当番ノート 第44期
――好きなように生きるって、どういうことなんでしょうね。 さあ……。わたし、実はあんまり好きなように生きてみたいって思ったことがないので……。 ――そうなんですか? はい。世間では「好きなことをして生きる人生最高!」みたいな空気ありますけど、困っちゃうんですよね。むずかしい。なんなら、100年くらい前みたいに、ガチガチの社会的な風潮というか、そういうものに縛られてた人生のほうが良かったかも、って思…
当番ノート 第44期
火曜日のこと。 朝、すぐ近くの商店街をいつものように自転車で通り抜ける。 駅まで行く時に必ず通るこの道は、バンや小型のトラックがギリギリ通れるくらいの道幅しかない。なので、それらの自動車と僕のような自転車とのすれ違いは、どちらかが一時停止しなければ難しい。基本的には自動車が一時停止するし、交通ルール的にそうするべきだと僕も思っている。ただ、状況によっては自転車の側が停まることもある。ルールを杓子定…
長期滞在者
岡山に工房を持つガラス作家、平井睦美さんの展示を、2〜3年に一度のペースでやらせていただいています。吹きガラスをベースに、サンドブラストという技法で、表面の削り出しと仕上げを行ったものです。本人曰く、ガラスの成形以上に削る仕事に心血を注いでいるというだけあって、実際に手にとって見た多くの人たちから、驚きの声があがっていました。とりわけ、今年の新作で初めて観た細かなドット柄のグラスや花器は、その緻密…
当番ノート 第44期
なにかにつけては海を見にいく。 比較的町のなかで育ったほうだからか、海のことはいまだにものめずらしく思っている。ものめずらしくて、かっこいい。波のかたちが変わりつづけ、潮が満ちてくるのをみていると、癒される、かどうかはわからないが、うっすらとうれしい気持ちになる。 一部の町のひとたちも似た性質を持っているらしく、SNSでは海や山の写真をよく見かける。町で暮らしていると、どうしても自然のものに触れず…
当番ノート 第44期
手紙「 今のわたしさんへ。」 こんにちは、わたしさん。 わたしさん最近、楽しい? アクセサリー作ったり、YouTubeで動画アップしたり。 結構楽しんでるみたいやね。 けど相変わらず苦しいときはびっくりするくらい泣くね。 そうそう、そういう弱いところもたくさんあるんだよ、 強がったり楽しそうにしたりするけど、 もっともっと人間らしいんだよわたしさんは。 結構怒りっぽいし、あー暑いとかすぐ言うし、 …
Mais ou Menos
ぴちゃんへ お疲れ様。GWも終わり、なんだか心ここに在らずな自分がいます。 4月末に精神科に行って、とうとう仕事を休職しようと決めました。つらい状態でしばらく頑張ってきたけれど、GWに仕事から離れてまとまった休みをとって、改めて自分に必要なのは休息だと気づいたの。ぴとも話し合いをしたけれど、今のわたしには考えることや、判断することが極めて難しくなっていて、頭の中がごちゃごちゃしてしまっています。と…
当番ノート 第44期
――マリさんが家出をしたのは? 10年くらいかね。 ――そのあいだに連絡は? ない。一回も。マリからはもちろんこない。俺からもしなかった。 ――心配ではなかったですか? 心配、心配ねえ。頭の片隅にはいつもいるよ。元気にしてんのかなあって。ただまあ、何も連絡が来ないってことはどっかで生きてんだろうなって。 ――マリさんは出ていくとき、何か残しましたか。手紙とか。 何も残さねえよ。前の日の夜に喧嘩にな…
それをエンジェルと呼んだ、彼女たち。
名前が同じ人をあまり知らない。漢字が同じでも読み方が違っていることがほとんど。なのに、この連休中に滞在した南インド・ゴアの宿泊先のホテルには、もうひとりの「さいこ」が泊まっていたと言う。 滞在して2日経った頃、コンシェルジュの女性が私を呼び止め、「あなたと同じ名前の人にあなたの予約確認書を渡してしまったのだけど、彼女は同じ名前の別人だった」と笑いながら教えてくれた。ゴアのなかでも南ゴアに位置するそ…
当番ノート 第44期
毎年5月6日は、山へ入ると決まっている。 大学1年のときからお世話になっている集落の人たちと、山菜を採りに行く。 今年もまたその季節がやってきた。 前日の5月5日に、東京から新幹線で2時間弱。 高崎を過ぎると、街(正確には駅のある街)は数多のトンネルによって結ばれるようになる。風景は線から点へと変わる。それだけ強く印象に残ることになる各街の風景が、目的地へ一歩一歩近いづいていることを教えてくれる。…
長期滞在者
幼い頃、よく親戚と集まって賑やかに過ごした。大人たちはお酒を飲み、子どもたちはボードゲームをしていた。 色々なことがあって、今後の人生で親戚同士が集まることはもうないだろうという状況になったのだけれど、この家に誰かが来るとそのことを寂しいなんて微塵も思わなくなる。 4月1日(月) 元号発表の日。発表されたね、と純君と言い合う。正直な話、元号改定は手続きに則って決められるものだし、今まで問題だったこ…
当番ノート 第44期
「まちで詩を書く」という企画をはじめた。 町中にある屋外のパブリックスペースで詩を書く。そのあいだそれをSNS上で公開し、同じところにいっしょに詩を書きにくる人を募集する。来てくれた人にはクリップボードとペンと紙を貸し、詩を書く時間をともにする、という企画だ。 場をひらくようになって何年か経つ。 大学時代に長期インターンで作らせてもらった短歌のワークショップを皮切りに、定期的にことばのワークショッ…
当番ノート 第44期
手紙「家族さんへ。」 しあわせですか。 わたしはこればかり、気にしています。 わたしはあるとき、家族さんがしあわせなのかどうかを考えました。 病気さんと出会ってから、さらに考えるようになりました。 わたしが家族さんたちの一員になって、よかったのかな、 家族さんたちが死ぬときに「しあわせだったな、」と思えるかな、 ずっとそれが気になって仕方がありません。 家族さんの一人には、何度か「しあわせですか、…