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Do farmers in the dark(42)

Do farmers in the dark

寝入り寸前

チャリス、それはまるでずぶ濡れのハイソックスのように(5)

前回までのあらすじ

クァンツ木村(カンツ木村)は郷乃ヒストリアン天狗キヨポン(ごうのヒストリアンテングきよぽん)を無事2番目の客間に案内して、カンツはほら穴の外でウトウトしていた。すると目の前に突然狂老人さまが現れたんだ。カンツはヒストリアンにその旨を伝えて、ほら穴に入ってもいいか尋ねた。

「どうぞ中に入って下さい!まさか狂老人さまなんて…光栄です!」とキヨポンは言った。

〜あらすじ終わり

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2番目のほら穴に入り奥のちゃぶ台のある空間にカンツとコクミは着いた。中でくつろいでいたと思われるキヨポンは

「狂老人さまお目にかかれて光栄ヤンスゥ〜、わたくしは剛之ヒストリアン天狗キヨポンと申しますデゲショウ。」

と言い、キヨポンも狂老人さまに最上級の尊敬語であるヤンス、ゲス、デゲショウ、などを語尾につけて話していた。

コクミは

「初めまして私は天翔けるコク・デキストリン次郎コク実(天翔けるコク・デキストリンジロウこくみ)と申します。…」

と上品に言った。

キヨポンは

「まあ、なんて素敵な名前なんでゲショウ!!」

と感動に打ち震えている。

コクミは

「ええ…えぇ…子供の頃は…この名前が嫌でしてねぇ…。コクが少ししつこいように感じてしまって…今ではしつこいのはいいことだなぁと考えが変わりまして….つまり何度も同じ事を繰り返し申し上げるのは良い事だと思ってましてね…私も含めほとんどの人間が若い頃ほど、まあ中年も若い頃に入るんですがね…とにかくまだ頭の回転も良くて体も割と丈夫な時ですよ……本っ当に若い頃ほどに、本っ当にすぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜んぐぅぅぅ〜、様々な重要事項を忘れるもんですからぁぁぁ….マァ〜〜〜〜〜〜〜、忙しいからでしょうな…そんな具合なんでしつこいくらいがちょうど良いんです…コクの繰り返しのこの名前が年寄りになってくるにつれ好きになってまいりました…。結局繰り返し言わなかった事で、ホラぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあん、やぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっっぱり、忘れてござルぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅこの御仁(ごじん)はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!……と後悔するわけですなぁ…..反対に繰り返し言っておけば、忘れていらっしゃったとしても、忘れていらっしゃるなあ….と気が済むわけです….キヨポンさんは何か洋風和風な、おしゃれな名前ですなぁ…」

と、先ほどカンツに話した内容と全く同じ事を述べた。

さすがにさすがに狂老人、まるで同じように同じ事柄を同じように話せるなんて、素晴らしいマシーンのような忍耐力とマシーンのような精密さだあ!内容にかんしても、若い頃ほど重要事項を忘れる、繰り返し言っておけば忘れられても構わない、本当に素晴しく強じんなメッセージだと、狂老人さまは本当に強じんきょうりょくむひなマシーンのようだぁ〜とカンツは一人思った。

しかし次の瞬間カンツはギョッとした。

なんと、キヨポンがおんおんと涙を流して泣いていたのだ。

「オゥー、オゥー、…オゥー、オゥー、素晴らしいお話をありがとうでゲスゥゥ…オゥー、まさか、まさか狂老人さまはォゥー…女性なのでヤンスねェェ…ォゥー、ゥー….ォヮー、ャァァァ…..」

