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当番ノート 第8期
親から子へ、親から子へ、また親から子へと、その逃れがたい性質は、一族につらなる者たちの血潮の中に受け継がれ、ついには歴史の最後の一瞬にたどりつく。 誇りをいだく美徳もあれば、捨て去りたい呪縛もあった。激情と孤独にからめとられやすい血に翻弄されながら、その業を次の世代ですこしでも減じようと、もっとも傷つき、痛みを負ったものについて、それぞれが手と心を尽くしてそれを昇華しようとした。 祖母は夫婦…
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当番ノート 第8期
時間が経つのは早いものでもう、5月も終わろうとしています。 僕が住んでいる街も昨日梅雨に入りました。 こくこくと、たんたんと時間が流れている事を感じます。 今回、ご縁をいただきこのアパートメントさんでこの2ヶ月間お世話になりました。 お付き合いいただきました皆様、本当にありがとうございました。 今回このアパートメントさんに参加させていただいて本当に良かったと思っています。 素直に感じている気持ちや…
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当番ノート 第8期
2ヶ月間、絵についてのごく個人的な事柄を書いてきました。 自分がなぜ絵を描き続けているのかということもいくつかの角度から考えてみましたが、一番大きかったのはインターネットという場があったためだろうと思うのです。 思えばずっとインターネットをしてきました。 「coca」というハンドルネームも、中学2年生で初めてイラストサイトを作った時のもので、それをずっと使っています。 売り物でもなく、賞に出品する…
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当番ノート 第8期
写真と文章が同時にやってきた。 初めての写真展と初めての原稿書き。 これまで写真展をしたことないし、文章など書いたこともなかった。 両方とも何をどうすればいいのか分からなかったけど、 やってみろと自分の中の声が聞こえたのでやることにした。 自分では気づいていないものに触れることができそうだったから。 終わってみて、本当にその何かに触れられたのかどうか、その自信はない。 ただ、自分が以前とは少し違う…
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当番ノート 第8期
「姉さん、もう一度あのお話を聞かせてくれない?」 顔も体もふっくらとした妹が、痩せぎすの姉にねだった。 「あんた、また聞きたいの?小さい頃から何十回もしてきた話じゃない」 呆れた様子で姉が応える。 「いいの。何回聞いても、姉さんのあのお話はおもしろいわ。恐いところもあるけれど、すごく惹かれるの。ね、お願い」 「確かに、あの話は恐いだけじゃないものね。仕方がないねえ、それじゃあ話すわよ」 これはいつ…
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当番ノート 第8期
水の大理石には糸のように細い針で波紋を作る差し手が伸びていた その日は音楽も聞かずにバスに乗って 静かなひとりの時間を過ごした 二枚の羽は静かに呼応しあって重なり合った 二枚の鏡に挟まれて普段は巡り会わないふたつが出会った 静かなカフェで いつ来ても変わらぬもてなしを差し出され ゆるりと寛いだ いろんな話をした 女の子の話はえげつない、と笑った けれど愛があるから、許してね あんな事言って、ほんと…
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当番ノート 第8期
人はそれぞれが孤独な水滴のようで、どれほど時と心をかけようと、その心が、その目がうつす世界が、互いにまじわることはない。 それでも、人は手をのばす。ほかの水滴に向かい、濁流に押し流されると知りながら、くりかえし橋をかけようとする。流されたおびただしい涙は、百年たてば、手のひらにおさまるほどの塩の結晶しか残らないとしても。 世で知られる祖母と孫の会話が、色とりどりの毛糸で編んだセーターのよ…
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当番ノート 第8期
我が家についている でこぼこな窓ガラス。 僕はこのガラス越しに見る世界が好きです。 形は、よくは分からないし 光もぼやけて、大まかな色しか判断できません。 でも、そこが良いのです。 完璧には見えない、形や色を想像してみる。 色と色、光と光が交じり合ってきれいな世界が広がる。 「きっと、きれいな青空なんだろうな。」 そんな風に考える。 実際の空を見るよりも、いっぱいいっぱい想像する。 そして、なによ…
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当番ノート 第8期
才能や技術がなくても、口笛でもできれば誰でも作曲ができるのだと聞いたことがあります。 何年か前、ガレージバンドでちょっとした打ち込みの曲を作ってみようとしたことがあったのですが、どういじくり回しても一曲も完成させることができませんでした。一つのフレーズ、コード進行を作っても、それを発展させることができないのです。どのように脳を使ったらいいのかがわからないのです。 一つの情景があってもそこからなにも…
