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2F/当番ノート

やがてそれも、化石になる(3)秘密基地

当番ノート 第52期

 秘密基地ごっこが大好きだった。

 わたしたちは大きなマンションの貯水槽の下を基地にしていた。コンクリートの固く、ひんやりとした温度に背中をくっつけていると安心したし、友だちとひそひそ話すにつけても、すぐ隣のエントランスから人が出入りするたび息をころすのも、「いかにも秘密基地!」というかんじがして気に入っていた。

 秘密基地での遊び方は、まず持ち物──ビニールシート、ティッシュ、ハンカチ、お菓子、学校からとってきたチョークのかけら、猫の餌、漫画──をきちんと持ってきたかをお互いに確認し、それから「今日の作戦」というのを話し合う。
  今日の作戦は、リーダーが決める。漫画を交換して読む日もあるし、お菓子を食べたりジュースを飲んだりするだけの日もあれば、チョークでガレージの床に絵を描く日もある(男の子はすぐに「参上!」とか書く)。わたしがリーダーのときは、野良猫を秘密基地で飼う、というのをやった。秘密基地のメンバーは、リーダーが決めたことを緊張感をもってやり遂げる。見張りも交代でやらなくてはいけない。

 学校が終わると「秘密基地でね」と囁きあい、日曜日の朝は約束はしていなくても自然とそこに集まったりした。だいたい三・四人で、日が暮れるまで作戦に没頭する。クラスのみんなは知らない、自分たちだけの秘密の基地がある、というのは誇らしかった。

 ある日、マンションの住人に「子どもが危ない場所で遊んでいる」と学校に告げ口され、揃って注意をうけた。大人たちとはもう秘密基地ごっこはしないと約束したけれど、わたしたちはぜったいやめるもんか、と思っていた。引越しはどうか、草や木で目隠しを作れないか、案を出しあった。
 けれど、次の日の放課後、一人が来なかった。チョークで「参上!」と書いた子だった。
 忘れているのかも、と全員でその子の家へ行き、インターホンを鳴らすと、彼はきちんと家にいた。居心地悪そうにドアから半分だけ顔を見せて、勉強しないとママに怒られるから、と言った。
 わたしたちはショックを受けて、秘密基地で黙ってチョークで絵を描いた。

 わたしたちは秘密基地ごっこを続けた。
 人の気配がすると、猫のように身体を縮め、ほとんど静かに過ごすことが多くなった。お菓子を食べるときでさえ、噛むと音が聞こえるかもしれないと舌の上でやわらかくなるのを待って、ゆっくり飲みこんだ。漫画を落としただけで喧嘩になった。わたしたちはこれが遊びではなくなっていることにとっくに気づいていた。
 もう行きたくない、と言って来なくなった子もいた。

 そのうちマンションの入り口に「立ち入り禁止」の看板が置かれた。猫は誰かが連れていったと聞いた。
 秘密基地にはだんだん誰も来なくなり、わたしも行かなくなった。

青柳 ハルコ

青柳 ハルコ

1989年生まれ。
名古屋在住。文筆家。
雑貨と住居と海外ドラマとトーストが好き。

Reviewed by
冬日さつき

 子どものころの記憶って、終わり方がいつもおぼろげなのは、どうしてだろう。わたしも同じように、学習机の下にざぶとんをしき、ラジオを置いて、秘密基地をつくっていたことがあった。青柳さんのようにみんなで共有するようなものではなく、ごく個人的な場所だったのだけれど、とても楽しかったことを覚えている。わたしはその中でランプをつけ、母に持ってきてもらった夕ご飯を食べたりもした。ラジオ番組のことはよくしらなくて、周波数を回して聞こえる部分を一つひとつ探していった。あえて、英語の音楽が流れるものを選んだ記憶がある。そのほうが、ここではないどこか遠くにじぶんがいるようにおもえたから。

 はっきりした理由で終わったものよりも、なにかが変化して、少しずつ終わっていくもののほうが記憶に残るのかもしれない。青柳さんたちの秘密基地ごっこは大人の介入により終わったとも言えるけれども、遊びではなくなってしまったと感じた理由はそれだけではないようにも感じる。子どもたち自身が変化して、その「遊び」を通過していく。身長が伸びていくように、心も変わる。ときどき通り過ぎたものたちを頭の中に浮かべて、記憶の中で訪ねてみるのもいい。

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