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Mais ou Menos #76 —裏でも表でもないわたしたちの往復書簡 —

Mais ou Menos


まちゃんへ

3月に入って、だいぶ日も長くなってきたね。
新しい仕事も始まって、これからどうなるのかなあという不安もあるけど、日々目の前のことを一つ一つ取り組んでいます。

アクションノート、日々の良いことを書き出して、やりたいことを書くというのが、続けていて良いことだなと感じています。

目につくようにしておくのがいいのかもしれん。

新しい職場では、自己紹介のときにカミングアウトするかいつも悩むんやけど、カミングアウトしてきた。

そのほうが自分の気持ちが楽やから。
自分は自分でいこうっていう気持ちにもなれるし。
それが言えたことで気持ちはすっきりしている。

カミングアウトするかどうかで悩んだり、トイレに行けるかで悩んだりしたけど、今のところ無事トイレにも行けている。

最低限のことやけど、まずそこができないと前に進めないので、一安心。

日々の小さなことだけど生きづらさがあって、そういったことが少しずつストレスになっていくから、自分はストレスに弱いと落ち込むんじゃなくて、今の社会で生きるには、落ち込んだりすることも多いけど、そんな自分でもいいと思うようにして生きていきたい。

落ち込む自分が悪いんじゃない。すぐに鬱っぽくなる自分でもいい。自分の全部をもっと受け入れてあげたい。

そんなふうに最近思えるようになってきた。すぐ忘れがちやけど、もっと自分に優しくしていきたいです。

2021.3.8

P


Pちゃん

お便りありがとう。とても嬉しいです。

新生活1週間目、なんとかなりましたね。新しいことを始めると、やっぱり慣れるまで時間がかかるけれど、焦らずにやっていこう。

今、ベル・フックスの『フェミニズムはみんなもの』を読んでいるけれど、そこでね「コンシャス・レイジング」についての章があったんよね。意識を高めることを意味するんだけれど、よく日本で言われる「意識高い系」とかではなくて、自分の中にある問題のある考え方、それこそ性差別的な考え方や、染みついた思考の癖とかをきちんと自覚することを通して、問題解決の方法を探るための場をつくる大切さについて書いてるの。

私もぴも、今の社会では生きにくくて、それで自分たちのことを絶え間なく責め続けて生きてきたね。でも、2人で病気や休職を通して、自分たちの考え方の癖や、内面化していることに自覚的になった。自分たちを許して、受け入れられるようになってきた。ぴのほうが私よりストイックだから大変だけれど、お手紙を読んでたしかに変わってきているなと感じました。

この先も、難しいことやつらいことたくさんあると思うけれど、自分たちを守る考え方を身につけられてきているので、今までよりは上手に世渡りできるかもしれないね。自分を騙しての世渡りじゃなくて、騙さず、揺るがずに。

そのためにも、やっぱり軸を一本強く持つのが大事なのかも。

わたしが大好きな言葉を、最後に。

 忘れかけてしまいそうな日々の中で、ふと思いかえし、流れの中に立ち止まって、「あの気持ち、あの気持ち」とつぶやくと、まわりからだんだんとおくまで、ゆっくりと波が静まっていき、間違わない方向の石が輝いて見えた。
 それに足をかけ、次に飛び乗り、進んで行く。
 困った時は、遠くを見よう。近くばかりを見ていると、迷うことがあるから。

『夕方らせん』銀色夏生著 「若草のつむじ」より

Maysa

Maysa Tomikawa

Maysa Tomikawa

1986年ブラジル サンパウロ出身、東京在住。ブラジルと日本を行き来しながら生きる根無し草です。定住をこころから望む反面、実際には点々と拠点をかえています。一カ所に留まっていられないのかもしれません。

水を大量に飲んでしまう病気を患ってから、日々のwell-beingについて、考え続けています。

PQ

PQ

ゲームと映画が好きです。
国籍も性別もない。

Reviewed by
小沼 理

落ち込んでしまう自分を受け入れようとする時、「本当にいいのかな」と足元がぐらつく。社会には困難を個人の責任にしようとする空気があるし、自分を責めてしまうことを続けていると癖になって、なかなかそれ以外の方法を選ぶことができない。そんな経験は自分にも(現在進行形で)あります。
いきなり大胆に変わろうとすると必ず揺り戻しがきてしまうから、ゆっくりで良いんだ、と思います。ほんの少し体の向きを変えただけでも、遠くまで歩き続ければ大きな変化になるから。

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