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Do farmers in the dark(36)

Do farmers in the dark

隆起しているんだ

チャリスがやって来る。それはまるでずぶ濡れのハイソックスのように(2)

前回までのあらすじ

クァンツ木村(カンツキムラ)は50代の青ヒゲが目立つタイプの中年男性かつ純粋無垢な紳士で、バターが大好き。髪はくせ毛でねっとりしていた。ベターという単語が好きで、自身が所有するほら穴への招待券、ほら穴チケットを販売して毎日何不自由なく大好きなバターを3切れほど食べられる生活を送っている。

「う〜ん、バターがベタァ〜」

この日もライトニング数馬(ライトニングカズウマ)が仕事を手伝いに来た。これまた50代の中年男性で、坊主頭におちょぼ口、非常にまつ毛が長い切長の目をしており、今日もカンツにバター食べる?と勧められたがいらないと言っていた。

カズウマはなぜカンツを手伝い一緒に働いているのだろう?

それは友達だからだよ。

カズウマはペコロス(ミニ玉ねぎ)と芽キャベツ(ミニのキャベツ)が大好きで、彼も何不自由無く毎日それらを食べていた。それらを串刺しにして食べるのも好きだった。

カンツはチケット制作に紙とエンビ版などを用いており、合間にパソコンゲームをやっていた。神が上空から落とす便器と便器と便器と便器と便器を、プレイヤーが操作する魔法使いが、鍛え上げた腕と足を使い拾い集めた後に接着剤を使い、それらの便器達をくっつけていずれかの正多面体を作り魔法で対戦相手にぶつけるゲームだった。

そしてカズウマも仕事の合間に新式の筋トレ(直立したままブレイクダンスをするかのような。首がすごく動いて目がチカチカする)をやるか、または単にウロウロウロウロウロウロしていた。お昼ご飯はカンツが作っていて、主にのり茶漬けか鮭茶漬けで、カズウマはお昼ご飯をとても楽しみにしていた。

そんななかチケットは完成しており、示し合わせたように電話がプルプル鳴り、それは十中八九ほら穴チケットを利用したい人間からの電話と思われ、カンツはドキドキしながら満を持して受話器を取った。

「アィぃぃぃぃ!!!ホラ穴のカンツ木村でヤンス!!」

あらすじ終わり

——-

「クァンツさんこんにちは。わたくし剛之ヒストリアン天狗キヨポン(ゴウノヒストリアンてんぐきよぽん)と申します。ほら穴チケットを利用したいのですが?」

やはり、ほら穴チケットのお客さんだった。いわゆる中年女性のごく平凡ないちじるしく麗しい、たおやかで深い慈愛の心と強烈な憎悪の念が相剋しているような、えもいわれぬ窺い知れぬまさかやぶさかでは無い声帯から続々と発せられるような、事実続々と発せられる声帯振動を持つ、いわゆるつまりそれそのもの、中年女性のごく平凡な声だった。

「天狗キヨポンさん、それはそれはありがたいでゲス。承知しましたでガンス。まずもってほら穴の最寄駅、シッポウヤホウ駅、またはユンボーマー・モ・ウー駅に来て頂く事は出来るでヤンス?」

カンツはほら穴の仕事の際は、相手に失礼の無いように、なるべくゲス、ヤンス、ガンスのいずれかを語尾につけるようにしていた。それらは最大限の敬意を表す言葉で、古くからよく使われていた。

カンツは駅まで来てもらったらそこから車でほら穴に連れて行く事を伝え、天狗キヨポンは駅まで1時間程度かかると言ったし、カンツはいつ、何日に利用したいのか尋ねたりもした。

「もしご都合よろしければ、本日14時にユンボーマー・モ・ウーの駅で大丈夫かしら?」

「ゲスゲス!バッチリOKでゲショウ!!チケットをお待ちになってお越し下さいでゲスぅぅぅ…!」

さて、準備をしなければ、とカンツは思った。カンツはライトニング数馬ことカズウマに、

「今日は私が行ってくるよ」

と伝えた。

カズウマは、

「アイアイサー、」

と言いながら、またもや新式の筋トレをしており、体は直立しながらも小刻みに高速で振動しており、頭部だけがかなり大きく高速で揺れていた。カズウマは高速で振動する頭部で四方八方を視覚に収めながらアイアイサーと言っていたので、実際には

