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2F/当番ノート

踏切へ

当番ノート 第51期


今日は小さくて特別な話をしてもよいですか?大きな仕事がひとつ終わって、少し違う景色に目を向けたくなったのです。私のお気に入りの生活のシーン、音について。

小田急線最寄駅の踏切の音。私はこの音が好きです。例えば、この先、うんと先。月日が経って、もし別の誰かと別の地で暮らし、今の生活が過去になったら、きっと恋しくなるのはこの音だと思います。からんからんからんからん。きりっとした音とはまるで違う、ぬるい音。長年この街を見守ってきましたよと胸を張って響かせる、のろまで余韻のある音。

2年前に姉と一緒に実家を出ると決め、内見ではじめてこの地を訪れたとき、おだやかな街の片隅で、薄ぼけた音で小さく響く踏切の存在に驚きました。実家の最寄駅に踏切はなかったのです。踏切の先に続く小道も、そばにある大きな梅の木も、サナトリム行きのバスも、見るもの全てが新鮮でした。

小さな頃は、開かずの踏切が怖くて、(正確には開かずの踏切のほんの一瞬、開いた瞬間に、ビュンと加速させる母の自転車の後ろに座ること)大の苦手でした。高校生くらいまでは、踏切はできるだけ避け、仕方なく渡らなければ行けないときには、早足でやり過ごしました。

しかし今は違います。踏切のある生活は想像以上に幸福です。

例えば、深夜の帰宅時。ここを渡れば、自分の家がもうすぐそこだと安心します。ここから先は、私のエリアだぞと。この前、1ヶ月準備してきた大きな仕事が終わった日に踏切の音を聞いたときには、自然と泣いてしまいました。ずっと心が必死だったのです。音を聞いて、やっと肩の荷が下りた思いがしました。踏切は、生活に一定のリズムを与えてくれて、その心地の良さに助けられています。

こんなこともあります。渡ろうとした瞬間に閉まってしまい、電車4本分待つとき。そういうときほど、雨が降っていたり、風が強かったり、とても暑かったり、寒かったする。時間が長く感じられて、もう家はすぐそこなのにと、もどかしくなります。

しかし、踏切だから仕方がないのです。周りには私と同じように、今か今かと開くのを待つ人々。同じ方を一点に見つめて絶望した顔をしている人、電車に向かって舌打ちする人、手元のiPhoneをみて時間を潰す人、おのおのが時間を潰しています。

かくいう私は、だいたい踏切の隣にある焼き鳥屋を見つめて買うか買わないか悩んでいます。店内からもくもくと煙が出ていて、美味しそうな匂いがするのです。いつも結局買えずじまいなのですが。

意味のあるものばかりについ気を取られて、心が消耗してしまう日。踏切よ、私は、あなたの存在に、はっと我にかえるのです。

ほたるいか

ほたるいか

あくせく働く24歳。水色が好き。秋が好き。ムーミンが好き。ハイボールと日本酒が好き。雨が大の苦手(頭が割れてしまいそうに痛むから)。とっておきの一冊は今日マチ子の「センネン画報」。三姉妹の真ん中。写真はラムネの中に入っていた、よい匂いのするビー玉。

Reviewed by
田中 晶乃

先を急ぐスピード、私たちは前へ前へと日々進まされている。
立ち止まってはいけないよと言われてるかのように。
前進、成長、今いるところより更に先に進んだところへと。

渦中にいる時は気付かない。
そのスピードにのって生きるのが気持ちいいことも、身をもって知っている。
ただ、その速さの中で、気付かぬうちに何かをぽろっと落としてしまっているのではないかと不安になる。
自分の中の大切なものなのでは・・・と落としたものが何かすらわからなくなる。

立ち止まって気づくことは大切だ。
今、この状況になって、急に時間が与えられてハッと気づいた人もいるのではと思う。
自分もその1人。落としたものがわかってきた気がする。

立ち止まることで、切り替えられる。帰ってきたとホッとする。
あんなところにお店があったのかと変化に気付く。
夕日がきれいだなと気付いて、じっと見つめる。
あの人も同じ月を見ているのかなと満月に気付く。

人々の通行を妨げる存在のようにも見えるけど、素敵な一瞬を作ってくれているのも、踏切の良さなのだと思う。

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