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2F/当番ノート

インド料理ライフハック

当番ノート 第54期

年末、そして年始を迎えた。クリスマスを過ぎ、家々の玄関には正月飾りがぶら下がり、デパートには凶器みたいな門松がぼんぼんと立ち、スーパーの鮮魚コーナーの海老は日に日にでかくなる。

日付に比例して、「もうそろそろ正月だからがんばらなくてもいいんじゃない」という雰囲気の濃度が上昇していき、31日にはほぼ原液くらいになる。

こんなときだけ社会の雰囲気に合わせる私は、ちょっといい食べ物を買い込み(普段は6枚切なのに奮発して4枚切の食パンを購入してやった)、普段以上にだらだらすることに決めた。

しかし、その自堕落を長く続けることはできなかった。本当に不憫なことなのだが、インド料理を作って食べないと活力が出ないのだ。全てに於いてパフォーマンスが8割に留まってしまう気がする。いつもと比べ、寝覚めは少し悪く、気力は少し無く、四肢は少し寒い気がする。そしてお通じは抜群に悪い。勿論、年末の寒波により体が冷えたことも関係するかもしれないが。

スパイスには、体を温めたり、冷やしたり、抵抗力を増やしたり、それぞれ薬効がある。

例えば、クミンやアジョワンなどは消化を助けるため、お腹にガスが溜まりやすい芋や揚げ物によく使われる。

また、カルダモンには乳製品やカフェインの悪い面をマスキングする作用があり、かつリラックス効果もあるため、チャイやスイーツに用いることが多い。

インドでは、こういう風に家族の体調や気候に合わせてスパイスを使い分けているのだ。

私も知識としてそれを流用し、インド料理を作っている。ちょっと風邪のようだが病院に行くほどでもないな、なんてときにも対応できるので重宝している。

料理に使う以外にも、ちょっとの火傷にはギー(精製したバター)を塗ると直りが早い。

親知らずが痛いが歯医者の予約が数日先まで取れず、かつ市販の鎮痛剤が1日の規定量を超えた時は、クローブを3時間毎に噛むことで乗り切った。

公共の場で、小袋に入れたクローブをこそこそ取り出しては噛んで「あー効くー」という顔をいていたので、職質を受けなくて本当に良かったと思う。

なお、これはあくまで応急処置なので、辛いときには無理にこんなことをせずに、薬を飲んだり病院に行ったりしてください。

効能面を差し置いても、インド料理を何品か作るとなるとそれなりに時間もかかりいい運動になる。フルパワーで何品も作ったあとは疲れ果ててあまりたくさん食べられないくらいだ。「こんなに疲れてるのにこれからまた食べないといけないのか・・・」と本末転倒な状態になるときすらある。意味が分からない。

堕落して不調を感じた私は、毎日のインド料理生活が、いかに私に多くのものを与えてくれていたかということに気付いた。逆に言えば、いかに普通の生活を失わせたのかを。

重い腰を上げて、とりあえず何かを作らねばとスーパーに行った。幸いにも来客の予定があるため、疲れ果てたとしても誰かが食べてくれる。我が家のホームパーティーは、こういった私のエゴを背景に構成されているのだ。

今回は、ケーララ州やタミル・ナードゥ州などのレシピをざっくり集めた概念的な南インドプレートを作ることにした。スパイスの効用について述べたあとで撞着しているが、南インド料理で多用されるココナッツは体を冷やす効果があるため冬場には向かない。

しかし、リハビリを兼ねて食べたいものと作りたいものを作ろうと思い採用した。

正月だから全体的に派手な面構えにしたい。米は黄色にしたいからレモンライス(レモンやターメリックで長粒米を炒めたチャーハンのようなもの)、鮮烈なピンクのビーツのキチャディ(スパイス・ヨーグルトあえ)、ガツンと辛いラサム(トマトのスパイシースープ)でアクセントを加え、にんじんのトーレン(ココナッツ炒め)にて甘み、そして腰が曲がるまで長寿に生きるべく、海老のカレーで縁起の良さを狙う。初詣で凶を引いたので気分を上げたい。

何品かをひたすら作っているとやはり楽しくなってきた。スパイスの香りに集中し、食材への火の通りをじっと観察する。キッチンがスパイスの匂いに包まれてく。作業台がどんどん完成品で埋まっていき、全体像が見えてくる。