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当番ノート 第8期
朝起きると両親の枕元にも小さなプレゼントがあった。 クラスのみんながサンタクロースの正体についてあれこれ言ってるとき、 「何をとんちんかんなことを」とまったく聞く耳も持たないほど僕はその存在を信じていた。 わが家のクリスマスの朝は、子供たちだけではなく、 親の枕元にも同じようにプレゼントがおいてあって、 パジャマ姿のまま家族みんなで大喜びしてたのである。 いまはなんと巧みなサンタクロース演出であっ…
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当番ノート 第8期
シドとニックの二人は樹で囲まれた山の中の野原にやって来た。様々な草花の混在するその場所では、蝶や蜂やハナムグリや天道虫などが飛び交っていた。落ち葉の散らばる地面のところどころにはきのこが生え、蟻やダンゴムシや蜘蛛、その他多くの虫たちが行き交っている。太陽は少し傾いていたが、日光はわずかに黄みを帯びていたもののほとんど真っ白で、眩しすぎるほどだった。 彼らはその野原の片隅の、大きな榎(えのき)の陰に…
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当番ノート 第8期
ベンチで友達を待っていたら、隣に座っていたおばあさんの手のひらに四葉のクローバーがあった。それはとても立派な大きな葉をしたクローバーで、おばあさんはとても大事そうにその葉をゆっくりと触っていた。 「拾ったのですか?」と思わず声をかけた。 お花が趣味のお友達にもらったのだと言った。 これを紙で挟んでおしばなにするそうで、中心が紫色の美しいクローバーをもちあるいては、時々ひろげては見ているのだと云う。…
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当番ノート 第8期
目が見えない人が見える人の世界を想像しがたいように、耳が聞こえる人が聞こえない人の世界を知りがたいように、痛みを知らない人が、他者の痛みを想像するのは、宇宙の外側、死者の国を想像するよりも難しい。 北の小さな港町で、生まれ故郷を喪失しながら祖母は育った。町いちばんの美しい男のもとにうまれた彼女は、他の子たちとはあきらかに異なる風貌をしていた。大きな二重の瞳、高い鼻梁、ばら色の頬、こどもたち…
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当番ノート 第8期
最近いろいろな機会をいただき いろいろな場所で いろいろな出会いをいただいています。 今までは考えられないような ところや ひとや。 でも、お話しをしてみると すきな事・・ すきな物・・ 感動すること・・ 大切に思うこと・・ 一緒だったりします。 そんな話をしていると時間を忘れてお話しをしてしまいます。 ふっと思うのです。 実は出会う前からもう、つながっているのではないかと・・・ そんな出会いを求…
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当番ノート 第8期
いつから絵を描いていますか、という質問に「物心ついた時からずっと描いている」と答えることに憧れがあります。しかし私はどちらかというと工作が好きな子供で、学校や保育園で求められるとき以外に絵を描くことはありませんでした。 自分から絵を描くようになったのは小学校の六年生、そのころに自分の部屋が与えられました。姉に借りた漫画の表紙絵を色鉛筆で模写していたのが始まりです。それからだんだんとひとりの部屋で絵…
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当番ノート 第8期
3.14 という数字が好きだ。 初めて円周率を教わった時、その数字が永遠に続いていくいうことに とてつもない驚きとそういう存在に対しての畏れのようなものを感じたのを覚えている。 子どもの僕には何でもできるかのように見えていた大人たちがこぞって考えてみても、 その答えは見つからないと言っていたのだ。 自分などには到底理解の及ばない存在を知って、 とにかくワクワクした。 でもそのあと、「永遠」がなんと…
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当番ノート 第8期
シド・ドレイクは空前絶後の天才ギタリストだった。フィードバックを多用した、彼のエレクトリックギターによる演奏は大変なものだった。時には滝を思わせるノイズの飛沫(しぶき)を撒き散らし、また時には春の陽ざしを思わせる輝くフレーズを降り注がせ、別のある時には宇宙空間へ誘(いざな)うような倍音に満ちた音の塊を放出する。彼はたった独りでステージに立ち、それを生み出した。シドのギターの音を浴びた者は、その度に…
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当番ノート 第8期
