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2F/当番ノート

いつか私も老いていく

当番ノート 第52期

誕生日が嬉しくなくなってきたのは、成人を越えた辺りからだろうか。成人するとお酒が飲めて煙草が吸える。煙草はやらないが、お酒は嗜んでみたかった。そこでほろよいの冷やしパイン味を成人の瞬間に買いに行き、一人暮らしの小さな部屋で缶を開けた。

あのときの高揚感は何物にも代えがたい。大人になった瞬間を味わって、解放感に満ちていた。しかし、それを最後に、私は誕生日を歓迎できなくなった。二十歳過ぎたら、あとは老いるだけと思っていたからだ。

老いたくなかった。しわしわにもなりたくなかったし、よぼよぼにもなりたくなかった。そして体を鍛えるなどの努力は何一つしたくなかった。

この歳で時が止まればいいのに、と思う。老いていく。そしてさらに死に近づいていく。そのことがどうしようもなく、怖い。恐怖のあまり夜に一人涙したこともあった。一人枕を濡らしたのだ。

誕生日を祝うのは、もはや気をまぎらわせるための逃避行動になっていた。おいしくて高いお寿司も、好きな本も、全部恐怖からの逃避に使われた。本当にこんな風に扱って申し訳ないと思う。でも、歳を重ねる恐怖は消えてくれなかった。

そんななか、友人が自分の誕生会を主催した。自分の誕生会を主催する。私はその発想に驚いた。誕生日に大好きな人達に囲まれて幸せに過ごし、それを報告してくれた友人は本当に素敵だった。歳はそんなに変わらないのに、何が違うのだろう。老いるのが怖くないのだろうか。

私は誕生日の度に老いていくことに絶望し、老化したくないと逃避に走っている。私の厄介なところはアルコールのような依存すると治療が必要なものではなく、物語をはじめとする創作物に依存するので、逃避傾向のひどさをずいぶん長いこと認識しなかったところにある。

老化したくない。死ぬとしても老化のプロセスを踏みたくない。そう思っているから、もう誕生日が自分に好きなものを買ってあげる口実でしかない。

科学が進歩すれば、老化しなくてよくなるかもしれない。そうしたら誕生日も楽しくなるだろうか。

雁屋優

雁屋優

文章を書いて息をしています。この梅の花を撮影したときの私は、ライターをやることを具体的に想像してはいなかった。そういうことに、惹かれる人。

Reviewed by
藤坂鹿

またまた、わたしは雁屋さんに聞いてみたい。

雁屋さん、老いるって、どういうことなんでしょう。


わたしは山に登るのが好きで、アルプス、東北、上越、どこにでもホイホイ登りに行ってしまうのですが、なんと今年、山登り歴8年目にして、本格的に膝を痛めてしまったのです。しかも両方。下山して次の日には治る。でも、登ると同じところがまた痛い。今まではどんな急峻な山道でもこんな痛め方をしなかったのに。「え、歳…?もうそんなことが気になる歳なの……?」と八ヶ岳の下山口で真顔になりました。

なーんていう近況報告はさておき。雁屋さんの言う「老いる」って、こういうことでしょうか。ある時期まで高みに登り続けていた肉体の機能がピークに達して(あ、山頂のことを英語ではピークって言うんです。そういえば)、少ししたら、時間とともに機能がどんどん下がっていくこと。これが「老いる」なのでしょうか。

老いると、たしかにできないことが増えていく。故障も増えるし、気をつけなくてはならないことも増えるし、なんならお金もかかるようになるかもしれない。わたしはこの両ひざを専門家各位に見ていただくために、すでに英世が何人か飛んでいってます。

でもね雁屋さん、わたしは老いるのがすごく楽しみでもあるんです。からだの制約少しずつ増えていくことで、できないことが増えたとしても、できる範囲のことを何とか工夫してみたり、別の、楽しめるできることを探したり。そういうのがすごく楽しみでもある。いままで見えなかった景色が見えるはずだから。
あとは、心にしわが刻まれていくだろうことも楽しみです。若さを至高としてただやみくもに歳を重ねていくことは、青い果実が腐るように醜いが、そのときどきの酸いも甘いも嚙み分けながらゆっくり時間を重ねることを恐れなければ、ちゃんと心もそれと一緒に熟れていくことができる気がする。その成熟の過程が心に自然でしわを刻み、そうして老いていくとは、人に、いや、生きるものにやさしくなれることのような気がしているんです。

だからわたしは、わたしと全然別の意見を持っている雁屋さんの言葉を読んで、雁屋さんに聞いてみたくなりました。雁屋さんの言っていることもとても正しい。死に近づいていくことの怖さ、老いて失われるものの多さ。いまあるものがなすすべもなく時間とともになくなってしまうことに抵抗ができない。それは老いるということの一面を正しくとらえていると思います。

だからこそ、雁屋さんに聞いてみたい。それでも雁屋さんが、自分が老いに向かっていくことを許せるのは、どうしてなのか。雁屋さん、よかったら、今度聞かせてください。

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