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2F/当番ノート

表現

当番ノート 第26期

NHKで金曜の夜に放送されているドキュメント72時間という番組がある。

ある場所を72時間観察し続け、そこに出入りする人たちを取材し、人間ドラマを切り出す30分の番組。極寒の地、商店街の銭湯、バスターミナル、学生寮、駄菓子屋、ケバブ屋、薬局、登山口、コインロッカー、八百屋などどこでも撮る。学生時代に見た回がとても面白くそれ以降見ていたのだが、この番組の放送後に決まって連絡をとり合う友人がいた。「今回の取材、全然やる気ないんちゃう。段々と切り口が悪くなっとうな」一体あんた達は何様だという感じで番組をけなしていた。

今回、2ヶ月間連載をさせてもらうことになった目的の一つは、このドキュメント72時間を実際に一人で行い記事にすることだった。72時間連続は時間がとれないので、せめてドキュメント18時間としてやろうと。幾つもの候補地を挙げては絞って、決行するときを計画していた。しかしながら、フタを開けみたら。一度もできとらんね、、今回最終回ですけども。どういうことですか。

2ヶ月の間、毎週金曜日に9つの記事を投稿した。難しい。とにかく難しかった。

連載が始まる前は書きたいことが山ほどあるように思え、それこそ頭の中では次から次へと書きたいことが浮かび上がっていた。しかし冷静になって一つ一つノートに書いていくと、異なっているようで結局言いたいことはどれも同じであることに気付かされた。これはマズイなと。ただ、たとえ何も宿らないときでも、とにかく形にしないといけない。それはもう意地との戦いだった。結果的にサラッと完成した記事よりももがいて書いた記事の方が強く印象に残っていたりした。

またいざ時間をかけて文章を書いていても、中学生のラブレターの方が圧倒的に心を揺さぶるように思えた。夜に猛烈な勢いで書き、朝読み返して恥ずかしくなり、それでもやけっぱちになって渡してしまえと相手に渡した手紙に書かれている言葉。そんなヒリヒリした文章に勝るものはそう多くない。それでもこれまでアパートメントを熱心に読んできたのは、ヒリヒリさを通り越した記事に巡り合えることがあるからであった。そして書く立場になって感じたのは、そうした記事は思いつきや思い切りのよさだけでは書けず、地味でシンプルなことを積み重ね続けた結果生まれるものだということだ。起こったことや思ったことを「ありのまま」に記録する。その時の出来事、考えたことをそのままの言葉でメモしておく。そのために、ノートとペンやスマホのメモ帳とボイスメモなど、記録する環境を自分で作る。面倒くさくても作る。そしてそれを時間をかけて整理し、読み返す。そんな単純に思えることを積み重ね続けられるかが結果的に書き上げるものを大きく左右することになるのだといまは思う。こんなに目紛しく色々なものが変化していく時代だからこそ、面倒くさくても時間をかけて記録し、整理することがかえって希少な価値を生み出していくのではないだろうか。

盛って書かないようにすることも難しいことだった。小雨に濡れたという事実も、書くときにはついつい土砂降りでずぶ濡れだったことにしたくなってしまう。それは視覚的にイメージしやすく、伝えやすいからであろうか。起こったことに対して話を少し加えたくなるし、そのとき感じたことも推測で書いてしまいがちだ。それを少しでも抑えるためにも、起こった事実とその時の感情を記録し、読み返すことが重要だと理解できた。盛って昔話をするのは立ち飲み屋だけにせんと。

書いた記事を振り返ると、第4回の記事だけは他と毛色が違うものになった。4月中旬に震災が起こった中で逸らさずに書こうと粘った結果がこうなった。フィクションを書く予定はなかったが、たまたま同時期に劇作家協会の講座に参加したことで着想を得た。その時その時に経験したことを柔軟に形にできることは連載をしていく大きな魅力であり、楽しみであった。

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街に溢れる何気ない言葉にとても大きな魅力を感じた2ヶ月であった。

電車内で耳にする会話も、商店街の看板も、流れてくる音楽の中の言葉も。

「お銚子のすき間からのぞいてみると そこには幸せがありました」

「カーテンのすき間からのぞいてみると そこには怒った女房の顔がありました」

初めて聴いたときから鷲掴みにされ続けている詩(上)について検索していると、どこかのおっちゃんのブログにこんなパロディ(下)が載っていた。夜遅くまで呑んで帰ってきたときに見た光景なんかな。こういうのって最高にええですね。言葉を探そうと意気込んでいるときよりも、フラっと目にしたものの方が揺すぶられたりします。

改めて振り返ってみると、例年より天気の良い日が続いた2ヶ月間でした。

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読んで頂きまして、有難うございました。

影響を受けやすいので、他の曜日の方々の記事を敢えて読まずに書いてきました。

これから、同じ時期の住人であったmitoさん、anoutaさん、松尾 健司さん、田嶌 春さん、たからさがし。さんの記事をゆっくり、じっくり読んでいくことが何よりの楽しみです。

6月からは一読者に戻り、アパートメントをこれまで以上に楽しんでいきたいです。

キタムラ レオナ

キタムラ レオナ

1988年兵庫生まれ

Reviewed by
加藤 志異

文章を書くことは難しい。
生きることをどうすれば伝えられるのか。
キタムラレオナくんの連載、最終回。

書くことで

生きることで

誰かに何かを伝える

伝えようとする

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