好きな映画は、と問われたら山のようにあるけれど ヴィム・ヴェンダースのパリ・テキサスは間違いなくその中の一本に入る。 最初に見たのは確か18頃で、映画が大好きだった彼に薦められてみた。 よく読んでいた荒木陽子の「愛情生活」にも紹介されていた。 色彩が男らしく、砂漠をすたすたとひたすら歩く 赤い帽子をかぶった主人公のトラヴィスにすっかり脳をやられてしまった。 愛する人を胸に抱えた人は時々悲しく写る。…
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当番ノート 第8期
幸せな結婚は、凍らせた花束に似ている。色鮮やかだが冷たく、花びらにふれれば硝子の糸のように崩れ落ちる。 茶道と華道をたしなむ深窓の令嬢が茶せんを捨て、女手ひとつで料亭を切り盛りするまでにいたる道には、打ち砕かれた千もの硝子の花束が散らばっていた。 曾祖母は、白くほっそりとした手を持つ旧家の長女として生まれた。水仕事や力仕事を知らず、その桜色の指先は、花を手折り、刺繍針をおどらせるためにつ…
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当番ノート 第8期
今日の記憶を僕はどれだけ覚えているのだろう。 疲れを引きずったまま目覚めた朝のこと 朝食で美味しいタケノコを食べたこと いいお天気のなか、大好きなサボテンを眺めたこと 日々起きるいろいろなこと。 僕が生きて行くなかで全てのことを記憶することは不可能だし 忘れてしまわなくては前に進めないこともあるのだと思う。 嬉しいこと、楽しい事、悲しい事・・・ 僕にしか分からない、ちょっとした心のひっかかり。 そ…
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当番ノート 第8期
なにかしらの表現をする上で避けられないのは取捨選択で、好きなもの、気になるもの全てを吸収し作品に消化することはできません。出来上がった形の外には選択されなかった成分が澱のように漂っていて、それは誰にも気づかれません。 今回の絵はそんな澱もぜんぶ画面の中に入れてしまおう、思いついたことぜんぶ書き出していってみよう、と描いたものです。 まず描いたのは枠線。何を描いてもなんとなくまとまって見えてくれるの…
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当番ノート 第8期
マーブルは人生の優しい味がする。 子供のころ、お菓子といえばプレーンやチョコレート味なんかが主だった。 ところがあるとき突然マーブルという種類のものが登場した。(最近はあんまりみないけど) 僕はそのマーブルという食べ物にそれはとてもとても驚いたのである。 こんな食べ方があるのかと。 プレーンとチョコレートの部分がきちんと混ざり合ってなくて、 ある部分はプレーンで、ある部分はチョコレートというなんと…
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当番ノート 第8期
およそ10年前、わたしは現実と夢幻による結婚の仲人をつとめました。時に衝突しながらも、彼らは愛し合ってきました。ずっと昔から、彼らはあまりにも深く結びついていて離れられずにいたし、これからも離れられるわけなんてないでしょう。彼らはまさに、二人で一人のようなものです。現実はその圧倒的な確かさと豊かさで夢幻を魅了し続けてきたし、現実は夢幻の大らかさと彼女の天真爛漫な生き方に憧れを抱き続けてきました。二…
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当番ノート 第8期
猫と一緒に暮らしている 毛むくじゃらの相棒がきてから3年 バイクの後ろに乗せられてやってきた 日中はほとんど眠って、起きるとカリカリを食べて、また眠る 時々興奮して走り回るけれど、ちょっとたつと飽きて窓の近くで外を見る クルツは ニャー と鳴かない あー と言ったり あうあう と言ったり 時々なにかごにょごにょと喋っている 名前を呼ぶとこちらにきて隣に座る いつも隣にいるかわいい奴です 猫を見てい…
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当番ノート 第8期
拉致のラはラピスラズリのラだよと、拉致記念の青い石を磨きながら、祖父はうそぶいた。 祖父は鉄鋼技術をあつかう工学博士で、周囲からはドクターサムライと呼ばれていた。主な仕事は論文の執筆と特許の販売で、外国の企業や政府に技術を売るために世界中を飛び回っていた。 もともと技術者になるつもりはまるでなかった。幼いころから英語とドイツ文学を愛し、キリスト教に心を寄せていた彼は、将来はドイツ文学の研究者…
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当番ノート 第8期
ぼくの身長はかわらないのに きみたちはどんどん大きくなっていくね。 ばくの体重はかわらないのに きみたちはどんどん重たくなっていくね。 ぼくは大人のままなのに きみたちはどんどん成長していくね。 大人になってしまったぼくは きみたちの持つゆめを心の片隅にしまってしまったよ。 正義の味方になりたかったり プロ野球選手になりたかったり F1ドライバーになりたかったり オリンピック選手になりたかったり …