キヨポンは狂老人コクミが女性である事にいたく感動して泣いていたんだ。カンツは狂老人さまは男性か女性か分からないが、きっと生物学的に雄(おす)だろうなあと何となく思っていた。しかし生物学的に雌(めす)だったなんて。女性であるキヨポンが言うなら間違いないなと思い、確かに女性の狂老人さまは大変珍しい存在だと思った。キヨポンは生物学的にはっきり雌と言っていると思われた。女性の自活狂老人さまなんて、社会階級の頂点のさらに頂点に君臨しているような人だ。カンツもこのようなありがたいお人が洞窟周辺に住み着いてくれているのは大変にありがたい事だと思った。

カンツはこの世には非常に強固ないくつものロックがかかっている、鍵のかかっている強いルールがあり、雄雌(おすめす)もその一つだと考えていたのだ。他の人もだいたい似たようなことを考えているのだが、カンツは人よりもいくぶんそれについて考える時間が長かった。カンツは気の合う2人ほどの人間以外とほぼ関わらないまるで半隠居生活を送っており、社会的なルールを意識する機会が無いために原始的で根源的なルールばかり意識していたのだ。それは重力や寿命や雄雌や息しないといけない事や死ぬまで自分の体から出られないルールなどだ。そういった根源的なルールを破るには人々が一致団結して人間以外のものにならないといけないので、きっとそれは恐ろしい事なんだろうなあとSF的な事を常々考えていたのだ。反対に一致団結せずただ一人で根源的なルールに挑戦するような行いはなぜか素晴しく良い事に感じていた。

しかしとにかくカンツは、それにしても、それだとしてもキヨポンがこんなにも体を打ち震えさせむせび泣いている事にびっくりして、おっかないなあ、おっかないなあ、大好きなバターが食べたいなあと思い、どうやったらこんなに泣けるのあらまあ…おっかないなぁ…と、ボンヤリと洞窟の外の木々の奥の空の奥の大気圏の奥に焦点を合わすかのような目をした。しかし次の瞬間には気を取り直し、キヨポンの俵状ハンバーグみたいに丸まった脇毛をじっと見ていた。そして頭の中では、

ネリネリネリネリ、練りもの♪ネリネリネリネリ、練りもの♪ネリネリネリネリネネリネリネリネネネネリネリ….ハンハンハンハン、ハハハハハンハンハンバーグ♪…….ワン、ツー、スリー、テリヤキ!!♪…

と照り焼きの歌が再生されていた。

ものの数秒経つとキヨポンはなんとか泣き止んでおり、

「コチラつまらない物でゲスが….」

と先刻カンツが渡していたお饅頭をカンツのようなゲス調の語尾でコクミに差し出していた。

コクミは、先ほどからのキヨポンの号泣に全く取り乱しておらず、

「これはこれは…なんと美味しそうなお饅頭なのでしょう…大変ありがとうございます…」

と、そっとやぶれかぶれのグレーのフワフワズボンのウエスト部分と腹の間に挟んだ。その1秒後には挟まれたそれつまりお饅頭は腹とズボンのウエストゴムからするりと地べたに落ちて、狂老人さまはそれつまりお饅頭を拾って色褪せたネルシャツのポッケにそっとしまった。ズボンのウエストゴムはダルダルで元気が無く、お饅頭を固定できるような力はもう、残っていなかったのだ。驚いたことにお饅頭をしまったその色褪せたネルシャツにはFollow me という大きなロゴが入っており、それは狂老人さまの大変な自負と気概を表しているかのように感じられた。

そしてカンツはしまったァ〜!やっちまった!今の今まで何よりも大事な事、狂老人さまにお饅頭を差し上げる事をうっかり忘れていた!今の今まで!何という事だろう!と突然泥や砂埃混ざるハリケーンに巻き込まれたフワフワの綺麗な毛布のような、惨め極まりない心持ちになり、急いでそばにあるクーラーBOXからお饅頭を取り出そうとした。先刻既に分かっていた事だが、キヨポンに渡したお饅頭以外のいくつかあるお饅頭は全てグッチャリと潰れていた。カンツはやぶれかぶれでグッチャリ潰れたお饅頭の中でも1番潰れていないように見えるグッチャリ潰れたお饅頭を手に取り、

