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2F/当番ノート

画家②

当番ノート 第38期

絵描きとして学びたいと思い、翌月には仕事を辞めた。住んでいるマンションも解約する手続きもした。無職になった。でも気持ちに不安等少しもなかった。
これからのワクワクする事を想像して軽トラを借りて必要な荷物だけ積み、その人のところへ向かった。それからは、その人の事を(先生)と呼んだ。先生は私の荷物を置けるスペースを3階に作ってくれていた。それから私の厳しい修行時代が始まる。
簡単にまとめると師と弟子関係になるため、また内弟子とは住み込みになり、その人のそばで全てを学ぶ事を意味する。
それからの生活の中に(私)は無くなった。言い方を変えると(私)を出してはいけないのだ。
(私)を出すと修行にはならなく、ただの日常と変わらない生活になる。精神を強くする期間でもある修行は私の想像していたものとは全く違っていた。
当時の生活は、画廊喫茶の店長という肩書きとしていきなり任されたためミスもすれば毎日怒られることばかり。でも言い訳をしてはいけない。誰かが原因でもそれをその場で言ってはいけない。先生はそんな事は望んでいないからだ。私の精神力(我慢強さ)を目的にして、あえて恥をかかせているのだ。
朝8時に起床、9時に画廊喫茶を開店。全て1人で開店準備をするため、手際が問われる。特に目を配っていたのが掃除だ。見えないところまで綺麗にしておく。先生はそこを見ている。
9時から夜中の12時まで営業する。その中では、主にコーヒーなどドリンクの注文を取り、1人で作り会計をしている。絵の依頼が入れば先生が描き、それを仕事をしながら見て覚える。筆に絵の具を取る仕草から、紙の持ち方。水の量等、一つも見逃さないように見ていた。そして少しできた数分の時間に陰で見つからないように捨てる紙に真似をして描く。
時折、先生が(描いてみー)という事がある。それを描いて見せてアドバイスを貰い、覚えていくのだ。
12時になると先生と一緒に晩御飯を食べにいく。外でも気は落ち着けない。先生の斜め後ろをキープし歩き、その時間帯は酔っ払いも少なくない。先生が酔っ払いにぶつかる前に、先生の前に行き道を開ける。横断歩道を渡る際も、車が信号無視をして来た時等を考え、すぐに私が車側に回り歩く事で先生は、ただ歩いているだけでいいようにする。さっきも言ったが、この生活に(私)はないのだ。仲良く話しながら歩く事はない。自分の事を考えている暇などない。常に先生の事、周りの事、先の事を考えるようにしているため、私用の事など考える隙がないのだ。会話などする余裕がない。これを続けていくと不思議な事が起こる。日常から離された生活を送るため、周りの人から見ると独特の雰囲気を出すらしい。それは(絵描きの修行中だ)と伝えると納得のいくような人を惹きつけるようなものを身につける事ができた。(今の私にはないが)。晩御飯を食べると先生と帰るかだが、そもそも先生は夜型の人なのだ。先生はいつも朝の6時ごろに寝る。そして14時ぐらいに起きてくる。私は夜中1時ぐらいから自分の時間になる。それから絵の練習を誰にも邪魔される事なくできる。私も寝るのは6時ぐらいだ。そして8時に起きる。寝る暇などないのだ。寝ていない分、昼間はミスもする。それでも寝てはいけない。修行時代とは自分の考えなど出してはいけない。ただ先生の全てを吸収するために言われた事をする。先生の感性を引き継ぐのだ。12854053-6664-43D5-B85C-5D214EFE317F

artistmichino

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絵を通し、自分に何が出来のか考えたら(人の幸せになること)になった。
発達障害のお子様向けの絵画教室、ママ向けのアートセラピー、似顔絵、ペットの作品。等、人の喜びを見ることが好きな自分のために活動しています。

Reviewed by
ふき

道野さんは画廊喫茶のオーナーである画家の家で住み込みを始めた。慣れない画廊喫茶の店長をしながら、傍らで絵を描いている師の絵筆を見つめる。師の外出の際は同行し周囲に目を配る。「生活の中に(私)は無くなった、(私)を出してはいけない」と書いている。滅私奉公という言葉が頭をよぎった。自分をここまで犠牲にしないと何かを会得することはできないのだろうか。欝々とした気持ちで読んでいたのだが、最後の文で腑に落ちた。師の全てを吸収するためには全身全霊を傾けないとできないのだ。ひたすらインプットする日々。どれだけ経てば、道野さんの(私)を見ることができるのだろう。道野さんのアウトプットが始まる日を私は楽しみに待っている。

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