入居者名・記事名・タグで
検索できます。

3F/長期滞在者&more

ダブルソールドクターマーチン

長期滞在者

若い頃自分に期待していたようには、どうやら僕の感覚というのは鋭敏でも特殊でもなくて、きわめて凡庸なものであるということを悟った(ようやく最近 笑)のだが、きわめて普通の人間である僕が、写真みたいなものを撮る意味があるのだろうかと自問したときに、凡庸であるということは、実はけっこう写真にとって必要なものではないかと気づいたのである。
僕がキレッキレに鋭敏で奇矯で天才的な感覚の持ち主であったとして、そんな僕の琴線に触れてシャッターを押させた風景なり光景なり人物なりモノコトというものは、多くの人に伝わらない可能性が高い。
しかしきわめて凡庸な感受性の持ち主である僕がせいいっぱいアンテナ感度を研ぎ澄まして邂逅したものを写した写真というのは、これは万人に、とはいわないが、そこそこ多くの人に理解してもらえて、凡庸な僕の背伸びと同じ程度の背伸びを人に提示できるのではないか。
昨日 umeda TRAD で毎年恒例の戸川純ライブをオールスタンディングの前から10列目くらいで見ていて、僕は身長171cmと男性成人平均身長くらいだから、ちょいと背伸びしていれば歌っている純ちゃんは見える。でも戸川純は十年くらい前に交通事故に遭って足と腰を損傷し今もリハビリ中。大半の曲を椅子に座ったまま歌うので、僕よりも背の低い女の子のお客さんなんかは、人の肩に埋もれてなかなか歌う純ちゃんの顔をしっかり見れない。僕も飛び跳ねながらライブを見、来年は背伸びしなくてもずっと純ちゃんの顔を見ていられるようにダブルソールのドクター・マーチンを買おう、と密かに決意したのであるが、そうだ、そういうことなのだ、背伸びというのは。たかだか数センチの差と侮るなかれ。見える景色が変わるのである。僕の近くにいた純ちゃんの顔がなかなか見えないと悔しそうにしていた見知らぬ女子よ、来年は思いっきりカカトのおっ立ったマーチンを履いてくるといい。僕もダブルソールマーチンで2.5cm進化するぜ。JADON!!
戸川純の話をしたいのではなかった。ドクター・マーチンも関係ない。鋭敏ではない僕が写真を撮る話だった。
もちろん凡庸な僕がそのままシャッターボタンを押したって凡庸な風景しか写りはしない。写真とはカメラとはそういうものである。そのまんまが写ることは逆に頼もしいことでもあるのだが。
マーチンのカカトに相当する高さを自分に課して、ちょっと高い景色に出会うこと。
厚底靴で背伸びすればさらに違った角度を得ることができる。高くなった靴底での背伸びはなかなかに緊張を強いられるが、その緊張の中から見える数センチというものがあると思うのである。
(あ、本当に厚底靴で背伸びしながら撮るという意味ではないので念のため。一応言っておきますが)

・・・・・・

さてさて久しぶりの展示が終了しました。
勝山信子さんとの2年半ぶりの二人展でした。

展示した写真をいくつか載せておきます。
ご来場くださった方々、本当にありがとうございました。

03IMG_8476

02IMG_6496

05IMG_7906

06IMG_8985

09SDIM5260b

10IMG_1376

14IMG_8998

2018.11.11-17 Gallery LimeLight 『写真(まさつけいすう)』より

カマウチヒデキ

カマウチヒデキ

写真を撮る人。200字小説を書く人。自転車が好きな人。

Reviewed by
藤田莉江

今はもう21世紀も随分と針を進めた。
けれど、未だ男性の日常の靴の選択肢に「ハイヒール」はない。
いたとしても、それを選べるのはごく一部のオシャレすぎると言わざるを得ないくらいの、いわば天上の人たちだけだろう。

女性でも、ハイヒール(厚底ブーツやウエッジソールなど、視界が高くなる靴は他にもあるけど)を日常的に履く人、履かない人、というのは様々であるけれど、流通してさえいれば、世界規模で大多数の女性はそれを選べると思う。

そうか。日常的に女性は、男性よりも靴で視界を選べるのか。なんて、この話を読みながら思った。

実用的に、というと、高いところのものがいつもより取りやすいばかりではない。
視界が変わるのだ。気分も変わる。世界が違ったものになる。

戦闘モードの時にハイヒールを履いて得られた数センチの差が、ものすごく心を強く保ってくれる気がするし、足取りがしっかりする感じを日常的に知っている。

足取りが変われば見えるもののはやさも変わり、ふと目に留まるものも変わるだろう。
例えば高級なものを身につければ気構えが変わるというのもひとつだが、ヒールの高さは実際の景色を数センチ、ぱっと変えてしまうのだ。

数センチ、されど数センチ。
「見たことがない世界が見たいの」とおまじないするよりずっと明確。
今日は+3cm、明後日は+7cm・・・。
そんなことも自由自在。
これはもしや、ひとつ、我々女性が男性よりも、写真を撮る上で有利な点と言えるのでは。

なんて。カマウチさんのお話の中でのこの数センチの高さは読めばわかるとおりに、ライブ鑑賞中は「この」高さであり、写真に関しての方はいわば心構え的なものであり、その高さじゃないのだけれど。

けれど「自分に課す」背伸び分の高さ、というのは、ものを作る上で、自分がそれを見たい、作って自分が見てみたい、これを見せてみたいとぐいと身体を伸ばしたくなるほど魅力的で力が宿る何かによるものである。
それこそ数センチ、されど、であろう。

カマウチさんと勝山さんの二人展、「写真」をたっぷりと見させていただいた上で、(ご本人にとはいえ)あの感覚を凡庸と言われてしまえば自分なんぞは一体なんなのかと思わず自問自答の大海原へ漕ぎ出して遭難しそうになるわたしだけれど、どちらの意味でもまだまだ背の低いわたしからは見えない景色を楽しませていただきました。

いつの日にかおふたりの第3回、二人展を見れたらいいなと気が早いと言われようとも今から首を長くして楽しみにしています。

トップへ戻る トップへ戻る トップへ戻る