長期滞在者
冬に向かう日々。 流行り病の情報をインプットされた状態で生活すると、誰かに指示されたわけでもないのに窮屈な箱の中で生きているような気持ちになる。そのせいか、誰かと食事をして語り合う時間は心の底からほっとする。 それでも、大掃除の話や年末年始の過ごし方を話し合っているうちに、本当に一年は終わっちゃうの?という気持ちになる。私たちの一年、誰がこんなふうになると想像できただろうか。 明るい未来を描いてや…
当番ノート 第54期
「ポップミュージックというものは、いつ爆発するかわからない時限爆弾みたいなものだ。爆発するのはいますぐじゃなく、遠い未来かもしれない。でも、いつかどこかにいる誰かのところに届くことを信じて曲を作るんだ」 昔読んだ音楽雑誌で、誰かがそんなことを言っていた。誰が言ったのかもう忘れてしまったし、ほんとうにそういう発言が存在していたのかもはっきりしないのだけど、ずっと記憶の片隅にある。 音楽だけでなく、多…
当番ノート 第54期
大切な人を想って生み出されたものは、自分のことだけを考えて作ったものよりもずっとしなやかで誰かの記憶の中に力強く存在して続いていく。 そんなこと知らなかった。 これは煙草くさい階段で静かに泣いていたあのひとのこと。 数年前に新宿のギャラリーを借りて写真展をした時の話だ。 そこはメインギャラリーとサブギャラリーという、大きさの違う二つのスペースが隣り合わせになっている部屋割りで、一度に…
当番ノート 第54期
先日、巨大な一本のタコ足を入手した。茹でて冷凍されて東北から東京まで運ばれてきたそれは、私の肘から指までと同じくらいの長さがあり、重量は約1キロ。吸盤なんてペットボトルの蓋くらいの大きさのものもある。足一本だけでこんなに大きいのだから、全長はどれほど巨大だったのだろう。人間の頭部を丸々と包んで窒息させられるくらいはあったのだろうか。 海の底で、巨大な無脊椎動物がじっと身を潜め、獲物を捕らえ日々の糧…
当番ノート 第54期
みなさんはじめまして。 イラストレーターの高松です。 今回から2ヶ月間、毎週月曜日に連載を担当することとなりました。1週間という、締切りのある中でイラストと文章を書くというのは初めてで、とても緊張しています。全8回おつきあいください。どうぞよろしくお願いします。 ボイスレコーダーを机の上に置き、そこに語りかけた内容をテキストに書き起こしています。文章を書くのが苦手なのであれこれ考え過ぎずいいかなと…
当番ノート 第54期
ユニクロを着ることが多くなった。というより、365日全身ユニクロの気がする。 夏はUネックの半袖 T シャツ、冬はタートル、いよいよ寒くなればラムやカシミヤのニット。春と秋はコットンニットやリネンシャツ。ボトムはデニムを数本はきまわす。ってまさか3行で説明できてしまうとは。 なんでユニクロばっかりになったのかというと、それは気負わなくてすむから。価格も手頃だし、なによりあの、つるん、としたデザイン…
当番ノート 第54期
「生きている理由」というほど大げさでなく、「その後の人生を変えた」というほど劇的な出来事でもない。「最高の思い出」みたいなきらきらしたものでもない。 歴史になんてもちろん残るはずがないし、世間には見向きもされない。それどころか「自分史」にだって居場所があるか怪しい。 それなのに、「この自分」にとってはなぜだかどうしても重大で、代替不可能な出来事というものが、たしかにある。 強烈な生の実感をともなう…
当番ノート 第54期
どんなに些細なことだったとしても、誰かは誰かの人生に影響を与えている。 子供のころから他人とコミュニケーションをとることが苦手だった。 どれだけ言葉を尽くしても自分の考えが100伝わることはないと感じていて、どうせ70とか60しか伝わらないのなら最初から何も言わない、つまり0のままでいいと思っていたからだ。 そんなことしか考えていないくせに、誰も心を開いてくれないし誰かに心を開くこともできないとい…
当番ノート 第54期
松屋のカレギュウはおいしい。 力強い牛肉の旨みと、それをしかと支える炒め玉ねぎの、濃厚な創業ビーフカレー。日本人の殆どが食べたことがあるだろう看板商品、甘辛い牛めし。つやつやと輝く真っ白なお米を、ストイックな茶色の福神漬けがぎゅっと引き締める。私は、テイクアウト容器からその香りをいっぱいに吸い込んだのち、米とカレー、米と牛肉、米とカレーと牛肉、と一通りの組み合わせを実行し、七味や紅生姜を乗っけたり…
当番ノート 第53期
目次01-父のこと(3)02-おわりに 父のこと(3) 決して、それまでの私が父の生い立ちについて何も知らなかったわけではない。事実関係は把握していたものの、何となくうまくつながらないというか、親子とはいえ別個の人間のできごとなので、どこか他人事だったのだと思う。我ながら薄情な娘だと感じている。 前回「父のこと(2)」 それが、自分と向き合わざるを得なくなったとき、突然立体感を帯び始めた。そこに至…
当番ノート 第53期
ある作家さんが突然この世を去った。熱心な読者のひとりである私も当然、受け入れることができなかった。その亡くなった方には多くのコメントが寄せられ、「言いたいことが言えないままだった」「会おうとしていたけど、また別の機会でと思っていたら……」など、後悔の言葉がマグマのように吹き出していた。作家さんと近しい人はみな、こういったコメントを繰り返し書いている。つまり、後悔しているのだ。 それを見ていて、ある…
長期滞在者
小さい頃からの癖で、ことばに書き出すのが習慣にあまりない。主に、五感で体験できる事物をつくったり、表現したり。言語と非言語の狭間をことばとして日常で用いていたのかもしれない。3歳からタップダンスに出会ったり、子役として演技をしていて身についた部分なのかなと今は思う。 この文字に出力してみて、気持ちを伝えたり思考と想像を綴るのは、発病したPTSDにおいてもリハビリとしての側面があるので積極的に実践し…