「アアアイイイアアアイサ〜ァァ」

と言っていたんだ。

そしてカンツは準備をする。駐車場には白いバンがあり、荷台にはローラースケート靴、ほら穴・カンツ木村と大きな文字で書いてある割と大きな旗が用意されている。後はクーラーボックスに保冷剤を詰めて、お菓子やジュースやらを格安スーパーで買い、肉屋で照り焼きのチキンレッグを2つ買うだけだ。

カンツは軽快な足取りで

「行ってきまっすぅ〜」と言った。

カズウマはまたもや例の新式筋トレ中だったので、立ったまま高速で小刻みに、頭部だけは大きく揺れながら、

「ゥォゥォゥォ」

と返事をした。

さて、白いバンのエンジンをかけて、カンツは電話の女性、剛之ヒストリアン天狗キヨポンと合流する予定のユンボーマー・モ・ウーの駅へ向かいつつ、まずは格安スーパーに寄ろうと思った。

すると突然ドンドンドン!と白いバンのドアを外から忙しくノックする音がする。

見るとカズウマが息を切らしていた。

「昼ごはんは海苔茶漬けですかね?それとも鮭茶漬け?ご飯は食べていかないんです?俺はいったいぜんたいお昼に何を食べたらいいのですかね?」

とカズウマは息を切らしながらカンツに言った。先程まであの新式の筋トレ(馬鹿みたいなやつ)をやっていたので、まだ首が左右前後にゆっくりと揺れていた。空は晴天の深く濃い水色で、少し影になってゆっくりと揺れるカズウマの坊主頭が非常に良いコントラストをつくっていた。

カンツは

「おっとすまない!うっかり忘れていた!まだ時間があるから、今からご飯を食べよう!今日はシャケ茶漬けにしよう」

と言い、カズウマは

「ヤッター、鮭茶漬けだあ」

と喜んだ。カズウマはのり茶漬けより、やはり鮭茶漬けが好きだったんだな。

カンツは世界中の人々と同じくらい忘れん坊で、1つの事をやろうとすると何か1つ忘れる癖があった。ああ…また忘れてたなあと反省し、ついでに反省した事を光よりも速い速度で忘れて、バンを降りてカズウマとキッチンに向かった。

冷凍ご飯をチンしてお椀に入れ、鮭茶漬けのふりかけを2人のご飯にかけて、コンビニで買った麦茶をかけた。

カズウマはその間、珍しくただじっとしていた。変な筋トレに疲れたのだろう。

「出来たよ〜さあ昼ごはんだ!」

カンツは2人分のお茶漬けと、小皿をテーブルに置いた。カズウマはポッケから芽キャベツを1つ取り出して小皿に置き、置かれていた小皿に振った。それに芽キャベツを天ぷらでも食べるかのようにツンツンして塩をつけて食べようという目論見だった。

カンツは冷凍庫からキンキンに冷えたバターをひとかけら取り出して、小皿に置いた。

2人は乾燥されまくった鮭の身のカケラが6、7片入った鮭茶漬けをジュルジュル、モゾモゾと食べる。お茶漬けの中には小さなあられも入っていた。2人の歯肉はそのカリカリしたあられでいつも少し削れていた。

昼食時の話題は決まって近所の人のゴシップだった。

「昨日おれ見ちゃったんだよ、グフッゲフフゥ…ウググ…あの向かいのマンションのペントハウスに住んでいる脈打つ悪魔瘤サンパウロ公韶(みゃくうつアクマコブサンパウロきみつぐ)さん、知ってるよね?いや…脈打つ瘤悪魔(みゃくうつコブアクマ)だったろうか?いややっぱり悪魔瘤(アクマコブ)だった。悪魔瘤さん知ってる?」

