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2F/当番ノート

イノシシと私

当番ノート 第18期

私は今、島根県の山の奥、広島との県境に佇む民家で、婚約者と、猫三匹と暮らしながら、イノシシ事業を立ち上げている。

「イノシシ…事業?」と首をかしげたあなたのために、今回の章がある。

日本では、縄文時代以前からイノシシが食べられていたといわれている。
獣肉食が表向き禁忌とされた時代も、山間部などでは「山鯨(やまくじら)」と称して食べられ続けていて、古くから親しまれていた食材だった。

だけど、イノシシ肉が過去にどれだけ食べられていても、今、あなたの身近にイノシシ肉がなければ、それは「親しみやすさ」ではなく「新しさ」として受け入れられることだろう。

私は、その「新しさ」を提供するため、そして歴史ある食文化を守るために仕事をしている。

野生動物を食べるためには、捕まえた動物の内臓を取り出して、皮を剥ぎ、骨を取り除く必要がある。

地域や個人差はあるものの、猟師は一般的に、山で仕留めた動物の内臓をその場ですぐに取り出す。

動物が死んでから内臓摘出までの時間を短縮することが、肉の美味しさを保つための条件だからだ。

それから、動物をまるごと川や雪に浸けて血を洗い、肉をしっかり冷やした後、車庫や納屋に運び込んで解体作業に取りかかる。

猟師は、捌いた肉を家族や友人に振舞うだけでなく、仲買人と呼ばれるバイヤーや近隣の飲食店に販売して、現金収入を得てきた。

しかし、自家消費や地域消費に限られていた獣肉(野生動物の肉)が、都市部のジビエ需要や外食産業の多様化に応えるため流通するようになると、衛生基準を上げるために様々なガイドラインができはじめた。

それによって、野外で動物の腹を裂くこと、動物を川に浸けること、車庫で解体することなど、今までは当然とされてきた習慣が「衛生的ではない」と判断されてしまった。

そこで私たちは「食肉処理のプロ」として、「捕獲のプロ」である猟師と手を組み、ガイドラインに遵守した衛生的なイノシシ肉を流通させている。

具体的には、猟師が捕獲したイノシシを、生きたまま、もしくは血抜き後すぐに食肉処理施設に運び込み、内臓摘出から解体までを施設内で行う。

全国に、野生動物の食肉処理施設はたくさんある。

しかし、猟師と一緒に山に入り、捕獲から施設搬入まで同行する業者はごくわずかだ。

より衛生的で品質が保たれる捕獲方法・処理方法を模索し、飲食店や個人客の要望に応えられる商品をつくることが私たちのミッションだ。

ガイドライン制定や猟師の高齢化など、獣肉業界に吹き荒れる嵐は数知れず。
そんな逆境に負けないためにも、猟師の歴史や文化を守りつつ「新しさ」を創り出すことが楽しみでもある。

私は今、島根県の山の奥、広島との県境にポツンと佇む、平屋建ての民家で、婚約者と、猫三匹と暮らしながら、イノシシ事業を立ち上げている。

長濱 世奈

長濱 世奈

1990年 東京都生まれ。
ゆとり教育のど真ん中を通過し、成熟期を生きる未熟者。
「選り好みしない」をテーマに、コンビニから狩猟まで、食を軸にした生活・文化を勉強しています。
2014年の春、島根に移住し、おおち山くじら事業を立ち上げています。

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