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当番ノート 第8期
ここ最近、黄金比のことが気になって何冊か本を読んでいます。 黄金比は、自然物にも人工物にもそこらここらに見いだされ、また意図的に使用されてきた特別な比率です。 巻貝の螺旋、古代の石盤、人体、和音、紫禁城、水星と地球の距離。 私たちは部分の集合体でありながら集合体の部分でもあるということ。 自然界にあらわれる数学をテーマにした文章を読むとき、しばしば最後に行き着くのは神の概念です。 この世界には、も…
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当番ノート 第8期
僕は独りである。 妻もいるし、娘もいる。 二人とも心の底から愛している。 でも、独りなのだ。 勘違いされてしまいそうなのだけど、 それは僕が生きるために、 生きることに向き合おうとしてるがゆえに、 独りなのである。 独り思い、迷い、悶として、 その総体としての僕なのだ。 孤独だと感じる時もある。 だけど、それがなければ僕はただの箱でしかない。 君たちを愛すことさえできないだろう。 でも僕は独りであ…
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当番ノート 第8期
パッチは雇われの冒険家だった。依頼内容と報酬次第では、世界中のどんな僻地へも赴く。幾多の冒険を乗り越えた彼の体には大小様々な傷が刻まれ、危険な動植物や巨大菌類などとの対決を経たその体には植物や地衣・苔類や粘菌が同居し、根や葉や茎や花や実、そしてそのどれともつかぬものからなる多くの器官が形成されていた。それらはもはや彼と密接な共生関係を築いており、取り除こうとすれば命に関わるのだ。 そんな奇妙な外見…
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当番ノート 第8期
子供の頃、私はバレリーナに憧れた 家族で観に行ったダンスの舞台で、いてもたってもいられずに舞台の近くまでいってそのダンサーたちの踊りを真似して踊り、 観客の多くは舞台下で踊る女の子を見入っていたという話を聞いたことがある 音楽にあわせ、リビングで母の長いスカートをはいて踊った よくバレエに連れて行ってくれたおばさんと二人、帰り道ダンスをしながら帰った その人は幼いわたしと同じ気持ちで、まるで二人と…
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当番ノート 第8期
曾祖父の隠し子から電話がかかってきたのは、真っ白い八月のおやつ時だった。 あなたたちのおじいさま、つまりはわたくしたちの父のことですけれども。ゆっくりと階段を下りるような声音で、隠し子は言った。お骨をいただきたいのです。あなたたち一族のお墓にある、わたくしたちの父の骨を、全部とは申しませんから、半分わたしていただきたいのです。 彼女たちがいう先祖の墓は、蜃気楼が見える北の港町にあった。かつて…
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当番ノート 第8期
僕は夕焼けが大好きです。 小学生の頃、よく公園で遊びました。 野球をしたり、缶ケリをしたり・・・ ゲーム機なんてみんなが持っていなかったから 暑い夏の日も 凍えそうに寒い冬の日も よく表で遊んだものでした。 そんな僕は毎日のように学校が終わり帰宅すると ランドセルを放り投げて公園に向かいました。 友達が待つ公園へ。 僕の家はみんなで遊ぶ公園の近くにあったので みんなより早く公園についてしまい、よく…
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当番ノート 第8期
骨格を意識した矛盾のない人体を描くことをあきらめ、自分にとってよい画面を作り上げるのが「絵を描くこと」になったのが数年前のことです。 ただ、描いていて楽しい絵が描きたいのです。 最初から最後まで遊びながら絵を描きたいのです。 そうやって画面を構成していく上で、描きたいものを一通り描いても画面が完成しないときに使い始めたのが幾何学模様でした。 いろいろな絵や本から好きな模様を見つけてはノートに描き溜…
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当番ノート 第8期
去年の夏、引っ越しをした。 理由は家族が増えたことや仕事場が変わったというよくあることだったのだけど、 とにかく3年半近く住んだ部屋から引っ越しをした。 ひとところにある程度長いこと身をおいていると、 そこはいつの間にか自分にとって心と体を安心して預けられる、 頼りのある居場所になってくる。 部屋そのものもそうだけど、周りの風景や町のしきたりなんかも だいたい自分の見知っているものとして馴染んでく…
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当番ノート 第8期
