1995年の1月、立ち上げから3年間勤めた会社を辞めてフリーランスとしての第一歩を踏み出しました。
自分が舞台業界で暮らし続けていいのかを確かめたいというのが、フリーランスになった動機の根底にありました。
なので周囲の方や取引先の方に、フリーランスになったことを積極的には伝えていませんでした。
それで仕事がこなくなったら商売替えしてもいいやと覚悟を決めていました。
そしてどうなったかというと、会社にいた頃とおなじくらいにはスケジュールが埋まりました。
それがどのくらいのボリューム感かというと、月に休みが5日もないくらいでした。
それも半分以上は劇場にいて、拘束時間が12時間でした。
いま考えるとそれなりにブラックな環境でしたが、業界全体がそういう仕事のスタイルなので、特に不満はありませんでした。
ただフリーランスになったことによって、手取りの収入は倍以上になりました。
舞台照明家のお仕事にはいくつかの種類があります。
デザイナー、プランナーと呼ばれるその催しでの照明の決定権を持つ役職があります。
どの位置にどういう機材を設営するのかを決め図面を描きます。
実際に劇場に入るとそれぞれのシーンをどういう明かりにするのかを決めていきます。
デザイナーの下でデザイナーの意図を実現化するのがチーフオペレーターの仕事です。
設営の指揮を取ったり、本番中の機器の操作の最終的な責任を持つ立場です。
その他にチーフオペレーターの下で本番中に機材を操作する本番オペレーター。
設営や撤去のサポートだけをするような仕事もあります。
普通は下から順番に仕事を覚えていくものなんですが、学生時代に学生劇団や音楽サークルとの付き合いがあり、デザイナーやチーフオペレーターとしての経験もそれなりにありました。
フリーランスになったころは、ほとんど全てのセクションで仕事ができるようになっていました。
自分に価値があるのかどうか不安を抱えていたということもあり、仕事をもらえることがうれしくてしかたがありませんでした。
なので物理的に可能な限りは断らずにどんな立場のどんなジャンルの仕事でも引き受けていました。
会社ではほとんどなかった、一ヶ月を超えるような長い旅公演の仕事もありました。
大きなトラックに舞台装置から照明、音響、衣装など一式を詰め込んでいろいろな街の劇場を回ります。
学校の体育館に仮設の舞台を組んでお芝居を演じることもありました。
公演が終わり撤去作業に取り掛かります。
全てが終わって機材を元どおりトラックに積み込んむと、キャストとスタッフは列車を乗り継いで次の公演地に向かいます。
長く家に帰れませんし、体力的にもキツイ仕事になります。
それでも長い旅公演がぼくは好きでした。
特に体育館での公演が好きでした。
ある程度設備のある劇場と違い、体育館では舞台も照明も一から仮設しないといけません。
窓のカーテンがボロボロで外の光が燦々と差し込んできてしまうので、広い体育館の窓の全部を布で覆ったこともあります。
設営のために天井の足場に震えながら登ったこともあります。
夏の締め切った体育館で汗をぬぐいながら本番をやったこともありますし、底冷えのする真冬にモコモコに着込んで冷えた指先に息を吹きかけながら機材の操作をしたことだってあります。
時間も手間も体力も使います。
そしてクオリティーとしてはやっぱり劇場でやったほうがいいのです。
それでもぼくは体育館でお芝居をすることが好きだったのです。
はじめは何もないガランとした体育館。
トラックが着いて荷物が次々とトラックから降ろされ、少しずつ景色が変わっていきます。
半日前まで体育館だったはずの場所が劇場へと変わります。
いつもその体育館を使っている学校の生徒さんたちが、まるで初めてやってきた場所のようにワクワクしながら客席にやってきます。
そしてお芝居が終わり舞台装置や機材がトラックに積み込まれると、何事もなかったかのようにいつもの体育館にもどるのです。
まるで、ほんの少し前までそこで繰り広げられていた、光にあふれ役者が語っていた時間は幻だったかのように。
劇場に足を運ぶことも確かに観客にとっては特別な体験ですし、ぼくも劇場という場所は大好きです。
けれど普段自分たちが当たり前のように使っている場所が、たった数時間だけ特別な場所に変わる。
そして再びいつもの空間へと戻っていく。
それは劇場でお芝居やコンサートを見るよりもずっと、特別で心に残る体験なのではないかと思うのです。
出演者と観客が時間と空間を共有する。
お芝居やコンサートが魅力的なのはそこなのではないかと思います。
他の誰でもなく、今ここにいる人だけのための贅沢な瞬間。
同じ作品を同じキャスト、スタッフで毎日繰り返し上演していても、舞台上現れるのはいつもそのときただ一度きりのものです。
そこで起こったことはそのまま流れ消え去り、ただ人の心の中に感動や余韻が残るだけです。
そういうものだからぼくは舞台というジャンルが好きなのです。
だから、全ての片付けが終わった後に
「そんなことなんてありましたっけ」
みたいにしれっとした表情に体育館が戻るその瞬間が愛しくてしかたないのです。
リンク先の動画は「オペラシアターこんにゃく座」というオリジナルの日本語オペラを中心に上演している劇団のオリジナルソング「ぼくたちのオペラハウス」です。
会社を辞めた直後にご縁があり、数年間いくつもの作品で一緒に旅公演を回りました。
旅公演そのものをテーマにした大好きな歌です。
旅と劇場。
20代の後半はそうやって過ぎて行きました。
街から街へ、劇場から劇場へと。
朝から夜まで全力で働き続け、仕事が終われば仲間たちと飲み歩く。
好きなことを好きな人たちと人生の全てを注いでやり報酬をもらう。
そんな時間をぼくは手に入れたのでした。