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3F/長期滞在者&more

老境が来る

長期滞在者


老けたなぁ、と思うのである。
前にも書いたことがあるが、どうやら僕はずっと自分の年齢を自認的には39歳くらいだと思い込んでいたようなのだ。ど厚かましくも、ここ20年の老いを見ないふりして生きてきたのである。
しかし思い込みは思い込みであって、当然のことながら僕は来月59歳になる初老の男である。自認が何歳であれそうなのである。

つい最近、長居公園に所用があり、そのあと帝塚山のギャラリーライムライトへ向かって歩いて向かっていた。距離にして約2.5km、まぁ普通なら30分くらいで歩ける距離だ。
しかしその日はなんだか足が重く、そのたった2.5kmが途方もなく長かった。少し体調の良くない自覚もあった。
大通り沿いのスーパーマーケットの前の歩道を歩いているとき、スーパーマーケットの大きなガラスに映った自分の歩く姿を見て衝撃を受けた。

・・・老人が歩いてる。

これはまずいぞ。本当に老人だぞ。あわてて背筋を伸ばしてみたりしたが、足の重さは変わらない。



わざわざここに報告はしなかったが、去年の夏、父が亡くなった。寝ついてからは早く、人間というのはこんなにあっけなく弱っていくのだと痛感した。87歳なので、まぁそんなものだろう、といえる年齢ではあるが、最後まで頭はわりと明晰だったので、体は弱って寝ついてはいても、もう少し長く生きるんだと思っていた。人はこんな風に、スイッチが切れるみたいにいなくなるのか、とちょっとびっくりした。

いくら自分の年齢を勘違いしていても、親が亡くなるというのは、自分の役割が代替わりする、つまり「次死ぬ年代」に上がるということだ。そういうことに気がついて、見かけや体力の劣化の自覚がようやく追いついたのかもしれない。

還暦カウントダウン(来年6月です)


とはいうものの、である。
老いるのは嫌だなぁといいつつ、逆に昔から老人への憧れのようなものがあったのもまた事実である。
かっこいい爺さんやかっこいい婆さんというのはあちこちの分野に存在するもので、老人になる、ということ自体には抵抗はあっても、もしそれなりの「かっこいい爺さん」になれるのであれば、それはそれでやぶさかではない。かっこいい爺さんになら、なれるもんならなってみたい。

かっこいい爺さん、というのも曖昧なので、その「かっこいい」の内容を詰めてみたいものだが、あの老写真家とか、あの老美術家とか、あの老唄者とか、あの老文筆家とか、具体例は浮かぶもののこうだという共通項はなかなか見つけられない。
融通無碍、みたいな言葉が浮かんだが、何ものにもとらわれない、というのは凄いことだが、何かにとらわれ続けて一途にそこまできた、みたいなかっこよさもあるから一概に言えない。まぁ僕の場合は一途な方では何もないから融通無碍方面を目指すしかないのだが。目指してなるもんじゃないしな、融通無碍。


その昔、まだ二十代の頃、僕は何ものでもない飲食業アルバイトで、何ものでもなかったが何ものにかなりたくて、その何ものが何なのかもわからない、不安と怠惰の中にいたのだが(演劇活動をやめたころだった)、ピアニストを目指している友人のNちゃんに「このまま何ものでもなく二十代が終ってしまうのが嫌だ」と愚痴を語っていると、Nちゃんは「私は早く三十歳になりたい」という。
「二十代で何ものでもないなんて当たり前やん。二十代でなれる何かなんてしょーもないよ。私は早く三十代になりたいし、もっと年をとってみたい」
二十代でなれる何かなんてしょーもない!
なんちゅーかっこええこと言うんやNちゃん。と、妙に感動したことを覚えている。

その論でいけば、三十代でなれる何かもしょーもなく、四十代でなれる何かもまだまだで、老いていけば積みあがるというならば、これは老人の一人勝ちであるが、もちろん答えはそうではない。そんなわけにはいかない。
老いていけば、積み上がりながら、やはり何かが損なわれていく。大体の人は、積みあがるより速い速度で削げていく。頑固になり、依怙地になり、自分の不自由を嘆き、いろんなものを妬み・・・。

ああ、頑固で意地悪なジジイにはなりたくないなぁ。最近怒りっぽくなってきた自覚あるしな。いや、別に好々爺になりたいわけでもないし、怒ってるジジイというのも怒る方向付けが間違っていなければ悪いものでもないか。ぶつぶつぶつ。


という風に、自分の老い道、とでもいうか、老人化の予想図が定まっていないのが、鬱屈の元なのかもしれないな。
さぁ、どんなジジイになろうかな。結局成り行きなんだけどな。ぶー。

カマウチヒデキ

カマウチヒデキ

写真を撮る人。200字小説を書く人。自転車が好きな人。

Reviewed by
藤田莉江

カマウチさんとはじめましてとご挨拶してから、15年ほどでしょうか。
カマウチさんが40代半ばで、自分は20代半ばでした。

当時からどちらも変わらぬようでありつつ、会うと話す内容の体調不良の話の割合のデカさだけはやはりお互いそれだけ歳を重ねたな、と思うことはありましたが。苦笑

あなたの老いはどこから?
という問いには、さて、みなさんどんな回答がありますでしょうか。

フットワークの下がり方、揚げ物や甘いものなんかの消化能力の喪失、寝ても取れない疲れ、徹夜ができない、ちょっとした計算をするのも電卓出しちゃう、出てこないあの人の名前、やっとの休みに何もできずすぐ寝込む、などなど。本当に辛い。かなしい。

自分はそのようなことを感じつつ、四十路にのぼった実感はあるようなないような。確実に体力がなくなっているのを感じています。元々がありがたいことにかなり健康体寄りだったのですが、ここ数年の体調不良と病気見つかったりなんだったりで、加齢を受け入れざるを得ない気持ちでいるのです。それでも周りからはまだ若い!とか言われつつ、老眼だの更年期だのの片鱗を何度も見た気がしたりしつつ。

元々気持ちがあまり若い方ではなく、子供っぽいこともばばむさいこともどちらも良しとしながら、人目を憚ることも十分にはしない若者時代を過ごしたタチなので、昔も今も年齢と中身はチグハグな人生だったかもしれません。
今ぐらいが、寧ろバランスとれてるかも。

日本は昔から、かっこいいおじいさん、おばあさんのモデルケースがまだまだ足りないと思っていて。
ルックスのことだけでは勿論ないにしても、海外のファッションスナップなどを見ていたら、ご高齢の方がバチバチにドレスアップしたりカラフルに日常を過ごしていたりするのを日本よりたくさん目にします。

こんなふうにできるなら、歳取るのも悪くないな、という希望を見せてもらえると、ありがたいですよね。

カマウチさん。還暦までカウントダウンとおっしゃいましたが、わたしからしたら、性別違うことはさておいて、真似できねぇな、と思うかっこいい人生のパイセンです。

カウントダウンの1年間も、実りある良い一年でありますように!

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