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3F/長期滞在者&more

漂流者の春の夢

長期滞在者

 今日は久々に、日が射している。ここしばらく、雨や雪で、空は濁った灰色のままだったから、このまぶしい暖かさが心地いい。冬場の雨、雪は寒さを増幅させるけれど、乾燥を和らげてくれるので嫌いではない。だけど、そのぐずぐずした天気が続くと、どうしても日の光が恋しくなるし、今日のような寒い日に、窓辺のあたたかな日差しを浴びていると、まだ来ぬ春への期待や、恋しさで胸が焦がれてしまうのも無理はない。

 ふと、ブーゲンビリアの鮮やかな色彩を思い出す。
 わたしの実家に続く坂道には、ブーゲンビリアがいつも咲き乱れていた。真っ青に晴れた昼下がりには、思わずそばにかけ寄って、その苞に触れながら、ぼんやりと時間が過ぎるのを待つのが好きだった。
 わたしが住んでいた地域では、ブーゲンビリアのことを”Primavera(春)”と呼んでいた。なぜ、その花を”春”と呼ぶのか、それが一般的な名称なのかもよくわからない。だけど、”Primavera”と口にする度に、鮮やかなマゼンタと、白い長屋へと続く、急勾配の坂道を思い出さずにはいられない。そうか、窓辺のほんの微かな春の気配が、ブーゲンビリアの色を思い出させたのか、と気がつく。そして同時に、サンパウロの街は、これから少しずつ秋に向かうのだ、と季節の移り変わりに思いを馳せる。
 ブーゲンビリアの花の名が、日本の春と、ブラジルの秋とを結んで、繋ぐ。目をとじて、真っ赤になった視界のずっと奥の奥で、いまは遠い場所へ、いつもの坂道へと、つかの間の小旅行をさせてくれる。ここではない場所への想いと、季節と、色と、匂い、様々なものに対する「あの気持ち」がわき出してくる。この気持ちがある限り、わたしはきっとブラジルを忘れないで生きていける。
 こういう風に生きることが、いいのか、悪いのかなんていうことはわからない。そんな思いでいるならば、すぐに国へ帰ればいいと人は言うかもしれない。だけど、絶え間なく小さな旅をしながら、夢を見続けることでしかその身を保てない漂流者の気質は、なかなかすぐに変えることはできない。その気質こそが、わたしの本質なのだと思うことすらあるのだから。
 だからね、ほんの微かな気配だとしても、それがわたしに静かな旅をさせてくれるなら、多分、それでいいんだよ。人になんと言われようと、それでいいのだと思えるようになったから、わたしはようやく一人前の漂流者になれたんだと思う。

Maysa Tomikawa

Maysa Tomikawa

1986年ブラジル サンパウロ出身、東京在住。ブラジルと日本を行き来しながら生きる根無し草です。定住をこころから望む反面、実際には点々と拠点をかえています。一カ所に留まっていられないのかもしれません。

水を大量に飲んでしまう病気を患ってから、日々のwell-beingについて、考え続けています。

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