当番ノート 第52期
一人で生きたいということは、一人で死にたいとも言い換えられるのかもしれない。そんなことを思うようになった。当たり前かもしれない。一人で生きた人は死ぬときも一人なのだろうから。 一人で生きたいと言い始めたのは、結構小さな頃からだった。家族が嫌いだったし、家族に予定を左右されることが大嫌いだった。皆でどこかへ出かけることについても、基本的に面倒くささが勝った。小さい頃は今よりも車酔いがひどく、遠出すれ…
長期滞在者
半年、待っていた。 あまりにも家に篭りすぎていて、すっかり季節感をなくしていた8月。結婚披露宴やイベントの司会で、20年以上お世話になっている事務所からの仕事が半年ぶりに決まった。 3月に入ってから、この事務所からの仕事は全て延期か中止になった。8月の仕事も依頼があったものの、新型コロナウイルスの感染者の増加で、どうなることやらと気が気ではなかったが、無事に行われることになった。 久しぶりにスーツ…
長期滞在者
何年かぶりに夏休みを取りました。毎年のように今年こそは休もうかな、と思っていながらいつもは結局のこところギャラリーを開けてしまいます。 かつて、ギャラリーは、夏の間は長めのお休みを取るのが当たり前でした。 6月の終わりから、9月の中頃という、一昔前の大学生もびっくりという休業はそんなに珍しいことではありませんでした。作品の蒐集をする富裕層がバケーションの時期に開けていても作品は売れないから休む。嘘…
当番ノート 第52期
わたしは自分の作品を説明するとき「お米にまつわる作品」と言っている。なぜ「お米の作品」ではなく「お米にまつわる作品」なのかというと、「お米の作品」と言うと「お米を素材にした作品」だと捉えられることが多かったからだ。 一番多く言われることがあるのが「お米に文字を書くアート」お米一粒一粒に文字を書くものだが、やったことはなく、というかそんなに器用でないので出来そうにもない。 お米に文字は書いたことはな…
当番ノート 第52期
秘密基地ごっこが大好きだった。 わたしたちは大きなマンションの貯水槽の下を基地にしていた。コンクリートの固く、ひんやりとした温度に背中をくっつけていると安心したし、友だちとひそひそ話すにつけても、すぐ隣のエントランスから人が出入りするたび息をころすのも、「いかにも秘密基地!」というかんじがして気に入っていた。 秘密基地での遊び方は、まず持ち物──ビニールシート、ティッシュ、ハンカチ、お菓子、…
Mais ou Menos
ぴちゃん おはよう。今日で入院してから8日目。大分この生活にも慣れてきました。 病院の窓の新宿を見てて、すごくなつかしい気持ちになりました。山崎まさよしさんの『江古田』という曲があるんだけれど、その曲が頭の中で流れてきて、今見てる風景にぴったりだと思った。 6月末に、舌ガンになっていることがわかって、7月には復職して、そのまま、また入院して、この数ヶ月結構盛りだくさんだったね…。勢いでバーってきて…
当番ノート 第52期
祖父がおかずをつくってもってきてくれる。その応対に出るのは、いつからか、私の役割になった。祖父に会うのが嫌なのではない。頑なに出てこない母の存在を認識するのが嫌だった。母には母の、祖父を嫌うだけの理由があって、私には私の、祖父に懐く理由があった。父と娘、祖父と孫娘、では、それぞれに見える景色が違う。そのことも、子どもの頃はわかっていなかった。今になって、ようやく理解し始めた。 それに多分、祖父がお…
長期滞在者
今月は今井くんが自室の部屋を大掃除。膨大な量の本や資料を電子化するという。裁断機やスキャナーが居間に並んで、ちょっとした工房のような雰囲気に。れいちゃんも裁断を手伝っている様子。私も服を大量に寄付したし、家にいる時間が長くなると環境を整えたくなるのは自然な流れなのだろうな。 家にいる時間が長くなってきたせいか、家に求めるものも増えてきている気がする。 もともと野菜やハーブを育てたいと思っていたけれ…
当番ノート 第52期
あるとき宇宙空間が大爆発して、たくさんの小さな塵が浮遊した。それが寄り集まって星がうまれ、やがてわたしたちがうまれた。 わたしの骨は宇宙の塵でできている、だからわたしの中には宇宙があり、宇宙のなかにはわたしがある。 そうしてわたしは日本という国にうまれ育って毎日お米を食べている。 だからわたしの骨はお米でできている。 わたしが吐く息は、炊いたお米に含まれていた水蒸気なのだが、 死んで箸でつまみあげ…
当番ノート 第52期
週末になると、車にテントとタープ、バーベキューコンロ、アウトドアテーブルにチェア、ダンボールいっぱいの炭とランタンと油、それからクーラーボックスを詰めこんで、まだ陽も昇りきらない時間に家を出る。 小学生のころ、キャンプは恒例行事だった。 車酔いがひどく、後部座席でビニール袋を口にあてながらじっと丸まっているのがわたしの常だった。 高速道路を走っている間じゅう、母は助手席で《夏が来る》を機嫌よく歌…
お直しカフェ
前回に引き続き、オンラインでのワークショップ開催に際して、ちくちくとお繕いをしながらぽつりぽつりとおしゃべりしたことをお披露目します。今回は、片付けコンサルタントの大浪優紀さんとの対談。この時、それぞれ手元で、大浪さんは布巾の穴を、私は靴下の穴をお直ししています。 === 大浪優紀(以下、うき):お片づけの依頼は女性からが多くて、9割方ファミリーのひとたち。元々ご夫婦とも自分のモノが多くて、子ども…
鍵を開けて 詩人が「しょぼい喫茶店」に立った日々のこと
だれかの話を聞くのが好きだ。より正確にいうと、だれかに話される話を聞くのが好きだ。 同じじゃないかと言われそうだがすこし違う。「話を聞くのが好きだ」というとなんだか聞き上手的な、コミュニケーションがうまそうな、そんでもって友達なんかもいっぱいいそうな感じがするが、わたしはその点はてんでダメなので誤解しないでもらいたい。基本的に会話全般のことはそこまで得意でもない、むしろ苦手なほうだ。雑談の話題に困…