降り続いた雨の果てに、夏空が見え隠れしています。もうすぐ8月ですね。もがくように生活し、思うようには書き進められなかった2ヶ月間の連載。とうとう最終回です。私の文章はあなたの目にどんな風に映っていましたか?
アパートメントで書いてみたいと願ったのは、実は今ではなく、2年前の秋でした。他人と他人とが、ふしぎに共存している空間に、読者としての居心地の良さを覚え、私もここで書いて自分の中のなにかを変えたいと、便りを送りました。
1年、また1年と、時が経ち、今年の春。送ったことすら過去になっていた頃に、返事がありました。「今もここで書きたいという気持ちはありますか?」と。
ウェブサイトのリニューアル期間だったため、返事にタイムラグがあったようですが、気持ちは届いていたのだと嬉しくなりました。しかし同時に、がむしゃらに思いを表現したかったあの頃の孤独や熱量が、今もあるのかと不安になりました。満たされてしまっては文章は書けないからです。
ただ、伸ばされた手を、掴まずにはいられなかった。いろんな思いがあったけれど、どれも、せっかくいただいた機会を断る理由にはなりませんでした。たいした題材も持ち合わせていないのに、ふたつ返事で、飛び込んだ。このエッセイは、ほとんどが過去の日記の引用でした。
毎週の連載はちょうど仕事が忙しくなった時期と重なり、何から手をつけなければいけないのか、ごちゃごちゃになっていました。そのたび、スケッチブックを引っ張り出して、浮かんでくるさまざまな言葉をちぎって並べて、頭の中を整理しました。
迷子になると真っ白なスケッチブックを取り出す癖は、大学生の頃から変わらず、ページを遡ると、いくつもの数直線が描いてあります。めもりに年齢を、その下に、こうなっていたいという未来の像を綴る。
この習慣はなかなか抜けずに、社会人になってからも、何本か描きました。何もかも逆算しなければ動けない私のずるさと弱さのあらわれでした。まっすぐな線、そしてこの線の先は必ず目指したい未来につながっていると確信を持ってはじめて、歩き出せる。
けれど、連載の中で、過去を振り返りながら、今の話を書き進めるうちに、もう数直線に頼るのはやめたいと思うようになりました。これまでなるべく近道を探して来たけれど、これから先は描かれていない寄り道もしていきたい。ここまで読んで下さったあなたとお会いできたのも、遠回りしたからこそでしたから。
今日までお付き合いいただき、ありがとうございました。少し寂しいですが、いつかまた寄り道のなかで、お会いしましょう。それまでどうか、あなたもお元気で。
ほたるいか