当番ノート 第22期
お籠もりへ行ってきました。 今回、お籠もり自体は1人で行なったのですが、 映像制作の会社をされている関根さんに映像を撮っていただくことになり、熊本からご一緒しました。 もともと、ALLWAYS三丁目の夕日や、アンビリーバボーなどの映像制作会社に勤務されており、 3年前に独立され、実際にお会いしたのは先々月。 意気投合し、これから一緒に映像をあつかった作品を創りましょうね!と打合せをした際、 高千穂…
当番ノート 第22期
Pluie:雨。空から降ってくるもの。 ギリシャ神話で黄金の雨粒に姿を変え、空から降ってきたのは、全能の神ゼウスだった。 意中の娘が幽閉される塔の小部屋へと飛び込み、契りを交わす。 Gustave Klimt《Danae》, 1906. アクリシス王の一人娘のダナエ。 「お前は孫に殺される」と予言を受けた王は、娘に男が近づかぬよう、彼女を青銅の扉のついた塔に閉じ込めた。 しかしダナエの美しさはゼウ…
当番ノート 第22期
– – – – – – – – – – – ◆おわび 連載の原稿を落としたため、代原として夢日記を掲載いたします。 – – – – – – – – – – – 2015年08月05日 海に近い家に引っ越す。砂浜に建つ白い四角い家。わたしたち姉妹はまだほんの子どもで、引っ越しの後片付けから逃走し、海で遊ぶ。浅瀬でぱちゃぱちゃやる。すぐそばをボロボロの魚が泳ぐ。はじめはボロボロではなかった。白い光み…
当番ノート 第22期
夏を忘れられないという顔をしていたくせに、知らぬ間に秋の空は熱を失っている。 「こんな感じの景色は、そのうち飽きると思うよ」と言われて1ヶ月半ほど経った。飽きてしまったわけでは決して無いのだけれど、道中広がる草原一つ一つに立ち止まり感嘆すること、遭遇した野生のリスやうさぎをいちいち追いかけること、白鳥一羽を一時間以上かけて丹念に撮影することは、やはりもうやめてしまったかもしれない。 誰かの私に向け…
当番ノート 第22期
#5 夢の解釈について(1) 「夢の検閲官」という筒井康隆の短編小説がある。フロイトの精神分析学を下敷きに、夢の検閲機能を擬人化したものだ。彼らの役目は、眠りを妨げるような直接的な思想や願望を歪曲させたり象徴に置き換えたりすること。ここでは最愛の息子を亡くした母親の夢を検閲し、あらゆる技を駆使して変換していく様子がコミカルに書かれる。通っていた学校は楽しい思い出のある別荘に、いじめを見て見ぬフリを…
当番ノート 第22期
気づけばこの当番ノートも、もう6回目。あと3回で終わると思うとなんだか寂しいですね。 最近観た映画のセリフで「この世で一番恐ろしいことは、夢が叶うことだ」って言葉にゾッとしました。 前回プラネタリウムでのイベントをお知らせさせていただきましたが、今日も1つおすすめのイベントをご紹介できればと思います。 9月19日(土)〜27日(日)に三重県・名張市にあるsensart galleryにて、黒田武志…
当番ノート 第22期
荒川さんの天命反転漫画を描いてからも、 僕は商業誌でプロの漫画家になる道を、模索していました。 僕はいつも、人間と妖怪が出てくる漫画をかいていました。 妖怪の絵は得意だったのですが、人間の絵があまりに下手すぎて、うまく描けず、それが悩みでした。 そのことを、同じように漫画家をめざしている、一週間だけ付き合った女の子に相談すると、 セツモードセミナーにいくといいよと、教えてくれました。 セツは絵の学…
当番ノート 第22期
昨日から熊本へ出張しており、 今日は今から高千穂の神社へ籠もり、作品制作をしてくる。 今までも神社に居候して制作してきたけれど、それは社務所の中で。 今回は、ご神体のある、とても貴重なスペースで制作をさせていただく。 空海や、良寛。 彼らは仏教や密教だけれども、 私の尊敬する文字を書く表現者たちは、 何年もこうした行をおこなっていると聞く。 ただ、私は修行者でもない。 修験者でもない。 私が書を始…
当番ノート 第22期
Gâteau:ガトー。お菓子。男性名詞。 《La princesse Néfertiabet devant son repas》,2590−2565 BC. 焼き菓子に手を伸ばすNéfertiabet王女。 古代エジプトでは、埋葬用の壁画に、死者の食事風景が描かれた。 こんなにも昔から、甘いものは人々の心を掴んでやまない。 この世で最も儚げなお菓子は、六花亭の「六花のつゆ」だと思う。 蓋を開けた瞬…
当番ノート 第22期
– – – – – – – – – – – ◆前回までのあらすじ 嘘のタカダノババ、嘘の映画、嘘の夏を書き、そして雪を軸に嘘の思い出を交えながら一足飛びに大学時代を振り返るわたしに、幻の姉が問いかける。「他には?」「他にって?」「他に、ここにはどんな嘘を書いたん?」わたしはおもう。嘘をつくことと、黙っていることは同じだろうか。 – – – – – – – – – – – ほんとうは、目をつむって…
当番ノート 第22期
車に撥ねられたが「大丈夫です」と言って起き上がり、カゴが凹んだ自転車を引いて帰ったのは10歳の夏だ。一人だった。 そう実は私、人間ではありません。 という話ではない。思うに、そのとき母や友人がそばにいたら大声で泣いたのだ。手を差し伸べられるまで地べたに倒れたまま立ち上がらず「車にぶつかった」という状況に合わせた悲惨さを、体感以上に体現したはずだ。 声に出すと、感情と感覚が増幅する。締め切り前など、…
当番ノート 第22期
#5 音とイメージ(2) 音と言葉を考えるとき、韻は大きな要素の一つだ。けれど昔ながらの詩歌の世界では日本語での押韻は欧米の言葉に比べ影を潜めている。古くは漢詩の頃から韻の文化は知られていて、日本語でもこれまでに多くの人が挑戦してきただろうし、昭和期にはマチネ・ポエティックという定型押韻詩を作ろうという試みもあったが、いずれも定着はしなかった。日本語は一つの子音に一つの母音という単純な音節構造のた…