当番ノート 第51期
ゆううつな朝の小田急線で、見覚えのあるおばあちゃんが目の前の席に座っていました。うつらうつらと気持ちよさそうに眠っていて、本人なのか確かめることはできませんが、モリヤマさんに似ています。最後に会ったのは、おそらく退職の1週間前でしたから、もうずいぶん経ちます。 人は本当に儚く交差しながら生きているなあと思う瞬間があります。おどろくようなタイミングで、かつてつながっていた人と再会し、ある日を境に、唐…
当番ノート 第51期
北鎌倉に来る少し前まで、役者の活動をしていた。 稽古をして小さな舞台に立ち、演技を本格的に学ぼうとプロの役者を育てる学校に通っていた。 その学校は、ほぼ一人の先生が支配する独裁国家のような環境で、その先生から言われる指摘がそれはまぁダイレクトだった。 普通の会社で口にしたら、パワハラと言われるような言葉が授業中飛び交っていた。 人間性を否定されるようなことを言われるというか、 「お前の人間性がダメ…
スケッチブック
愛でる時間は、たっぷりあった。考える時間は、細切れだった。 5月1日(金) 晴れ 布団の中で考えていた。言葉や文章を柔らかくしておくこと。輪郭をガチガチに固めてしまうと、閉じ込められた中身はそこからどこにも行くことができない。中身が本質を捉えている、輪郭がその本質を囲っている、その上で、解釈のスペースは空けておく。余白と余韻を含んだ文章、言葉を目指したい。 躍動感。昨日、動画で見たピカソの、まるで…
当番ノート 第51期
「なんで一人暮らししようと思ったの?」 その人は興味深そうにそう聞いてきた。 緊急事態宣言解除後の最初の土曜日、私たちは会っても良いものかと迷いながら、だけどやっぱり会うべきだと思ってオフィス街の喫茶店に入った。 「勢いですね」 私は笑いながらそう答えた。 その人は私が学生の頃からずっとお世話になっている人で、偶然にも母親と名前が字まで同じという第二の母のような人。 食事はほとんど自炊をしていると…
鍵を開けて 詩人が「しょぼい喫茶店」に立った日々のこと
しょぼい喫茶店で開催していた「場の詩プロジェクト」という企画。場で起こるコミュニケーションの言葉に遊びや制限を加えることで、その場のしゃべり言葉の中に詩的なものがあらわれるのを期待する……という他力本願なプロジェクトで、シリーズ化してVol.13まで作った。 その中で、思いついてから実行するまでにいちばん尻込みしたのが、「敬語禁止カフェ」だった。 趣旨は単純、というかタイトルそのまんまで、その日は…
長期滞在者
自粛生活で変化する家。 これまでは住人みんなが揃うなんてめずらしかったのに、今では当たり前の光景になった。新しい習慣ができて面白いと思えることもあれば、もやもやすることもある。季節ももやもやしている。 これを書いている2020年6月2日(火)、アメリカの多くの企業がBlackout Tuesdayという取り組みを掲げている。これは昨今起きた悲惨な事件を受けて、レイシズムや不正に対する抗議活動を賛同…
当番ノート 第51期
今日こそ自炊しようと決めたのに。 家には頭の葉が成長してきたにんじん、芽が出てきそうなじゃがいもが残っている。しかし時刻は23時30分。とりあえず溜め込んだ洗濯だけでも回すかと、洗剤を求め25時まで開いているスーパーへ駆け込んだ。 この時間からの自炊はしんどい。今日は納豆と安くなっているマグロの刺身を買って帰ろう。レジに並ぶと、「次の方どうぞ、こんばんは〜」としわしわの笑顔で接客してくれる人がいた…
お直しカフェ
前回に引き続き、エプロンお直しの話。カフェのユニフォームとして2年以上使い続けてきたエプロン。コーヒーをハンドドリップで淹れる、ちょうど胸やお腹のあたりにシミがいくつもついて、クリーニング屋さんにも「これ以上シミ抜きすると生地が痛んじゃうな」と言われ諦めていたもの。2着目は一転、プロにお願いしてみようと思い立ち、長く気になっていた染め屋さんを訪ねた。 伺ったのは、京都市の中心部にある馬場染工業。場…
当番ノート 第51期
はじめまして。梅雨入りから夏にかけて季節が移ろう、このみずみずしい2ヶ月間に、週に1回の連載を持つことになりました。あたたかなご縁に感謝します。初回は自己紹介も兼ねて、大学を卒業してから、これまでについて、少しだけお話することにしましょう。 私は現在24歳、社会人3年目です。文系の四年制大学を卒業し、半年ほど前までは、坂下にある小さなドラッグストアで働いていました。 大きな公園が目の前にあるのどか…
長期滞在者
Fruit. 「フリュイ」と読む.果物を意味する男性名詞. 初夏は果物の本領発揮.情熱的にフルーツを愛する者としては、とにかく嬉しい.最良の食べごろを逃すまいという気概を持って、私はすっかりフルーツハンターと化す. 5月のレモンは爽やかで甘みがあって、手に取らずにはいられない.今年は勢いあまって50個ほど瀬戸内の無農薬レモンを仕入れた. ウィークエンドシトロンを作ったり、蜂蜜や塩に漬けたり、レモン…
当番ノート 第51期
北鎌倉の自然につつまれている。 意識をしなくても、そんな風に感じられる。 一人でいても、都会のコンクリートに囲まれた密閉空間にいた時より、寂しく感じていない。 朝、小鳥のさえずりで目覚める。その日によって聞こえてくる鳴き声は違くて、カラフルな音色が朝から楽しませてくれる。 遠くからは、早くから働き者の電車がゆっくりと走りだす音も聞こえる。 さぁ私も動き出そうかな、と小さなアパートの部屋にしては大き…
当番ノート 第51期
夢だった一人暮らしを始めて、ちょうど一ヶ月が経った。 意外にも、新しい生活は身体と心にすんなりと馴染んだ。 朝ごはんと昼のお弁当を作り、仕事へ行き、帰ってきてお風呂に入り、寝る前のちょっとした自由時間を過ごして、眠たくなったら寝る。それを繰り返している。 快速が止まらない小さな駅から歩いて10分ほどのところにある、築15年、家賃5万7000円の1Kのアパートに住んでいる。南向きで、日中は日当たりが…