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3F/長期滞在者&more

親友

長期滞在者

カンボジアで日本人の若者2人が、金のためにタクシー運転手を殺めたというニュースを耳にした。

放棄しているようであんま使いたくないけど、あり得ないという言葉しか浮かばない。

今月のアパートメントでは、カンボジアにいる親友について書こうと決め、はてどんな内容にしよかなと妄想している時にこんなニュースが入ってきた。

そんな事件が起こる前、先週金曜に、私の勤務先の農業施設の視察に訪れた、以前から何回か会ったことのある同年代の取引先の人と、帰り際に立ち飲み屋に行った。

仕事終わりに同僚と会社近くの店に飲みに行くことや、また会食に参加することはあるが、仕事上で知り合った人と個人的に飲むのは初めてであった。

それまでは、仕事上の話題とそれに若干被るような周辺の会話しかできていなかった。いざ立ち飲みに屋に入ると、その独特な雰囲気も相まって、仕事の話題ではなく個人の話が中心を占めた。週末は都会を離れて自然におり、キャンプによく行き、コーヒーを水筒に入れて出社するなど多くの共通点があり、また互いに一回り上の彼女がいたことがあるなど親近感が強まった。

数年前までは工房で修業しており、将来木工で食っていく予定であったが想定外の出来事が起こり現在の仕事をしているという”まわり道”なエピソードを耳にし、ほんのささやかながら私も紆余曲折を経ていたので、当時の心境を含め会話が弾み、ぜひ近々キャンプに行こうと、帰り際にLINEを交換した。

仕事の延長線上から始まり、そこから徐々に個人的な話に移っていき、”(仕事の話は脇にい置いて、)実は、私~”なんて会話をするのはほんま楽しい。

打ち合わせや会食時などは、会社を背負っている手前、自分の情けない、恥ずかしいエピソードなどなかなか話しづらいが、こうした個人的な場やと何でも話せる。

立ち飲み_かぶら屋

その3日後に親友と久々に再会した。
親友は数年前からカンボジアで働いており、なかなか会うことはない。

そもそも、親友って友人とどう違うんですのとずっと思ってきたが、完全に親友だ。

大学時代の後半に初めて会い、お互い浪人やら休学やら周囲よりも若干年をとっていたこともあってか、その日から何の遠慮もない関係ができた。

いま思うのは、すべてはタイミングで、
初対面から次に飲みに行くまでの期間が延びていたら、
山に行く日が天候不良で中止になっていたら、
仮に当時互いに彼女がおったら、
今のように親友になっていなかったかもしれない。

親友は昔から肌と腰が弱く、未だ原因は分からずじまいだが、
都会にいると肌が荒れ、また大学の講義のように同じ姿勢を保ち続けると腰が悪化した。

一方、山ではまったく問題なく過ごせ、また鎌倉で人力車をして稼いでいた。
貯めた金でサーフボードを買って、腰を動かしまくっていたが、体調は悪くならなかった。

ただ、講義が腰にとって負担であるため、大学に行けなくなり、
また肌の影響で自然の多い実家に帰らなければならなくなった。
かたや私は就職して東京に残って働かないといけなくなり、
会えるのも半年に1回のペースになった。

半年に1回会えるときは、山に行くか、若しくは、安酒場で飲んだ。共通の友人たちを呼ぶ前の時間に0次会と称して2人で先に飲んで、早めの時間に記憶が無くなることがあった。あまり酒に強くないことを薄々気付いていながら、互いにそれについては口に出すことなく飲んでいた。

こうした親友と飲む際のような多幸感を、一時期私は普段の飲みの場でも求めてしまい、”あれ?何か調子出えへんな”とついつい飲み過ぎて後悔してしまうことがあった。

最近は、酒を飲みに行く頻度も減り、代わりにコーヒーを1日何杯も飲むようになった。

加川良

仕事が少し落ち着いてきたからか、職場からライブハウスが近くなったからか、最近、同年代の人たちがやっている音楽を聴きに行くことが増えた。音数が少なく、粗削りで、いなたく若干の煙たさがあるような音楽が個人的に好きで、こうしたバンドをよく見に行っている。

たまに、客席にいた何でも無さそうな人が、ステージに上がるととてつもない音を出したり、どっからひねり出したんやというような独特な歌を唄ったりする。

そういうとき、ついつい話しかけたくなる。あわよくば、飲みに行ってレコード交換し合う仲になりたいと思ってしまう。けど、これまでを振り返ると、”友達になりたい!”という自分の一方的な思いが生まれた後に誰かと友達になったことはなく、自然と一緒におる時間が長いから友達やなとか、その中で何か知らんけど特によく連絡とるような友人のことを親友て呼ぶんかなとか思ってきた。

ライブハウスの演者に対して、「友達になってくれへん」と切り出すのも、そもそもの出発点として何か対等な感じがしないし、それより不自然極まりないし。少し話して、そこで盛り上がって、また近々飲みいこうやとなって、それを繰り返すうちに友達になっていくのが自然なのか。これまで、そんなことまったく考えたこともなかったけど、どうしたもんですかなぁと少し寂しくなる。

蓬莱

今回、先述の親友が帰国したのは、カンボジアで知り合った彼女との結婚のためだった。
もう、ただただ、心からおめでたい気持ちになった。

一昨日、近所の居酒屋に行ったら、親友の実家の近所で造っている地酒が奇遇にも入荷していた。
末永くという想いを込めて、小さく祝杯をした。

キタムラ レオナ

キタムラ レオナ

1988年兵庫生まれ

Reviewed by
小峰 隆寛

レオナさんの親友の話。私も何度かご一緒させて頂き、その懐の大きさというか、端的に'広い'感じに驚いたものだ。人と人との関係はうつろうものであるが、だからこそ友人になったり、親友にだってなるのだ。

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