とカンツは言った。

「勿論知ってますよ、あの浅黒い男前なニイちゃん」

「そうそう、ちょっとありえないくらい男前だよな、可愛い名前の奥さんもいて、」

「ああ、博美レミ玲美(ひろみれみれいみ)さんだったよね、名前がかわいい、でもちょっとキツそうっすよ、鼻が鋭角すぎてつらいよ、あれは何らかやっちゃってる。眉毛もかなり吊り上がっててさ、かなりの美人だろうけど、おれは鼻が低い女の人が好きだよ。」とカズウマは言う。

「グフッああまったくだ。鼻が低い女の人が最高だよ、多分遺伝的なアレか何かで俺たち鼻が低い人が好きなんだろうね、それでこの前アパートの前で男前の悪魔瘤さんが警察に囲まれててさ、あろうことか隣に奥さんじゃない若い女がいて、」

「ヒェェ、それはやばいよ…鼻は低かったですかね?」とカズウマ。

「鼻は低かったよ。たいそう可愛い女の子だった。」

「やはりやはり、なんで博美レミさんは鼻をやっちまったんだろうか、」とカズウマが言う。

「やはり鼻が高い方が多くの人にとって美人なんだろうな、しかし俺たち同様、あの悪魔瘤さんにとっては違ったようだ。きっと鼻が低い女の子が好きだったんだよ。」

「なんと可哀想な博美レミ玲美さん…鼻はやっちまっててキツそうだけど、あんなに美人なのに」

「それでどういうアレか分からないのだけど、周りにはありえないくらい悪そうな男たちもいてさあ、もうありえないくらい怖そうなやつらで、目が合ったりしたらもうお終い、一巻の終わりみたいな男たちだったよ。」

「ホァ〜それはおっかないなあ、道端で偶然悪い男達とトラブルになったんですかねぇ」

「いやいや完全に悪魔瘤(あくまコブ)の仲間だろう。きっと奴、いや彼はありとあらゆる犯罪を犯していると思うよ。監禁、人攫い、ゆすりや強盗詐欺、きっと仲間達と車でやばい事しに行こうと思ってたらちょうど張っていた警察が来たんだよ。彼の目を見た事あるかい?いつも涼しげで、ぱっちりした目でまるではっきりと開いてるのに、なのになぜだろうか、まるで寝る寸前みたいな風情の目なんだ。きっと現在進行形でありとあらゆる悪事を経験しつくしてる感じの目だな」

とカンツは言う。

「ホォ〜ン…博美レミ玲美さんはどこにいたのだろう?」

とカズウマ。

「驚いた事に、レミ玲美さんも隠れるように後ろにいた。泣いていたよ」

「ヤバいな!若い女は?」

カズウマが言う。

「悪魔瘤の横で軽く泣いていたよ、今まで散々彼と一緒に悪事を働いてきたというのにね。」

「若い女は被害者では?鼻も低いからきっといい子だよ」

「ある意味では被害者だが、ある意味では犯罪者という感じだったな」

とカンツ。

「レミレイミさんもやはり犯罪に手を染めているのだろうか。」

「いや、決まって世の旦那というものは奥さんには何から何までさんざんあらゆる事(多くは借金など)を隠しまくっているのだから、きっとレミレイミさんはそれまで全く何も知らなかったのだと思うよ。俺は結婚した事ないけど。」

「悪魔瘤は悪いやつだなぁ〜」

「レミレイミさんもうすうす勘付いてはいたんだろうけどね。いったいぜんたいどうしてある場所では人々はこぞって悪人になりたがるのだろうな。悪魔瘤みたいじゃないごくごく一般的な庶民もよりによってごくごく一般的な場面場面で率先して悪人になりたがる。今の私たちもそうだが、やっぱり悪の心、悪の振る舞いは人々の笑いを誘い愉しさを生むのだろうね。笑いや愉しさ以外にも悪の方が生存に有利だと考えるものさえいる。悪が面白いし状況によっては有利に見えてしまうのはとても悲しい事だよ。」

とカンツは言い、カズウマはカンツさんは急に全然主題と関係ない事を話し始めたなと思い、

「そうっすねえ」

と言った。

その後2人はうまい、うまいと小さな声で言いながらお茶漬けをすすり、カンツは冷えたバターをスプーンでネットリと舐めるように食べ、カズウマは芽キャベツに小皿の塩をちょんちょんとつけ、少しずつ齧った。2人ともあまりの幸せに溢れんばかりの歪んだ笑みをこぼしていた。

