言わない

長期滞在者

IMG_0437

 先日、仕事の休みの日に、ひっそりとした韓国料理店に足を運んだ。山間の人気が少なく、そこに店があることさえわからないような場所。以前より、連れの母がどうしても連れて行きたいと言っていたお店だった。冷麺と美味しいチジミをいただいた。

 そこで、韓国からきたというお店のママさんと出会った。わたしは、基本初対面の人とはそれほど多くのことは語らない。だけれど、ものを言わなくても、なんとなく理解してくれる人というのが、この世の中にはいる。その人は、人の人相や手相が読め、干支と誕生日で占いもできるそうで、一緒に行った全員のことを占ってくれた。(とはいっても、自らそのように話し出したわけではなくて、連れの母の無理やりのお願いに、嫌々ながら答えてくれたという感じだったけれど……)

 結論からいうと、その人が言っていることはほぼ納得がいったし、当たっているなと思った。驚いたのは、結婚願望がないことを言い当てられたとき。日本の”ごく普通”の結婚には、ちっともに興味がないことが、手相に出てるなんて思わなかった。

 だけど、わたしが一番印象に残ったのは、自分のことを言い当てられたということ以上に、その人が友達はつくらない、と言っていたこと。必要以上に自分の胸の内を明かすのも嫌だと言っていたこと。全てを開けっぴろげにしなくても、人とひとは関われると、力強く言い放ったことだった。

 わたしは、そんなママさんの言葉に深く賛同した。世の中には、ひとに話したくないことだって存在する。語ることで傷つくことだってあるし、二度と口にしたくないことだってある。それを語らないからといって、信頼関係が築けないというわけでもない。開けっぴろげにしなくても、語る内容を選んでいても、いいじゃないかとわたしは思う。いくら仲が良かろうと、言いたくないことは言いたくないものだ。

 もちろん、ほぼすべてを打ち明けられる相手がいるというのもひとつの幸せだと思う。わたしは幸いそういうひとと一緒にいるけれど、かといってなにも秘密がないかといえばそうでもない。信頼しているし、愛していたとしても、自分の中にとっておきたいことは存在する。

なんにせよ、黙っていても生きていけるし、必要以上に人と仲良くする必要もない。選ぶのは自分だし、どうするか決めるのも自分だ。だから、その人の言葉でとても勇気付けられたんだった。誰彼構わず仲良くすることや、信頼関係を築くことがマストのように言われている世の中で、その通りにしなくてもいいんだよって肯定してもらえているような気持ちだった。

 きっと、わたしたけじゃなく、うちの人も同じように勇気付けられたはずだ。わたしたちは揃いも揃って、必要以上に語らない同士だから。言いたいことはいうし、言いたくないことは言わないし、この先も多分、そのスタンスは変わらない。だから、わたしの口数が少なかったとしても、気にしないで欲しい。話さなくても、好きな人のことはちゃんとは好きだから。だから、わたしは無理してまで言わない。