時間が余ったのでパコーラー(インドの天ぷらのような揚げ物)も揚げ始める。パニール(カッテージチーズ)、カリフラワー、ビーツの細切りが具材だ。ビーツを揚げると甘みが増しておいしいし、冬場のカリフラワーは柔らかくて滋味に溢れておりパコーラーに欠かすことができないごちそうだ。

早く来た友人に、揚げたてのパコーラーを食べて待っていてもらう。私も揚げながらつまんでいるので、他の人が来る時には既に半分くらいになっているはずだ。揚げ物は多めに仕込むというリスク管理ができるようになったので、去年よりも成長したのだ。これで我慢する必要がない。

他料理たちも、細かな反省点はあるもののまあいいだろう。久しぶりのインド料理は楽しく、そしておいしかった。 何よりも、友人らが喜んでくれたのが嬉しい。計画、実行、結果、フィードバック、全てが短時間で完結し、全てが楽しい。心身が瞬く間に健康になったような気がする。

インド料理を作り続けることが、私の生活の質の全体を向上させることができるのだと実感した。

作って健康、食べて健康。

文字面は美しいが、大いなるインドの呪縛のなかに、私はすでにいるのかもしれない。

たお

たお

カレー、インド料理を作っています。
「なんか好きだけどよくわかんないなー何が正解なんだ?」ともやもやするものに出会うことに大いなる喜びを感じます。
イラストや漫画も描きます。猫が好き。

Reviewed by
虫賀 幹華

わかる!わかるよ!というのが今回の記事を読んで最初に抱いた感想である。
私は2019年10月末に、5年以上暮らしたインドから本帰国した。帰国後1週間ほどした頃か、息苦しさが日に日に激しくなっていることに気づき、11月初旬には大学病院で呼吸器系の検査を受けたほどだ。結果は異常なし。大病ではないとのことでほっと胸を撫で下ろしつつ、原因がわからないので対処のしようがない。実は、1年以上たった現在でも息苦しさは解消されないままだ。今では自律神経の乱れからくるものだろうと思って、深い呼吸をすることを意識しつつ、努めて気にしないようにしているが。
帰国と同時に、気候・環境・生活リズムがガラッと変わったのだ。体調を崩さない方がおかしい。インドでは綿のクルター一枚で過ごしていたところ、日本で10月末といえばもう寒かった。常に人が周りにいてプライベートがなかった状況から、両親しかいない静かな実家暮らしへ。夜はそのまま布団に入り、朝にバケツで水浴びをする生活から、夜にしっかりと熱い湯船につかるようになったり。インドにはすっかり慣れて自由に暮らしていたようで、実際は常に緊張していたのだと思う。留学を終えて、張り詰めていた糸がふっと切れて、一気に疲れが出たのかもしれない。
この場合は否応なく環境が変化した例だけれども、休みだからと日々のルーティーンを止めてしまうのは、逆に不調の原因になるというのはとてもよくわかる。
インドのスパイスの話もなんだか懐かしい。風邪をひく気配を感じるとすぐに、ホットミルクにウコンと黒糖を入れたものだとか、大家さんからトゥルスィーの葉をもらって、カーラー(生姜、カルダモン、シナモン、クローブ、黒胡椒、ローリエ、そしてトゥルスィーを潰して煮た汁)を作って飲んだ。食べ物には熱い・冷たいの別があり、熱中症を避けるには「冷」のものを、寒い時には「熱」のものをとる(あるいは反対のものを避ける)ようにしなければならない。インドの気候は本当に過酷で、お金のない留学生で部屋には十分な設備もなかったので、少しでも油断するとすぐに体調を崩した。
そう、私にとってこれは「懐かしい」ものなのである。日本にいると、こんなふうに注意深く過ごす必要がないのだ。ぼんやりとしていても、病が急に襲いかかってくることがない。毎日当たり前のように食べていたインド料理も、ほとんど食べない。欲しくならない。実は本帰国の後もう一度インドに行って、食材をたんまり買い込んできたのだけれど、たまーにしか作らない。
いやだから、今回の記事は、わかるんだけど、わからない。たおさんは日本に住んでいるのだよね・・?
とはいえ、正直にいうと、私も熱々のカリフラワーのパコーラーを猛烈に食べたくなったのだけれど。

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