

私の言葉よりアーティスト自身の言葉を聞いて、作品を見ていただいた方が、読者の方々にとって「表現」を感じやすいと思い、インタビューしました。価値観や写真表現について素直に、かっこつけることなく、恥ずかしそうに語ってくれました。


©Tim Gallo

TIM GALLO
1984年生まれ。ロシア出身。東京を拠点に写真家として活動中。
ポートレート写真を中心に、被写体の内面を映し出す作品を日々撮りためている。
清里フォトミュージアム「ヤングポートフォリオ」入選。

■ (Shota Ogino 以下S.)表現することになったきっかけは何?
■ (Tim Gallo 以下T.)トルストイの言葉に影響を受けたんだ。

「表現なしで生きられるなら表現しないほうがいい。」

この言葉を前にしても沈黙することが出来なかったんだ、人とコミュニケーションしたいって想いがすごく強くて、表現することにした。
はじめは小説家になりたくて小説を書いてたんだ。

■ S.)小説、、、いつか読んでみたいな、その小説。

■ S.)でも今は写真で表現してるよね。なんで写真を選んだの?
■ T.)写真は「1対1」で表現出来るから、魅力的。何より人とコミュニケーションする喜びだとか、人の心をのぞく喜び、被写体に自分が映ることへの喜びをダイレクトに感じさせてくれる表現方法だからやめられない。

■ S.)作品見てると、ポートレート作品が多いのはなんでだろ?ティムにとってポートレートを撮ることって何なのかな?
■ T.)人を撮ることは人の一部を自分のものにすること。美しいもの(女性、人の知恵、人の性格や人格など)を自分のものにしたいっていう自分勝手な想いがポートレート撮影に駆り立てているのかもしれない。だけどそんな自分勝手とも言える想いも、人に認められたり、被写体が喜んでくれたり、鑑賞者が喜んでくれることで作品として成立して、色んな人に影響を与えるんだ。
魂の一部を奪う行為は、心を動かす力があって、写真の中でその人(被写体)が永遠に生きる。その力を強く信じてるし、魅了されてるよ。
それと同時に写真がもつ暴力性や自分勝手さを理解して撮影してる。写真家ほど最低な男はいないよ(笑)。撮影は綺麗事じゃないから。

■ S.)最低って言う気持ち分かる…(苦笑)、要は人に伝わらなければ意味がないし、下手すれば暴力になっちゃう表現媒体ってことだよね。綺麗事じゃない。その通りだと思う。

■ S.)作品を見ているとよく演出しているけど、それはなんで?
■ T.)被写体に求める演出は新しいキャラクターを作るためじゃなくて、その人の良さを引き出すための演出なんだ。隠している彼らの魅力を引き出すためにお願いするんだ。そうすることで時には被写体自身も知らない魅力が引き出されることもあったり、時には自分自身が見えたりもする。
被写体が撮影中に着ている心の鎧を自ら脱ぎ捨て、素直になっていく瞬間に立ち会えることはとても嬉しいこと。
あと、日常じゃなくて非日常にある「情熱」「罪」「怒り」に興味があるのも、演出する理由の一つかもしれない。
もう一つ言えば、「ドキュメントすることが被写体と触れ合わないことだとしたら、演出することは被写体に触れ合うこと」って思っていることも一つの要因かも。自分はどちらかというと思い切って触れ合いたいし、触れ合って何が写るか見てみたいと思ってるから。

■ S.)例えばどういった演出してるの?
■ T.)一人のお坊さんを約7年間撮らせてもらっているんだけど、その撮影のときは

「眼で人生の中で一番後悔していることを表現してください。」

って声をかけたりするんだ。場所やセッティングの演出もあるけど、心をどう演出出来るか(引き出せるか)に集中してる。
話が前後するけど「人の眼を見るのが好き」ってこともポートレート作品が多い理由の一つかも。

■ S.)確かにティムのポートレートをパッと見た瞬間、被写体の眼を見ちゃう。それ以外のものは、その眼に自然とついてきたかのように感じる。


©Tim Gallo model:Takuya Nara


©Tim Galo model:Sayaka

■ S.)ティムの作品は1対1で生み出されてるからか、すごいパーソナルで俗に言う「私写真」だと思うんだけど、作品と社会って何か関係してる?
■ T.)ん〜〜〜よく「社会を変えてやる!」「革命を!」とか聞くんだけど、そもそも社会って実体がないと思うんだ。
もちろん俗に言う「社会」の中の価値観には疑問は持ってるし、作品を通じて色々変えたいことはある。
だけどその時に戦う相手は「社会」ではなくて「自分自身」だと思うんだ。
社会は変えられなくとも、人1人は変えられるかもしれない。でもほんっっっとに頑張っても人1人を変えることはとっても大変なことだよ。
もし変えられたらそれはすごいことだし、何でもそこから始まるのかもしれない。
社会的責任と影響力を持っている政治家を1人変えても、結局人が抱えるの悩みはなくならないんじゃないかな。また新しい悩みが生まれるだけのような気がする。それよりもし全世界の人々が1人につき1人、身近にいる悩んでいる人、困っている人、病んでいる人(両親、兄妹、子供、恋人、友人)に対して愛情を持って、心をケアして、何か行動したら世界は変わるかもしれないって思う。

最近は「変えること」にも疑問を持ってる。自分は人を変えたいんじゃなくて、「インスパイア」したいってことに気づいたんだ。
だって、その人自身(内側)から想いが湧き出ない限り、何の変化も起きないし、意味がない。
自分に出来ることは「気づいてもらう」こと。自分の作品がそのきっかけになれたら本当に幸せ。

■ S.)なるほど。分かりやすく仕事に置き換えるとしたら、「〜はダメだ、〜しないとダメだ。この業界のシステムをこう変えて、こうしなければ」っていう言う前に、お客さん、取引相手、同僚や上司のこと、支えてくれている家族のこと、恋人、子供、友人のことを想って、全身全霊でその人達のケアや目の前の仕事にエネルギーを傾けていれば、大きな社会の変化は自然と起きてくるってことかな?

■ T.)そうそう!分かりやすくいうとそういうこと。
■ S.)そう考えるとアートに触れたことない人でもティムの作品を身近に感じることが出来るかもね。

■ S.)最後に…今までの作品の中で、心に残っているポートレート作品ってある?
■ T.)まだまだ未熟で満足出来る作品なんて滅多に出会えないんだけど、約7年間追いかけているお坊さんを撮っているシリーズで一枚特別な写真があるんだ。
いつでも見れるように机の前に貼ってるんだけど、
「会話が続けられるポートレート」
で自分にとってモナリザのような存在なんだ。魂がうつっていて、生きている。
その写真を見ると「見られている」感覚と「鏡を見ている感覚」を同時に味わえる写真なんだ。

■ S.)モナリザのような写真か、、、新しい鏡だね。見られることで自分がよく見える鏡。これからはそういう写真を玄関近くに飾って、出掛ける前に見つめて心をバシッと決めてから外出した方が、普通の鏡見て外出するよりキマルかもね笑。

今日は貴重な時間ありがとう。

-2013年2月9日 新宿にて

荻野 章太

荻野 章太

Asian Photo Artsディレクター。
ロシア、中国、韓国、日本出身の若手写真家や日本を中心に活躍するアートディレクター、ウェブデザイナーで構成されるAsian Photo Arts。写真家(表現者)によって価値観を変えられた自らの経験から「アートとしての写真を社会に開くこと」「若手写真家支援」を目的に2007年から活動中。

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