強風に震える花びらたちが次から次へ、絶え間なく枝から離れていく。それらはひらひらはらはらと散りながら、羽ばたく小さな蝶や極小の鳥へと変身し、今一度舞い上がる。 その間にも藍色をした空の結晶化は進み、その硬度と透明度が増し続ける。星ぼしから放射される光は屈折し、分解され、大きさも色の組み合わせも多様なプリズムの橋を成す。 あるものはひょろ長く、あるものはずんぐりとして、あるものは格好の良いきのこ人(…
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当番ノート 第8期
ロンドンに行った時のことを、時々思い出す あの時は、ホテルで歯を磨いているだけでしあわせだった 毎日ひたすら歩いて、何もかも新しい景色にどきどきした 一人だったので朝は早くから動いて、夜は日が暮れるとホテルの近くのM&Sでワインを買いBBCを見ながらすぐに眠った 何をしたかと思い返せばひたすら歩いて、歩いて、歩いた そして疲れたと思えばパブでおじさんに並んでビールを飲んだ 地下鉄のエスカレ…
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当番ノート 第8期
金庫は家の奥深くにしまう秘密の存在で、玄関先に飾るものではない。金庫は秘密を隠す存在で、空のままで持っておくものではない。しかし、われらが祖先においては、その限りではなかった。 一面ガラス張りの祖父邸の玄関、光に満ちた世界の中心に、金庫はあった。祖父を訪れる客人の誰も、シクラメンの鉢とレースをのせた風変わりな台座が金庫だとは気がつかなかった。 世界の安定をつかさどる礎のように燦然と金庫はそこ…
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当番ノート 第8期
ぼくであってぼくではない。 ぼくのようでぼくではない。 ひかりがあればつねにつきまとう ぼくのかげ。 ぼくからはなれることのない ぼくのかげ。 かたときもはなれることのない ぼくのかげは いちばんちかいぼくの 過去であり 未来なのだとおもう。
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当番ノート 第8期
世のなかにはいろいろな生き物がありますが、そのなかでも妙に気になる生き物があります。 カタツムリに寄生するロイコクロリディウム、虫に寄生する冬虫夏草、胞子で自分を殖やす変形菌やキノコの類い、 こんなものがなんとなく気になって、たまに絵の題材にしたりします。 この生き物たちのなかで特に気になる点は、自分と自分以外の境があいまいであることです。 自と他を区別するもの、それはきっと遺伝子でしょう。 では…
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当番ノート 第8期
「21世紀は、27歳で迎える」 これは僕が小学生のときに、 ドラえもんに出てくるような未来の世界を思い描きながら、 指折り数えた魔法の数字である。 同時に、その記念すべき年明けに27歳になっている自分を想像した。 この「21世紀は、27歳で」のフレーズはその数字の単純さゆえに、 大人になってからも思い出すほどずっと僕の中に残り続けていた。 ああ、あと何年か、と。 そしてやってきた2000年の暮れ、…
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当番ノート 第8期
「西海のフュフィファルフォスに住む海の民の間には、こんな伝説がある」 …真っ暗い深海を泳いだり、その底を歩いたりしていると、彼方から赤々と燃える火の玉が近づいてくる。次第に、何かが地面をがたごとと走る響きや、みしぎしという軋みが一緒になって聞こえてくる。それらは猛烈な勢いでやってくるが、こちらは金縛りにあって身動きが全く取れない。すると、一人の奇妙な格好をした貝人(かいじん)族の男が、炎に包まれた…
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当番ノート 第8期
美しいものをみた 空気がすうっとしている 洗われたような空を見上げて星の瞬きを見る 風が吹き抜けて木が音をたてた 目を閉じると怖いけれど何かに守られているように感じる 人気がなく神々しい そこから何かが種々産まれる根源がある いつも何かに揺れ動いている自分 思いやりにあふれていたり、壊してしまいたくなったり、 いろんな思いをいったりきたりしている でもそこに行けば分かる 聖堂のような場所 星が瞬い…
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当番ノート 第8期
トランプの塔を組みあげるような手つきで、書類を美しく積み重ねることに情熱を傾けていた男が、服は洗濯せず畑で燃やす主義の女と結婚した。 彼らが籍をいれたのは、彼らのひとり息子が結婚する半年前のことだった。 港町からやってきた美しい娘と息子の縁談がまとまったのち、花婿の両親が正式な夫婦ではないことが判明した。こんな家にだいじな娘をやるわけにはいかない、と花嫁の両親は激怒した。婚約はあわれ破談する…
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当番ノート 第8期
