当番ノート 第11期
“すべての事象には名がある。と言うより、名前がないものは存在を認識できない。”とWikipediaにはあります。 僕が思うに「究極的なところまで持って行ったなぁ」と、最初の当番ノートで触れた人間原理にも似た感覚を呼び起こされました。 今回で僕の当番ノートは終わりになります。English Lyrics Feverという中二病を発症した頃に思う存分に思い知らされたのは、自分は薄っぺらくて核が無いとい…
当番ノート 第11期
今年の5月、個展をした。 真夜中に木を、林をたくさん撮った。 4月の終わり、まだずっと寒くキンと音が鳴りそうな空気だった。 自宅から少し歩いたところにある神社の裏に誰も入らない林がある。 杉の葉がたっぷり積もっていて歩くたびに (カサッ、カサッ) と軽く乾いた音がする。 風がまだ残る葉をざわめかせ、枝はしなると鳥の鳴き声のようにキィキィと鳴く。 知らない誰かに見られているような不安が襲ってくる。 …
当番ノート 第11期
『出会いの絶景』 この言葉は、俳人/永田耕衣さんの言葉であります。耕衣さんが版画家/棟方志功さんとの巡り合いについて、そう表現しました。「素晴らしき人との巡り合い」出会いの絶景とは、そういうことでありましょうか。僕もいままで、いろいろな方に出会い、その絶景を感じさせていただきました。 体験してきた、いままでの全部。 自身で感じてきたことや、想いを言葉や言葉でないもので表現してきたこと。それは当たり…
当番ノート 第11期
友人のはじめての個展を訪れたときのこと、 知った顔の人たちが一通りギャラリーを訪れては去って行ったあと、その男性はやってきました。 彼は「その界隈」ではプロとして活躍しているのだと言い、 友人の作品と、その展示の仕方、値段のつけ方、果ては気持ちの込め方に至るまでダメだしをはじめました。 「首の長さはこのくらいの方が見栄えがよい」 「ねらっているところはいいけれど、これでは売れない」 「色の加減はも…
当番ノート 第11期
ぽっかりと地面に空いた大きなくぼみは 雨が溜まった時にイノシシが体を洗うために使うものだろう 倒れ朽ちかけた木にはキツツキが開けた無数の穴が開いている 獣の通り道 猿たちが移動に使う丈夫な蔓 自らの領域を誇示するかのように 艶やかな色のきのこたちが群生している 見慣れない森の表情によって少年の好奇心はくすぐられ 当ても無く歩き続けたが 霧が深さを増しもう一歩も動くことができなくなった 少年は大きく…
当番ノート 第11期
部屋の壁にさわって 左手の指で部屋の壁にさわって、ふれて, そしたら壁が、揺れた けどそれは揺れているんじゃなくて 私の心臓が、 とにかく活発に動いて 大きく膨らむその度に 小さくしぼむそのたびに 壁が揺れてるんだと思ってしまうほどです このままベッドに倒れこみたかった 自分でもよく立っていられるなと思う けどいま 倒れこんでしま…
当番ノート 第11期
例をあげればもう意味がない。 そんな世界の自覚が不可欠で、仮説の復唱と発作の再認識により眼に見えないものが完全だと必然にとどまった。 昭和45年→ ぎこちない珈琲。不器用な終末。爪を噛む原風景。リンチ。 干渉のエレヴェータは日常的かつ秩序的で、主題が明確である。 煩わしい指針は指から指へ前提としてウンザリするくらい明白に生じる。 そして、対話のふりはランダムを評価し、実景化する。 暗合と必須の切れ…
当番ノート 第11期
人生はとにかく複雑だ。 社会もズンズン複雑になっている。 いつから子どもは大人になるのだろう。 こういうことを考える時点で既に複雑に考え過ぎているのだけれど、いつからか何を考えるにもバイアスがかかることが多くなってしまったように思います。 子どもはある意味、痛快なほど単純で柔軟です。そして、脳も若く発達段階で、恐るべきポテンシャルを秘めています。 それに引き換え大人は、単純というには程遠く脳の動き…
長期滞在者
マイマイカブリという虫が好きだ。 少し正確ではない、言い直す。 マイマイカブリという虫が好きだったことを思い出した。 実物のマイマイカブリなんて、もう30年以上見ていない。 長い優美な形状の甲虫である。ロッテンマイヤー女史が着ていた濃紺の長い衣服を連想させる。 「舞舞被」という字を頭に浮かべれば典雅な舞楽のようであるが、実際は舞舞(マイマイ)とはカタツムリのことである。カタツムリの殻をカブっている…
当番ノート 第11期
昔のことを思えば思うほど 今の自分が、 今の自分の嫌なところが見えてしまう。 ずいぶんと幸せになってしまった。 それはもう、女の子に嘘をつかれたり騙されたり突然音信不通になったりされてるけれど 特に死にたいと思うこともなく むしろ生きたくて仕方がない。 僕という人間はどうしようもなく最低なことをしてきたけれど 良い意味でも悪い意味でも誰かの人生を変えるきっかけになってしまえた。 いま 写真が撮りた…
当番ノート 第11期
「俺の生き様を見てくれっ!」で、他人に共感を得てもらうより、生き「てる」様「子」。すなわち、その人が粛々と生きている様子、またはその人のなんでもない日々の営みが共感される方が、素敵だと思う。 誰もが見ていない所で何ができるか。相手あってこその自分基準をどう磨くか。この先の課題です。
当番ノート 第11期
もうすぐ、クリスマスです。 神社へ行き、お寺へ行き、ハロウィンで仮装し、クリスマスを祝い、 というか、クリスマスに託つけてお祭りをたのしみ、2月14日にチョコレートを贈る、 このちゃんぽんな感じは、わたしが好きな日本のチャームポイントの一つです。 その姿はときに軽薄に見えるかもしれないけれど、 どちらの神様が正しいかとか唯一かとか争うわけではないから、平和でいいなと思うのです。 電車の中で寝ていた…