当番ノート 第52期
あの、南蛮かぶれの堺の港町。 路面電車で行くえべっさん、堺まつりと大魚夜市、ふとん太鼓に火縄銃隊の大パレード、それからザビエル公園。 町を出て10年経っていても、たとえば秋のすずしい日に火縄銃の音で目を覚まし、窓を開ければつんと火薬の匂いがする、あの祭りの朝をとても鮮明に思い出すことができる。どこの町にいても同じことで、それがことしなら、乾いた午後の風がカーテンを揺らしただけのことだった。 2…
当番ノート 第52期
誰を失っても揺らがない人間になりたいと思っていた。自分はそうなれると思っていた。でも、違った。私は、大事な人を失ったことがないだけだった。今まさに、大事な人が死に近づいていこうとしていて、私は足元が揺らぐ感覚に襲われている。 私の世界は、大事な人とそれ以外に二分される。その区分は時に残酷だ。今回は前者、大事な人の話をしよう。 その日はあと数日で訪れる。祖父母は死ぬわけではない。老人ホームに入居する…
当番ノート 第52期
これまでに私が制作した作品を大まかに分類すると、(パフォーマンスを除く) ・お米粒(粘土や陶でお米粒を作る作品)当番ノートの記事はこちら・お米文字(お米文字を用いて制作したもの)当番ノートの記事はこちら・野焼(紙をお線香の火でお米粒の形に焼いた作品) 大抵このパターンで延々制作してきている。特にここ数年は「野焼」の作品を多く制作しているので、今回はそれについて書きたいと思います。 宝来 私が紙を「…
当番ノート 第52期
見かけなくなったものに、たばこ屋がある。 よく、近所のたばこ屋へおつかいに行った。 その店は2階建ての、古い瓦屋根の家の1階を店にしていて、赤い琺瑯看板にひらがなで書かれた「たばこ」の文字と、外に面したガラスのショーケースとカウンターが目印だった。カウンターの向こうでは、その店の店主でひとり暮らしをしているという丸眼鏡のおじいちゃんが、いつもテレビとラジオと新聞へいっぺんに勤しんでいた。 彼は…
当番ノート 第52期
誕生日が嬉しくなくなってきたのは、成人を越えた辺りからだろうか。成人するとお酒が飲めて煙草が吸える。煙草はやらないが、お酒は嗜んでみたかった。そこでほろよいの冷やしパイン味を成人の瞬間に買いに行き、一人暮らしの小さな部屋で缶を開けた。 あのときの高揚感は何物にも代えがたい。大人になった瞬間を味わって、解放感に満ちていた。しかし、それを最後に、私は誕生日を歓迎できなくなった。二十歳過ぎたら、あとは老…
当番ノート 第52期
前回の当番ノートで書かせて頂いた「お米もじルンタ」の続きです。 158枚の五色の旗の中に「馬」と「星」がいるので、是非探してみて欲しいです。馬はルンタ、風の馬、星はポラリスです。 なぜ、風の馬とポラリスが登場するかについては、吉田勘兵衛さんの故郷であり、わたしの故郷兵庫県川西市に隣接する大阪府能勢町が関係します。 吉田勘兵衛さんは京都府亀岡の本梅(ほんめ)にて生まれ、その後間もなく現在の大阪府豊能…
当番ノート 第52期
かつて家には4匹の猫がいて、家族4人がそれぞれ猫を持っていた。 持っていた、というのは持ち物のような意味ではなくて、厳格な父を持つ、とか、素敵な娘さんを持ってしあわせね、とか、そういうふうな意味だ。 同じ屋根の下で暮らす猫なので、家族といえばそうなのだが、ペットとか飼い猫とかというよりは、お互いに馬(猫だけれど)が合う相手を自然と選び、寝食をともにする、といったほうが説明がつきやすい。 父の猫…
当番ノート 第52期
昔から、多数決なるものが嫌いだった。いつも自分が負けていたからかもしれない。何を提案しても、私の提案は通らない。何も、おもしろくなかった。それに、最初から反対していたことが多数決で決まって実行され、失敗すると、集団として自分もその責任を取らされるのが嫌だったのかもしれない。最初から、私は失敗するとわかっていたから反対したのに、みたいな感じ。 多分、自分のしたことで一人失敗して詰むなら納得いくんだ。…
当番ノート 第52期
今週は「お米もじルンタ」について書こうと思います。 お米文字については当番ノート3回目を是非ご覧ください。 「お米もじルンタ」は9月11日から開催される芸術祭「黄金町バザール-アーティストとコミュニティ 第一部」において川に展示する旗の作品で、ただ今制作中です。(根を詰めまくって腰を破壊しました。) スケッチ 「ルンタ」はチベット語で「風の馬」という意味の言葉です。ご覧になったことがある…
当番ノート 第52期
いこいの森、と呼ぶにはあまりに鬱蒼とした森(じっさいは林くらい)が小学校にあった。 松の木がどしんどしんと植わっていて、小さなため池に育ちすぎた亀と鯉がたくさんいた。手入れがあまりされていないぶん、自然の生き物が自由に暮らしていた。森は静かで、つめたく湿っていて、地面は濡れた枯葉でふかふかしていた。森の奥には二宮金次郎の銅像が建っていた。 6年生は「いこいの森」にタイムカプセルを埋める、という…
当番ノート 第52期
友人が結婚したり出産したりする歳になった。月日は早く流れるものだなあと思う。自分自身が結婚などの人生のライフイベントを想定していないと、好きな作品の新刊の発売日ばかり見て時を重ねて、自分自身が結婚できる歳なのも忘れていく。友人が結婚するとか結婚したとか結婚したいとか聞くと、ああ、そういや結婚が可能な歳なんだっけなと気づかされる。時の流れって残酷だ。 マリッジブルーって言うと、結婚前に感じる不安感な…
当番ノート 第52期
田んぼを遠くから見ると、その整然とした風景に圧巻されることがある。緑の絨毯と例えられるその風景は、日本人の誇れるものの一つだろう。 田んぼを近くから見ると、一うね一うね、真っ直ぐに一糸乱れることなく植えられている。田植機のない時代から日本人はまっすぐに苗を植えた。 糸をピンと張ってそれに沿って植えたり、木で作った農具を定規のようにあてて植えたり、工夫して美しく植えた。雑草も一本たりとも許さなか…