当番ノート 第54期
年が明けて一週間以上が過ぎた。 正月ぼけと重厚な憂鬱は最初のうちだけで、瑣末な事柄を一つずつ対応していくうちに、休暇なんてながい夢だったのではないかと感じるくらい、するりと体が日常に戻っていった。 しかし、冷蔵庫を開けると、休暇が現実であった証拠がじっと佇んでいる。正月の名残の様々な食材。人間は時の流れに添えたが、冷蔵庫がついてきていない。これを片付けることが私の年始の課題であった。 中途半端に余…
当番ノート 第54期
こんにちは。イラストレーターの高松です。 引っ越して2ヶ月。生活を整えるために休日もバタバタとしていたのですが、ようやく散歩などする余裕が出来てきました。 – 夜の9時、お気に入りのラジオを聴きながら、トマトと玉子の炒めものをつまむ。年末の連休、実家に帰る前の一人の休日。最高だ。あともう一本だけ飲みたい。だけど冷蔵庫は空っぽ。うーんと唸りながら薄手のダウンジャケットに袖をとおす。スーパ…
長期滞在者
理想的な年の終え方。早めに仕事を切り上げること。友人と語り明かすこと。旅に出ること。旅先で心に風を通すこと。旅から帰って家族に会うこと。 どれも叶わなかった。失望しているかというと、そうでもない。この家で笑って過ごすことができた。 ため息を吐くと福が逃げるという。けれど、私はべつに逃げても構わない。福はまたやってくるに違いないし、何なら捕まえてみせる。 強かに生き延びようではないか。 12月1日(…
当番ノート 第54期
眠りに落ちかけた矢先「あ、薬」と思った。寝る前のを飲み忘れていた。面倒なことを思い出してしまった。いい塩梅のまどろみ。これから抜け出すのは、億劫すぎる。いいやろ今日くらい。布団の中で丸まり、さらに丸まり、えいやと起きた。飲まなくても命には関わらないけれど、不調にはなる。 常夜灯にぼんやり照らされた3粒の白い丸を眺めながら、薬がもっとカラフルだったらいいのにと思う。黄色とかオレンジとか緑とか。以前、…
当番ノート 第54期
「こんな場所で死ねたらしあわせだろう」 中学時代、地理の資料集で厳島神社の写真を見て、そう考えた。 こんなに静かで、美しくて、神秘的な場所にひとりでいたら、誰も悲しませることもなく、誰にも悲しませられることもなく、石や草みたいに平和な気持ちで死ねるんじゃないか。そんなことを考えていた。 中学生の頃は、学校にうまく馴染めなかった。「自分」というものにも馴染めなかった。けがらわしい獣の肉体に自分が閉じ…
当番ノート 第54期
ずっと伝えそびれていたことをここから君に宛てる。 先生は大人になってからできた初めての男友達だ。 私たちはまったく違うタイプの人間で、共通点は同い年であることと音楽が好きなことぐらいしかなかった。でも何故か一緒にいて面白く、気楽で、なんかよくわからんがウマが合う奴ってこういう友達のことなんだろうなと思っていた。 県庁の展望台、パンケーキの美味しい喫茶店、いちご狩り、ライブハウス、遊園地……。当時の…
当番ノート 第54期
年末、そして年始を迎えた。クリスマスを過ぎ、家々の玄関には正月飾りがぶら下がり、デパートには凶器みたいな門松がぼんぼんと立ち、スーパーの鮮魚コーナーの海老は日に日にでかくなる。 日付に比例して、「もうそろそろ正月だからがんばらなくてもいいんじゃない」という雰囲気の濃度が上昇していき、31日にはほぼ原液くらいになる。 こんなときだけ社会の雰囲気に合わせる私は、ちょっといい食べ物を買い込み(普段は6枚…
当番ノート 第54期
みなさんこんにちは、イラストレーターの高松です。 この連載は神奈川県の西の、山の途中にあるあなぐらのような自宅から、誰かに届けとラジオ波を発信するような気分で書いています。全8回の5回目です。 – 先日、とあるインターネットラジオを聴いていたら「二度見知り」という言葉が耳に入ってきました。人見知りの間違いでは?と思ったのですが、聞いてみると納得。というか自分にドンピシャな言葉でした。 …
当番ノート 第54期
銀シャリのラジオを聞くともなしに聞きながら、ふたりは今、あの青いジャケットを着ているのだろうかと、ふと思った。いや、そんなわけない。音声だけなんだし、きっとトレーナーやらパーカーやらラフな格好に違いない。でもラジオブースを想像してみると、やっぱりふたりは青いジャケットを着ている。それ以外の服装が思い浮かばない。銀シャリといえば青のジャケット。青が板についている彼らが、少しうらやましい。 数年前、イ…
当番ノート 第54期
西暦1999年の大晦日の夜、渋谷のスクランブル交差点にいた。 21世紀が2000年ではなく、2001年から始まるということはもちろん承知だった。それでも、2000年を迎えるときは特別な感慨深さがあった。「19」が「20」になる。区切りがよい。でも、 21世紀はまだ来ない。世紀と世紀のはざまに生じた、空白地帯のような年だった。 1999年末にはそれまで誰も口にしなかったような「ミレニアム」とか「千年…
当番ノート 第54期
なんで切符だけひらがななんだよ…。 平成最後の夏を前に、私はみどりの窓口でそんなことを思いながらひとつづりの「青春18きっぷ」を購入していた。恋人と一緒に名古屋へ行くためである。 名古屋には私と恋人の共通の友人k夫妻が住んでいて、妻のyちゃんが娘さんを出産したので会いに行くことになっていた。 一泊二日、ひとり往復で2回分。ふたりで合計4回分。青春18きっぷは5回分でひとつづりとなっていて、片道5時…
当番ノート 第54期
今回は、私が一番好きなカレー屋について語ろうと思う。 私が通っていた大学は神保町付近にあった。神保町は、日本有数の古書店街であり、あらゆるカレーの名店が軒を連ねる街だ。どこか目的地のために歩いていれば、きっとそこに向かう途中で2軒くらいはカレー屋を発見するだろう。 当時、私は文学部で、軽音サークルに所属していた。カレー好きが多くなりがちなコミュニティに、それに十二分に応える立地。私の大学生活は瞬く…