鏡を見ている
ちがうか
鏡にうつってる私をみている
そういう観点からいくと私も、あの人にとっては鏡みたいなものなのかもしれない
あの人は私を見ているようで、私を見ていないんじゃないかと思うことがある
あのひとはあのひとを見ているんだ
目ん玉が、ひっくりかえったらいいのに
それでも私は、まぬけにも化粧をしている
ほんとうはもっと質問してほしい
わたしがあの人に
どんな映画が好きなのかと聞くとき、
ほんとうは私の好きな映画を聞いてほしい
わたしがあの人に
子どもの頃、両親と行った旅行のことを聞くとき
ほんとうは私の家族のことを聞いてほしい
あの人に聞かれたときの答えかたは、
もう何度も頭のなかで練習したし、
う、ち、の、お、と、お、さ、ん、わ、ね、
という動きをしたいと、わたしの口は訴えている
用意されたことばたちは、控え室でそわそわしている
メイクアップされた顔と私は、
彼の指定した駅へむかう。
わたしは引きずって歩いていく
それが片足みたいなものなのか
ロープでくくった重たい荷物みたいなものなのか
あまりわかっていない
どちらかといえば、
荷物みたいなほうがいいな
砂浜についたわたしの足あとを
あとから付いてくる荷物が
ザーっと消してくれるから
砂浜なんてないくせに
きみはどんな映画を観るの?
と、ふいに聞かれた
わたしは驚いてしまって、
もごもごとしてしまって、はっきり発音することができなかった。
虚しかった
もしかしたら、
わたしが引きずっているのは
例のことばたちなのかもしれない
重さもない
感触もない
必要もないものが引きずられていく
冷たい、冬のコンクリートのうえで