「コチラつまらない物ですが…」

と、狂老人コクミに差し出した。

するとコクミは、差し出されたお饅頭をありったけのエナジー、カロリーを使い天地または天地の間のフリースペースに向かって放り投げた。そして静かに洞窟の壁面に力強く打ち付けられその後洞窟の硬く湿った土の上にポトリと落ちたグッチャリ潰れたお饅頭に静かに歩み寄り、そっとやぶれかぶれのグレーのフワフワズボンのウエスト部分と腹の間に挟んだ。その1秒後ほどに挟まれたそれつまりお饅頭は地べたに落ちて、コクミはそれつまりお饅頭を拾って色褪せたネルシャツのポッケにそっとしまおうとしたが、既にネルシャツのポッケはキヨポンの差し出したお饅頭が入っていたため、再度お饅頭はポロリと地べたに落ちた。それを静かにコクミはビニールを剥いて、むしゃむしゃと食べた。

コクミは

「大変美味しゅうございました…ありがとうございます」

と言い

「カンツさん、キヨポンさん、今日はとってもいい天気ですねえ…いかがですかこの洞窟は。寒かったり暑かったりしないですか…?」

と、まるでここがコクミの自宅であるかのように言った。カンツはここはカンツのほら穴だと思っていて本日はキヨポンを客人として迎え入れていたが、もしかしたら万が一ここはコクミの自宅なのかもしれないな、と思った。

カンツとキヨポンは、

「ちょうど良いでヤンス」

「お心遣いに感謝いたしますでゲス」

と口を揃えて言った。

その後カンツとキヨポンとコクミは、ちゃぶ台を囲んでせんべいを食べたり、スルメイカを食べてみたり、格安葉巻を吸ってみたり、特にキヨポンはビールを飲んでみたりで、冷ややかな湿った洞窟の中にわっと甘いイカの割合強めの薫香が華開いた。キヨポンは目の前にいる狂老人さまコクミにずっと心を打ち震わせ感動している様子で、そのせいかイカをたくさん食っていた。

驚いた事にコクミはほとんど声を発しなかった。つぶらな目をぱっちり開いて、どこか遠くをずっと見ているようだった。しかしせんべいや、イカ、格安葉巻などを勧めると、それらをそっと口にしてくれていた。

もう日が落ちそうだ。もうお開きの時間だと3人で合意し、そろそろと3人は洞窟を出た。また次回お会いしたら様々なお話を聴かせて頂きたいなとカンツは思った。キヨポンもそう思っていた事だろう。

コクミに同席して頂いた感謝をのべ、コクミも「みなさんありがとう…」と謝辞をのべた。林のなかにゆっくりと消えていくコクミを2人はしばらく見ていた。もう日没だ。日没の林はたいそう恐ろしい。急いで帰宅しなくては。ライトニング数馬もたいそう暇している事だろう。

2人はカンツの車に乗り込み、狂老人さまと会えて本当にありがたかった、まさか女性だなんて、という話を車内でし、ではまた…とキヨポンを駅で降ろし別れた。

カンツは今日も素晴しく順調に洞窟案内ができた事に満足し、帰宅した。帰宅する頃にはちようど夜になっていた。

「カンツさんおかえりなさい!お疲れ様でした!」とライトニング数馬は言った。ライトニング数馬は新式の全身を痙攣させるかのような筋トレをやり過ぎたのか、フローリングに仰向けになりながら焦点の合わない目をしていた。

「ライトニングただいま!今日の洞窟案内もうまくいったよ。前にも会った事のある狂老人のコクミさんが現れてさ…」

とカンツは話し始める。

「おお〜あのお方かあ!おれも会った事あるよ!素晴らしい方ですよね」

「実はあのお方は女性だったんだよ。まさかの。あまりにすごい事で感動した。一緒にいたキヨポンさんは号泣しちゃって。」

「それはすごい!なんちゅうお人なんだ。女性で自活する狂老人だなんて、珍しい」

とライトニングは言いながら、依然として床に仰向けに寝ており、筋トレのせいか体がピクピクと僅かに痙攣していた。それを見ながらカンツは、あの変な新式の筋トレはとても効果がありそうだ、来週にはライトニングはムキムキになってしまうだろうと思った。

