入居者名・記事名・タグで
検索できます。

3F/長期滞在者&more

腕時計

長期滞在者

先日腕時計を買った。

特に狙っていた時計があったわけではなかったが、狙っていたお店はあった。

家から電車で数駅のところにある、六角橋という学生街の商店街の中にその店はあった。

以前から何度か店の前を通ったことがあり、外から見えるお店の狭さと陳列の様子に、なぜか入ったことも無いのに勝手に居心地のよさを想像していた。

休日の夕方、いざ中に入って見ると、陳列されている時計も派手なものは少なくかといってアンティークにも寄り過ぎていなく、個人的に思い描いていたようなラインナップだった。

ガラス越しに時計を眺めていると、「どういった時計をお探しですか」と、押しつけがましくなく、ほどよい距離感でお店の方が声を掛けてきた。

今回が本格的な腕時計を買う初めてであることを伝えた。

今年の夏頃からジムに通いだし、胸、背中の筋肉が少しついて姿勢が少しマシになってきたのを実感するが、手首は一向に太くならない。

ロレックスのような腕っぷしのよさとマッチするような時計は端から求めず、革ベルトで盤面が大き過ぎない時計を探した。

昔、小学生の頃にGショックが流行っていて買いたかったが、無骨なデザインが似合わないと思い、結局ベビーGを買ったことを思い出した。

陳列されていた時計の中で、初めて見るブランドの名前の時計が目に入った。

「いまも続いているメーカーなのか?」尋ねたら、もちろんという表情で現行も続いてるメーカーだと教えてくれた。界隈ではよく知られたメーカーなのかもしれない。

早速、腕に付けさせてもらうことにした。

時計を腕に付けるのも久しぶりで、付け方に戸惑った。盤面を下にして腕に付けた。

昔、運転免許の最終試験で、緊張してたのかシートベルトの付け方が分からなくなりテンパって、シートベルトを潜って付ける形になり教官に「落ち着いて付け直しましょう」と言われたことを思い出した。
その時に後部座席に座っていた、私と同じく最終試験を受けに来ていた人は「これからヤバいやつの運転に身を任せないといけないのか」と不安になっていたかもしれない。

実際にその時計を試着させてもらうと、無理矢理付けられてる感も無く、主張も控えめでピッタリだった。

その時計は自動ではなく手巻きのもので、最低3日に1回は巻かないといけない時計だった。毎朝巻くことをルーティンにしたら生活に彩りが出そうだなと感じて、その手間がかかるところも逆にいいなと思った。

もう買うことは決めていた。家賃より高かったが、ここで買わなかったら一生時計を買うことは無いだろうと思い迷わなかった。

購入の際に、この時計の針には特徴があることをお店の方に教えてもらう。ドルフィンハンドという、盤面を横から見ると針の先端が下に曲がっているのが確認でき、盤面を上から見たときにより正確に時刻を指し示すためのもので、今では珍しい手の込んだ作りなんだという。

盤面の裏には、誰かの贈り物だったのだろう、海外の人の名前が掘られていた。

自分が生まれるはるか前に、ロンドンかどこかで誰かから誰かの手に渡ったという歴史を感じる。そして、それをなぜ手放すことになったのか気になる。

贈り物の時計といえば、今から20年以上前、私が小学校高学年のとき、なぜか父親の時計を借りて学習塾に行っていた。

家に帰ると腕に付けていたはずの時計が見当たらない。

親に怒られて、時計を探しに出かける。

家から塾までの道を往復して道路に落ちてないか何度か探すけれども見当たらない。

時計自体はとてもシンプルなゴム製の時計でそこまで高価なものでは無かったと思うが、その時計は父から母の親(私の祖父母)から貰ったものだったという。

そんな重要な時計だったとはまったく思ってもおらず、小学生の私は安易な気持ちで腕に付けて出かけていた。

結局その時計は見つからなかった。

物には時折想い出が詰まっていることをそのときに痛感した。

今回買った時計がいつか誰かの手に渡る時にそこにストーリーはあるだろうか。

トップへ戻る トップへ戻る トップへ戻る