結婚式の撮影のお仕事をいただきました。 幸せな時間に包まれ式は進んでいきます。 式もいよいよ終盤になり、新郎新婦の生い立ちから出会いまでの スライドショーがスタートしました。 可愛い写真や楽しい写真が流れていく中で、両家のご両親の結婚式の写真が出てきました。 金屏風の前で撮られた、何の変哲もないお二人の写真。 緊張のせいか表情も硬く見た瞬間には、お世辞にも良い写真とは言えませんでした。 でも、その…
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当番ノート 第8期
作為のない絵を描きたいと思うことがあります。 絵なんてものは100%が作為なので、それならば何にも描かないほうがいい、ということなのでしょうか。 私が描きたいのは、なにかのひとつの法則、ひとつの主張、ひとつの流れ、が、そのまま結晶になったもの、というか。 私は鉱物標本が好きです。 それは、否応なく作り上げられた塊、物理法則がそのままかたちになったもので、その純粋さがうらやましい。成長過程がそっくり…
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当番ノート 第8期
マンボウは緑色のビニールシートで保護された水槽の中にいた。 何年か前に水族館に行った時、 僕はそのマンボウの水槽の前で、 長い間忘れていたことを思い出していた。 それは僕がまだ学生のころ、時間はあるしお金はないしで、 バイクひとつで日本中を旅していた時のことである。 その日は海を渡るためにずっとフェリーの中で過ごしていて、 深夜になってもなかなか寝付くことができず、 デッキにでて風にあたりながら気…
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当番ノート 第8期
お久しぶりです。変わらずお元気でいらっしゃいますか? こちらは元気です。新しい職場への行き来の折、毎日のように宇宙空間を散歩していますが、その度に驚くほど多くの発見があります。この数カ月間で特によく感じるのは、辺りの星雲の霞(かすみ)がより深くなり、星ぼしの色やかたちに大きな変化が現れ始めたということです。 あなた方がお住まいの地球とは異なり、この辺りでは季節の巡りがとてもゆるやかです。七つの季節…
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当番ノート 第8期
京都は祇園にあった小さなお店 そこは9席ほどのカウンターがあって、確か後ろに二人掛けの机がふたつほど 真ん中には70歳くらいのおばあさんが一人で切り盛りしていた 入り口の窓には鮮やかな黄色いレモンが飾られて 観光客が多い通りにひっそりと小さくそのお店はあった 見落としてしまいそうなほど地味な外観に、初めて入る時はいたく緊張をした 時々咳をしてしゃがみこむおばあさんは どう見ても具合がいいとは言えな…
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当番ノート 第8期
1世紀前、蜃気楼がぽかりと浮かぶ北の港町で「町いちばんの美(うつく)しっさん」と呼ばれた男の血を受け継いだ女は、その美しさの呪いにより、生涯にわたって苦労をせおうことになった。 美しい男——わたしの曾祖父は、地主の14番目の子、待ちに待った嫡子として生まれたが、医者から「20歳を待たずに死ぬだろう」と告げられた。 長らく男子がうまれなかったことから、地主夫婦はやむなく、長女の婿を跡継ぎにする…
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当番ノート 第8期
静岡で小さな写真屋と小さなギャラリーとレンタル暗室を営んでおります大野と申します。 ご縁をいただき4月、5月とアパートメントさんにお世話になることになりました。 よろしくお願いします。 さて、冒頭でお話しをしたように僕は小さな写真店を営んでいます。 以前は皆さんの住む街のあちらこちらにありました「街の写真屋さん」。 フィルの現像やプリントをしたり・・ 証明写真を撮ったり・・ アルバムやフレームを販…
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当番ノート 第8期
絵を描く時に気になることのひとつは、風、重力、水の流れ、など、画面の中を移動する力のことです。 画面の中を移動する力であれば、それは風のように見えても、もしかしたら別の惑星の引力かもしれないし、必ずしも風でなくてもいいのです。 何の手がかりもない白い紙の上にペンを走らせるのはいつも心細いです。 先の見えない迷路に入っていくような気持ちです。 画面上の流れは、その迷路を解いて、なんとか絵のようなもの…
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当番ノート 第8期
「ひなたの本当のあたたかさは、いつも日陰のとなりにいること」 仕事場に向かう冷たい風の吹く道で、 たてものの隙間から差し込む光を見ながらそんなことを思った。 その光は、影との柔らかなコントラストの中で自分を含む世界を歓迎し、 自らの存在を誇示することによってではなく、 自分とは異なる存在の隣にただひたすら“居る”ことによって生まれる強さみたいなものを持っている。 ひなたがひなたとして温かみを持つ時…