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2F/当番ノート

◯/⬜︎(△)Aさん聞き取り_2

当番ノート 第61期

ーでは、今度はお話の途中で質問をさせて頂きますので、もう一度最初からお願いできますか?

はい、ええと、僕が高校生の頃の話なのですが、その頃自分は出身地の××県から⬜︎⬜︎県の高校に通っていて、普段は高校の近くに借りたアパートで一人暮らしをしてるんですけど、ちょこちょこ◯◯線に乗って××の実家に帰っていて。

ーはい。

その日は、テスト前で学校が昼に終わったんで、実家の方に帰ろうかなって、◯◯線に乗ってたんです。いつも通り快速の電車にぼんやり揺られてたら、××県に入ったところのI駅って所で電車が急ブレーキを掛けて停車して。

ー車内アナウンスなんかは?

なかったです、本当にとっさに止めたって感じで。その後ちょっとしてから、「少々お待ちください」みたいなアナウンスが流れました。平日の昼間なんで人もまばらな車内が、なんとなくざわざわしてました。それで、もうしばらく経ってから、「事故があったのでこの電車は動かない」って旨のアナウンスが流れて、そのI駅で下車するか、そのままいつ動き出すかわからない電車に乗ったままでいるか、選べるようになりました。

ーあなたはどちらを選んだんですか?

僕は……状況が飲み込めなくてぼんやりしてしまって、何分くらいだろうな…しばらく経ってから、先に駅のホームに降りて行った人たちを追いかけるようにのろのろホームに降りました。降りた後も、駅の改札に向かって階段を登る人たちを眺めながら、どうしたらいいのかわからなくて、他の数人の乗客たちと同じように、ホームでひとりずっと立っていました。

ーその、後ですね?

はい。駅のホームに警察の方が降りてきていて、電話でどこかとやり取りをしていたり、駅員さんと一緒に作業に向かっている様子で。とりあえず事故なんだなということはそこで分かりました。ホームで立ったままでいると、作業していた警察の人たちが、担架を運んできて。ふと、そちらを見たんです。担架の上には、白髪のおじいさんが横たわっていました。

ーおじいさんが見えたんですね。

はい、白髪で白い髭のおじいさんです。ヘリンボーン生地の濃いグレーのスーツを着ていて、左腕には黒い革のドレスウォッチを着けているのが見えました。そこで初めて、「人身事故だったんだ」ってわかりました。地域柄、線路に動物が入ってきてしまっての事故も多いので、てっきりそちらだと思っていて。違ったんだ、って。そのまま担架が階段を登り切るのを見ていました。

ーその後はどうなさったんですか?

家に電話を掛けました。このままでは自宅に帰りつけないと思ったので、電話口のお姉ちゃんに「I駅で人身事故が起こって動けなくなってしまったから、I駅まで迎えに来て欲しい」と伝えました。数十分で来てくれることになったので、僕も階段を登って改札を出て駅の外で待つことにしました。改札の外にあった自販機で、温かいミルクティーを買いました。それで、お姉ちゃんが車で来てくれるまで待ちました。

ーお姉さんが来た後に何か話しましたか?

車に乗って、お姉ちゃんに詳細を話しました。こういう風貌のおじいさんが、人身事故にあってしまったようだって。お姉ちゃんも優しく聞いてくれて、そのまま家に着きました。

ーあなたが感じている違和感について、もう一度お伺いできますか?

………はい。帰宅後、夜に父が帰ってきました。父は医師をしています。父に、今日帰ってくる時に事故に遭遇した話をしました。その日はそのまま眠って、次の日の朝に、新聞を読んでいる父ともう一度話しました。新聞に載っていた事故の記事を読んだ父が、「お前が乗っていた電車であった事故はこれか」と聞いてきて、そうだ、と答えたんです。それで事故の時の自分の様子を話して、そうして、白髪に白髭のおじいさんだった、ヘリンボーン生地のスーツに黒革の腕時計をした方だった、って話しました。そしたら父が、「何を言っているんだ」、って。

ー怒っていた?

いえ、困惑、していたと思います。「何を言っているんだ?」と、「そんな細かなことは新聞には書いていない、それに」……「それに、現場ではご遺体にシートを被せるので、そんなに細かく詳細がわかるわけがない」、と。言われてハッとしました。自分が見たはずの状況って、異常だったんじゃないか?って。それで…それで、自分の記憶に、自信がなくなってしまったんです。

ーありがとうございます。最後に、あなたはそのご老人の服装や風貌を、まだ思い出すことは出来ますか?

出来ます。今も全部、覚えています。

オオタケ

オオタケ

怪談収集家。怪談・奇談・怖い話をジャンル問わず収集し、自らの体験談や収集した話を配信やイベントで語る。また語り手への怪談提供も行っている。お化け屋敷に入れない。

Reviewed by
荒々 ツゲル

背筋が冷えてしまう最後のオチ。
”ない”はずのものが”ある”・・・現れる、というのが怪談のあるあるパターンだと(勝手に)思っていたのだが、今回の”ある”はずのものが”ない”というログラインも恐ろしくって、ぞわぞわした。
「人身事故」は凄惨で物悲しいイメージを持つ単語でありながら、電車利用者にとっては身近な事象である。だからこそ、それにまつわる怪談には、受け手を引き込む強力な力がある。我々は今回の記事の中に登場する「僕」の視た現場を、ありありと想像できてしまうのだ。
突飛で非現実的な怪談よりも、こういった日常の中で違和感が露呈するような怪談のほうを、私は恐ろしく、好ましく感じる。

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