ーでは、今度はお話の途中で質問をさせて頂きますので、もう一度最初からお願いできますか?
はい、ええと、僕が高校生の頃の話なのですが、その頃自分は出身地の××県から⬜︎⬜︎県の高校に通っていて、普段は高校の近くに借りたアパートで一人暮らしをしてるんですけど、ちょこちょこ◯◯線に乗って××の実家に帰っていて。
ーはい。
その日は、テスト前で学校が昼に終わったんで、実家の方に帰ろうかなって、◯◯線に乗ってたんです。いつも通り快速の電車にぼんやり揺られてたら、××県に入ったところのI駅って所で電車が急ブレーキを掛けて停車して。
ー車内アナウンスなんかは?
なかったです、本当にとっさに止めたって感じで。その後ちょっとしてから、「少々お待ちください」みたいなアナウンスが流れました。平日の昼間なんで人もまばらな車内が、なんとなくざわざわしてました。それで、もうしばらく経ってから、「事故があったのでこの電車は動かない」って旨のアナウンスが流れて、そのI駅で下車するか、そのままいつ動き出すかわからない電車に乗ったままでいるか、選べるようになりました。
ーあなたはどちらを選んだんですか?
僕は……状況が飲み込めなくてぼんやりしてしまって、何分くらいだろうな…しばらく経ってから、先に駅のホームに降りて行った人たちを追いかけるようにのろのろホームに降りました。降りた後も、駅の改札に向かって階段を登る人たちを眺めながら、どうしたらいいのかわからなくて、他の数人の乗客たちと同じように、ホームでひとりずっと立っていました。
ーその、後ですね?
はい。駅のホームに警察の方が降りてきていて、電話でどこかとやり取りをしていたり、駅員さんと一緒に作業に向かっている様子で。とりあえず事故なんだなということはそこで分かりました。ホームで立ったままでいると、作業していた警察の人たちが、担架を運んできて。ふと、そちらを見たんです。担架の上には、白髪のおじいさんが横たわっていました。
ーおじいさんが見えたんですね。
はい、白髪で白い髭のおじいさんです。ヘリンボーン生地の濃いグレーのスーツを着ていて、左腕には黒い革のドレスウォッチを着けているのが見えました。そこで初めて、「人身事故だったんだ」ってわかりました。地域柄、線路に動物が入ってきてしまっての事故も多いので、てっきりそちらだと思っていて。違ったんだ、って。そのまま担架が階段を登り切るのを見ていました。
ーその後はどうなさったんですか?
家に電話を掛けました。このままでは自宅に帰りつけないと思ったので、電話口のお姉ちゃんに「I駅で人身事故が起こって動けなくなってしまったから、I駅まで迎えに来て欲しい」と伝えました。数十分で来てくれることになったので、僕も階段を登って改札を出て駅の外で待つことにしました。改札の外にあった自販機で、温かいミルクティーを買いました。それで、お姉ちゃんが車で来てくれるまで待ちました。
ーお姉さんが来た後に何か話しましたか?
車に乗って、お姉ちゃんに詳細を話しました。こういう風貌のおじいさんが、人身事故にあってしまったようだって。お姉ちゃんも優しく聞いてくれて、そのまま家に着きました。
ーあなたが感じている違和感について、もう一度お伺いできますか?
………はい。帰宅後、夜に父が帰ってきました。父は医師をしています。父に、今日帰ってくる時に事故に遭遇した話をしました。その日はそのまま眠って、次の日の朝に、新聞を読んでいる父ともう一度話しました。新聞に載っていた事故の記事を読んだ父が、「お前が乗っていた電車であった事故はこれか」と聞いてきて、そうだ、と答えたんです。それで事故の時の自分の様子を話して、そうして、白髪に白髭のおじいさんだった、ヘリンボーン生地のスーツに黒革の腕時計をした方だった、って話しました。そしたら父が、「何を言っているんだ」、って。
ー怒っていた?
いえ、困惑、していたと思います。「何を言っているんだ?」と、「そんな細かなことは新聞には書いていない、それに」……「それに、現場ではご遺体にシートを被せるので、そんなに細かく詳細がわかるわけがない」、と。言われてハッとしました。自分が見たはずの状況って、異常だったんじゃないか?って。それで…それで、自分の記憶に、自信がなくなってしまったんです。
ーありがとうございます。最後に、あなたはそのご老人の服装や風貌を、まだ思い出すことは出来ますか?
出来ます。今も全部、覚えています。