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2F/当番ノート

おひとりさまに慣れて来たら

当番ノート 第32期

おひとりさま、にいつから慣れていただろう。

私が物心ついた頃には、ウチには母親しかいなかった。父親がいることは知っていたし、たまに会う事はあったけど一緒には住んでいない。そんな状況を、今思えば子供ながらどう捉えていたのかは、よく覚えていない。母は普段仕事に出ていて、日が暮れてから自転車で帰ってくる。ブレーキの音で母親が帰って来た事に気づく。薄暗い家に響くブレーキ音を、今でも何となく覚えている。兄が二人いるけれど、少し歳も離れていてそれぞれの生活をしているから、兄弟で遊ぶなんて基本的になかった。小学校の頃、授業が終わってから学童や友達の家に遊びに行く事はあれど、結局家に帰ってくる頃には家に一人という状況は日常的だった。家族でにぎやか、という雰囲気をあまり知らないから、寂しささえ感じてはなかったと今は思う。念の為言っておくと、家族が仲悪い訳ではない。

幼少期の生活環境て、きっと一番自身にとって影響が大きかったと思う。もっというと、こうやって一人の時間が長かったからこそ、今うたを作って歌うという事をやっていると言っても過言ではないと思う。現に、シンガーソングライターは片親が多い(私の知る限り)。一人の時間が増えると、自然といろんなことを自分の頭の中で考えて、その中で何か訴えたい事が出て来て、気づけば歌うという行為で発散している。音楽を教えてくれる音楽家は家族にいなかったけど、この家族環境が私に音楽を与えてくれたのかなぁと思うと、とても有り難い。私の頑固な性格や意思も、きっとこの環境あってこそだと感じている。

初めて自身で進路を決めて進む高校受験。行きたい高校の教育方針は「自主自立」。基本的に校則はない、制服もない、ザ・自由な校風に憧れて入学した。母校自慢になるのであまり広くは語らないが、本当にいい学校に入学したと思っている。自由な環境でもそれぞれがそれぞれに志をもって、部活・勉強・行事など自分の意思で取り組んでいる人ばかりだったから。社会に出て気づくのは、そういう人が当たり前ではないってことで、どっちが良い悪いではないけど、生徒も先生方も「自主自立」にそう人たちが多い環境に身をおいていられたことは、その後の自身にとって大きな財産となったと思っている。

大人になると、一人の時間を作るってすごく難しい。何かに属して生活しなければならない場面だってあるし、結局一人じゃ出来ないことは多い。何かに属するということは、周りの流れに身を任せる時だってある。そんな中でブレない自分を保つことは容易なことではない。私の生活に置き換えてみると「粟生田水葉の音楽」についても同様のことが言える。有り難い事に少しずつ「粟生田水葉の音楽」を一緒に作ってくれる仲間や力を貸してくれる仲間が増えて来た。おかげで自分がイメージするものよりもっともっと素敵なものが出来上がっていく。きっと私の夢を叶えるには必要な事だし、仲間たちに出会えた事はある意味必然だと感じることもある。しかし、人の手が加わることで大きくなりすぎて、自分の手から離れすぎてしまう気がした。ライブをしていても、地に足がついていないという感覚に陥った。正直、そのステージに自信を持つことが出来なかったことは何度もある。

ここ数年、毎年誕生日には企画イベントを自身でうって、ライブをさせてもらっている。2014年から始まり今回が4回目。昨年までの3回は出演者が自分以外にいたり、サポートのバンド演奏者がいたり。”一人じゃない”ライブが続いていた。今年も、つい先日その企画イベントがあり、今回は全編一人で演奏をした。題して「おひとりさまワンマンショー」。演出、演奏も歌も全て自分一人である。頼る人はいない。正直不安しかなくて、決めたもののお客さんが満足してくれることへの自信はあまりなかった。けれど、本番を終えてお客さんの声は予想とは違った。ライブを何度か見てくださっているお客様に「今までで一番良かったと思う」と言って頂けたのが何よりも嬉しかった。もちろんバリエーションという意味での面白みには欠けるものはあっただろうけど、それでもこの日にかける「一人でもやってやる」という私の思いはお客様へ届いたようだった。

一人は寂しい、不安、怖い、自信ない。だからこそ、もがくしあがくし何とかしようと努力する。このワンマンを終えて、一人じゃない時間が自身を成長させるんだと確信が持てた。この日は自分のステージに自信がもてた。歳を重ねる誕生日にそんな経験が出来たことを、心から有り難く思う。

おひとりさまに慣れて来た今日この頃。何だか、おひとりさまも悪くない。

粟生田水葉

粟生田水葉

粟生田水葉(アワウダミズハ)

1987年生まれ。東京都出身。

うたを作って歌っています。
たまにちょっと踊ります。
美味しいものと人が大好きです。

Reviewed by
猫田 耳子

深夜2時、スウェットとサンダルでひとりドン・キホーテに向かっている時間ほど「自由」を体感することはもう無いかもしれない。

自分の行動の責任を自分でとれるようになってようやく、人生が厳しくも楽しいものになった。誰かに責任をとらせているうちは楽かもしれないけれど、楽しくはないよね。

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