当番ノート 第39期
正直であることは雄弁と徳業との秘訣であり、正直であることには道徳的な影響がある。真実は雄弁と美徳の秘訣であり、倫理的根拠の基礎であり、美術と人生の極地である。(フレデリック・アミエル) その日は、レッスン生が私ひとりだった。 まだ通いはじめて間もないころのレッスン日だ。普段は3~4人はいるはずのレッスン生たちが、その日は誰も他に来なかったのである。 まだ親しんでいるとはいえない先生二…
当番ノート 第39期
大学生の時、飲み屋で働いていた。大学近くのJR中央線の駅から歩いて数分のところにあり、都心から離れていることもあって、その辺りに住んでいる人や近くで勤めている人も多かった。みんなよくこの辺りのことを知っていた。どちらかというとお客さんに若い人はあんまりおらず、大人の男性客が1人で来るようなお店だった。 家族経営の小さなお店で、そこにアルバイトとして女の子が1人、交代で入っていた。自宅最寄りを通る最…
長期滞在者
街に声を響かせるということは初めての経験だった。 2018年6月16日。 UNHCR駐日事務所、国連UNHCR協会主催「世界難民の日」 ソーシャル・アクション in 渋谷 #難民とともに。 6月20日の世界難民の日を前に、渋谷駅ハチ公前広場に、難民支援の現場でこれから使われる予定の最新型テントを設置。 テントの中に入って、避難生活を疑似体験することで難民について知る機会を設け、 オンライン署名や寄…
当番ノート 第39期
一歩、二歩、三歩。 男の歩幅に合わせて後ろ向きに歩く。三歩めで、左足を右足の上に重ねる。 すると、男の手が私の背中をゆっくり引き寄せる。 『前に出て』 その要求に私は応える。左足の下の右足を旋回させ、左足を軸にななめに一歩前進。 だが進んだ先で、ふたたび彼の両手に体を引き寄せられる。 『正面に戻ってこい』 男の手が告げ、私の背中が伝える声。 私はすぐさま従う。 彼の伝言を理解できる…
長期滞在者
ガードレールに挟まれた狭い歩道を通ってゆるい坂を登る。 左側に立つ電燈を過ぎると、自分の乗る自転車の影が右側のガードレール上に突然出現し、俊敏な黒い犬のように前方に駆け出して溶ける。 坂を登りきるまでに3つある電燈が、3匹の黒犬を走らせる。 毎夜通る坂道、毎夜見るガードレールだが、わかってはいても黒い犬の出現にはぞくぞくする。 昔読んだ漫画に出てきた、攻撃用に訓練された犬は世界最強だ、なんていうセ…
当番ノート 第39期
「海」 寝苦しくて真夜中に目が覚めた 外を見ると高層ビルの光が揺れていた そうじゃなくて 窓の外を見たらイカ釣り漁船が ぽつりと浮かんでいるのが良いよ あの場所へと私を連れて行って コンクリートジャングルの中でも私は瞼の中に映し出す 目を閉じると轟きが聴こえる ・ ・ ・ 人がほとんどいない浜に絶えず白波が打ち寄せる。冬になると、まるで空と同化したかのように辺り一面灰色になる。 私にとって、長らく…
長期滞在者
このところ、ギャラリーに立ち寄る外国人の旅行者と思われる方々が目立ってきました。そしてリピーターになってくれる方が、家族やお友達を連れて再び来てくれたりすることが、徐々に増えてきています。 ギャラリーとしてのインバウンド対策、ということについて、今まで同業の誰ともそういう話題になったことがないのですが、日頃から備えておくことの一つとして、もっとも大事なのが、その場で持ち帰ることができる支度をしてお…
当番ノート 第39期
久しぶりだね。 君に初めて会ったのは小学生の低学年のころ。その頃の僕は、犬を飼えることが嬉しすぎて、毎日犬種図鑑を読んでいて。今でも日本にいるほとんどの犬種は言えるよ。犬の図鑑を見ているだけで、甘い果汁の海の中でボートを浮かべているような幸せな気持ちになっていた。君には言っていなかったけど、君に会うまでは、脚が短くて耳の立った犬、コーギーを飼ってもらおうと思ってた。何度もお店に見に行ってたんだけど…
長期滞在者
「読むこと」というのは孤独な営みであると思う。たぶん、そうであるから、わたしは読むことが大好きだ。 本を広げて、目のなかにとびこんでくる活字を追っていくうちに、頭のなかにはだんだん別な世界ができあがっていく。電車に揺られていようと、ロビーで飛行機を待っていようと、心地よい自宅でくつろいでいようと、本を読んでいるあいだ、想像力は現実の世界を離れて、もうひとつの別な物語を生きている。わたしの実体はひと…
Mais ou Menos
————————- まちゃんへ 2人で何とか生きている、というのがここ数ヶ月の自分たちを表す表現かなと思う。 生活に困っているわけではないけど、日々やりくりしている。どうにか生きている。特にまちゃんは、持病と頭痛、倦怠感などとも闘いながら、毎日よくやっていると思う。 まちゃんの頭痛がない日は、すごく嬉し…
長期滞在者
台湾へ旅行したとき、友人がインスタントカメラをくれた。古道具屋で見つけたという古いカメラを手にしたわたしたちは、こどもの遊び相手のお人形みたいにいつでもカメラを持ち歩き、いつでも誰かが誰かを撮った。旅先から自分の日常に戻り、わくわくしながら現像に出したら、あまりに古いそのカメラにはほとんど何にも写っていなくって、茶色いテキスタイルみたいな、だるんと長いネガだけが戻ってきてガッカリしたのだった。しか…
Do farmers in the dark
以前までここアパートメントでボールペンの絵を載せていたのですが、今月から絵を少なめにしました。ひどく退屈な文章などを載せていく予定です。今回の第一回目は主には食べ物と女性の事について書いています。 Do farmers in the darkの意味は「暗いところで農家をやる」という意味です。なんとなく最近そういう気分です。 ではよろしくお願いします! 第一回 海辺の町で猿になりそうな…