当番ノート 第54期
去年の秋、私はチャパティーを焼いていた。 チャパティー、正式にはチャパーティーと言った方がいいのだろう、それはインドの家庭料理で、無発酵の薄焼きパンである。イメージとしては、トルティーヤやケバブを包んでいる皮に近い。チャパティーは、それらと同じくらいの薄さだが、薄力粉でなく全粒粉を使うため、より素朴な味だ。白米と玄米のような違いである。ダール(豆カレー)やサブジ(野菜等のスパイス炒め)などと共に食…
当番ノート 第54期
みなさんこんにちは、イラストレーターの高松です。 この連載は神奈川県の西の、山の途中にあるあなぐらのような自宅にて、ボイスレコーダーに録音したトーク内容を書き起こして投稿しています。全8回の2回目です。 – 移動中は何もしていなくても許される気がする。 旅行に行くときはなるべく夜行バスを使う。座席が指定できる時は窓側を予約して、消灯になるのをじっと待つ。バスが高速道路に乗って車内が寝静…
当番ノート 第54期
マニキュアを衝動買いしてしまった。ターメリックとシソ、という色を。ターメリックは山吹色を少し明るくしたような色。シソは煉瓦色、というには暗く、やや紫がかった茶色という風情だ。 この、赤茶色というか赤褐色というか、赤と茶色の真ん中くらいの色、気付けばマニキュアにも口紅にもこの色が多い。好きで集めているというわけではなく、自然と集まってきている。 煉瓦色はモディリアーニを連想させる。最近横浜美術館で見…
長期滞在者
冬に向かう日々。 流行り病の情報をインプットされた状態で生活すると、誰かに指示されたわけでもないのに窮屈な箱の中で生きているような気持ちになる。そのせいか、誰かと食事をして語り合う時間は心の底からほっとする。 それでも、大掃除の話や年末年始の過ごし方を話し合っているうちに、本当に一年は終わっちゃうの?という気持ちになる。私たちの一年、誰がこんなふうになると想像できただろうか。 明るい未来を描いてや…
当番ノート 第54期
「ポップミュージックというものは、いつ爆発するかわからない時限爆弾みたいなものだ。爆発するのはいますぐじゃなく、遠い未来かもしれない。でも、いつかどこかにいる誰かのところに届くことを信じて曲を作るんだ」 昔読んだ音楽雑誌で、誰かがそんなことを言っていた。誰が言ったのかもう忘れてしまったし、ほんとうにそういう発言が存在していたのかもはっきりしないのだけど、ずっと記憶の片隅にある。 音楽だけでなく、多…
当番ノート 第54期
大切な人を想って生み出されたものは、自分のことだけを考えて作ったものよりもずっとしなやかで誰かの記憶の中に力強く存在して続いていく。 そんなこと知らなかった。 これは煙草くさい階段で静かに泣いていたあのひとのこと。 数年前に新宿のギャラリーを借りて写真展をした時の話だ。 そこはメインギャラリーとサブギャラリーという、大きさの違う二つのスペースが隣り合わせになっている部屋割りで、一度に…
当番ノート 第54期
先日、巨大な一本のタコ足を入手した。茹でて冷凍されて東北から東京まで運ばれてきたそれは、私の肘から指までと同じくらいの長さがあり、重量は約1キロ。吸盤なんてペットボトルの蓋くらいの大きさのものもある。足一本だけでこんなに大きいのだから、全長はどれほど巨大だったのだろう。人間の頭部を丸々と包んで窒息させられるくらいはあったのだろうか。 海の底で、巨大な無脊椎動物がじっと身を潜め、獲物を捕らえ日々の糧…
当番ノート 第54期
みなさんはじめまして。 イラストレーターの高松です。 今回から2ヶ月間、毎週月曜日に連載を担当することとなりました。1週間という、締切りのある中でイラストと文章を書くというのは初めてで、とても緊張しています。全8回おつきあいください。どうぞよろしくお願いします。 ボイスレコーダーを机の上に置き、そこに語りかけた内容をテキストに書き起こしています。文章を書くのが苦手なのであれこれ考え過ぎずいいかなと…
当番ノート 第54期
ユニクロを着ることが多くなった。というより、365日全身ユニクロの気がする。 夏はUネックの半袖 T シャツ、冬はタートル、いよいよ寒くなればラムやカシミヤのニット。春と秋はコットンニットやリネンシャツ。ボトムはデニムを数本はきまわす。ってまさか3行で説明できてしまうとは。 なんでユニクロばっかりになったのかというと、それは気負わなくてすむから。価格も手頃だし、なによりあの、つるん、としたデザイン…
当番ノート 第54期
「生きている理由」というほど大げさでなく、「その後の人生を変えた」というほど劇的な出来事でもない。「最高の思い出」みたいなきらきらしたものでもない。 歴史になんてもちろん残るはずがないし、世間には見向きもされない。それどころか「自分史」にだって居場所があるか怪しい。 それなのに、「この自分」にとってはなぜだかどうしても重大で、代替不可能な出来事というものが、たしかにある。 強烈な生の実感をともなう…
当番ノート 第54期
どんなに些細なことだったとしても、誰かは誰かの人生に影響を与えている。 子供のころから他人とコミュニケーションをとることが苦手だった。 どれだけ言葉を尽くしても自分の考えが100伝わることはないと感じていて、どうせ70とか60しか伝わらないのなら最初から何も言わない、つまり0のままでいいと思っていたからだ。 そんなことしか考えていないくせに、誰も心を開いてくれないし誰かに心を開くこともできないとい…
当番ノート 第54期
松屋のカレギュウはおいしい。 力強い牛肉の旨みと、それをしかと支える炒め玉ねぎの、濃厚な創業ビーフカレー。日本人の殆どが食べたことがあるだろう看板商品、甘辛い牛めし。つやつやと輝く真っ白なお米を、ストイックな茶色の福神漬けがぎゅっと引き締める。私は、テイクアウト容器からその香りをいっぱいに吸い込んだのち、米とカレー、米と牛肉、米とカレーと牛肉、と一通りの組み合わせを実行し、七味や紅生姜を乗っけたり…