「さて、そろそろ出発することにするよ」

とカンツは言い、

「いってらっしゃい〜」

とカズウマは言った。

時刻は13時だった。

白いバンに乗り込み、カンツは格安スーパーに走る。立ち並ぶ数々の住宅、灰色の道路、とにかく晴れていて、カンツは気分が良かった。季節は秋だった。湿度がすごくいい。

格安スーパーに着き、カンツはお菓子売り場に向かう。せんべいやあられを買うんだ。

数々のせんべいやあられの中からボリュームがあり割安かつ少し気の利いたせんべいとあられを2袋づつ買い、缶チューハイとビール数本、オレンジジュース、お茶のペットボトルを1本ずつ買った。すぐ会計を済ませて、次は肉屋に行く。年中照り焼きのチキンレッグを売っている肉屋で、カンツはその照り焼きのチキンレッグを2本買った。

その後カンツは急に、これから客人をほら穴に迎えるにあたり格安の葉巻も必要かもしれないと思った。何年もほら穴をやっているがカンツは今日初めてその事に気づいた。タバコ専門店に行き、格安の葉巻5本入りを買った。

そしてカンツはユンボーマー・モ・ウー駅へ待ち合わせの15分前に着いた。まず荷台にある「ほら穴・カンツ」という手書きの文字が書かれた割と大きめな旗を紐を縛って背中にくくりつけ、その後ローラースケートを履く。そして先程買った照り焼きのチキンレッグを両手に持ち、ひとまず集合場所での準備は完了だった。しかし途中で背中の旗がバンのドアに引っかかったり、ローラースケートがグラグラし転びそうになったりしながらやっていたので最終的に照り焼きのチキンレッグを両手に持つまで4、5分はかかった。

何故カンツは照り焼きのチキンレッグを両手に持つのか。

カンツはTPOという言葉を嫌悪しており、それでチキンレッグを持とうと思ったんだ。TPOをわきまえるというのは人でなしだと思っていて、TPOというのはつまりまだ人になれていない類人猿か、お猿が作った言葉だと思っていた。現状の社会構造の中においてもなお、いかなる時でも一貫して照り焼きの何かを両手に持ち歩き続けられる存在が人であると考えていたのだ。

しかしカンツも日常買い物する時には人目がやはり気になり照り焼きを両手に持つ事はできず、ほら穴を案内するというこの場を借りて、それをしているのだった。

そしてカンツは実際のところTPOという言葉が必要な場には生まれてこのかた行ったことがなかったし、カンツが持っているチキンレッグは実のところ、肉屋で買ったからあたりまえなのだが自分で屠殺せず誰かが代わりに屠殺して加工されたものだった。さらに悪い事にそれを手に持ちたいがために購入していた。大好きなバターもある意味では少し悪魔的な手法で作られており、あくまでその少し悪魔的な手法の枠組みの中で、その範囲内で良心的に作られたものだった。そういう意味でカンツも人でなしの悪魔的な、悪魔といっても差し支えなかった。

カンツは中年女性の平凡な声(いちじるしく麗しい、たおやかで深い慈愛の心と強烈な憎悪の念が相剋しているような、えもいわれぬ窺い知れぬような声)をしているという事しか分からない剛之ヒストリアン天狗キヨポンの姿を想像し、早く来ないかなあ、と思いながら照り焼きのチキンレッグをしっかりと両手に持ち、ユンボーマー・モ・ウー駅のロータリーに立っていた。ちょうど良い湿度の秋の空気が、あたりに照り焼きの匂いを運んだ。快晴の太陽の光でその照り焼きの照り部分は眩しくきらめいていた。

次回へ続く〜

モグラめいた日々や、モグラめいた自分、キラキラした花のランプ

木澤 洋一

木澤 洋一

ふと思いついた事や気持ちいい事や、昼間に倒れてしまいたいような気持ちを絵にしています。

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