「キヨポンさんはどんな人だったんです?」

とライトニングは尋ねた。

「爽やかな人で、脇毛を俵形ハンバーグ状に丸め固めていたよ。」

とカンツは言った。

ライトニングは、

「そいつはすげえや…」と言い、続けて

「カンツさん!今日の夕飯は何です?」

と尋ねた。

驚いた事にライトニングカズウマは、昼ごはんだけでなく夕ご飯もカンツの家で食べさせてもらおうとしていたのだ。

「今日の夕飯はレトルトハンバーグにしようと思っているよ」

とカンツは言い、ライトニングは

「よっしゃあ!!ハンバーグだあ!!よっしゃあ!!」

と言った。驚いた事にこの時も未だライトニングカズウマは床に仰向けだった。

カンツはレトルトハンバーグを作るためにお湯を茹でたりした。その後ハンバーグはカンツの手によって無事破られたビニールから皿の上に一緒に入っていたデミグラスソースとともに落ちた。

カンツの手でテーブルにハンバーグが運ばれる頃には、カズウマはすでに仰向けではなく、テーブルに着席していた。

ホカホカのレトルトハンバーグが無事机の上にお皿と共にセットされた。カンツはそれに大好きなバターを乗せて、一方でカズウマは大好きなペコロスをポッケから一つ、芽キャベツをポッケから一つ取り出して、ハンバーグの横に転がした。

二人は幸せそうにハンバーグを頬張る。

そんな中、突然、

ジャリジャリジャリジャリ!ジャリジャリ!….と、けたたましいジャリジャリ音が聞こえて来た。

カンツは

「おっとジャリジャリ音がする!これはきっと信道の車だろうか」と言った。

カンツはライトニングの他にもう一人、仕事を手伝ってもらっているチャリス信道(チャリスのぶみち)という友達(中年男性)がおり、彼はタバコが大好きで、そのせいで歯と歯ぐきは真っ黒でまるでピカピカの黒炭の様相で、顔もタールのように浅黒くいつも埃にまみれた様子、髪は少し刈り上げた短髪で、いつだってタールの池から這い上がって来たというような様相のナイスガイだった。痩せていた。痩せた鉱夫のようだった。またはゾンビ化した鉱夫のように見えた。皮膚が軽く黒ずんでいるからか目はいつもぱっちりして見えた。彼はカマドウマが好きで、たまに客間である2番目のほら穴に現れたカマドウマを捕獲し、4番目のカマドウマ専用ほら穴に移動させたりしてくれていた。とてもありがたい存在だった。

「しかし今日はあまりにもジャリジャリ音がすごいな、信道ではないのだろうか…」

とカンツが呟くと、プレハブめいたカンツの家のドアが勢い良く開いて、まるでずぶ濡れのハイソックスのように酷く汗をかいて息も切れ切れの信道が現れた。

「カンツさん大変だあ!カンツさんの洞窟に、喋る岩がいた!岩人(いわじん)がいたんだ!顔があった!顔以外の胴体が無かった!岩の顔が喋ったんだ!大変だあ!」

と信道は勢い良く叫んだ。

カンツとライトニングはびっくりして、信道の顔を見た。その顔はずぶ濡れのハイソックスのように汗で濡れていた。大変な事だ。岩が喋ったなんて…と二人は驚きながら、ハンバーグを依然モグモグしていた。

〜続く

旅の装い
木澤 洋一

木澤 洋一

ふと思いついた事や気持ちいい事や、昼間に倒れてしまいたいような気持ちを絵にしています。

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