書は意味論じゃない

第32期(2017年4月-5月)

フランス人に書を見せると、決まって飛んでくる一番目の質問は、「これは一体何が書いてあるの?」だ。

「かな」もあるけれど、「かな」の書だって変体仮名交じりだったりして、今の日本語の感覚から読み解くには少々時間がかかったりする。漢字のカテゴリーだと大体中国語の古典文献から取ってきたものを書くことが多い上、私は中国語が分かるわけではないので、こういう反応が飛んでくると正直困る、けれど好奇心旺盛なフランス人にとったら、目の前の文字らしきものが一体何と書いてあるのか、理解したがるのは普通のことであろう。

書いている側からしたら、書く時にあまり意味を意識しているわけではない。もちろん意味を知っておいた方がいいだろう。しかし、書き手としては、それよりは、各文字のもつ特徴、構成、筆をどう動かすか、特に書体から来る全体のリズムを理解し、体現出来るよう注意している。もちろん、(少なくとも私の場合は)書く前に、翻訳なり元の文を読み、意味を理解し、ある程度頭に入れた上で、書くように心がけているけれども、数ヶ月前に書いたものを人に見せる際、私は頭が悪いので、せっかく頭に入れた意味が吹っ飛んでしまっている時があって、そういう時は上手く伝えられないので、本当に困る。確かこういう意味だったはずだけど… と思いながら、大意だけ伝える時の情けなさよ。そして彼らの、堂々と見せてくれる、腑に落ちない顔といったら。そしてそういう日の夜には、決まって夫に「大体上手く説明出来ないなんてことはないんだよ。上手く説明出来ないってことは、きちんと理解出来なかったってことなんだから。僕らフランス人は『上手く説明出来ないんだけど』って言い訳は嫌い。イライラする」と叱られている。

言い訳がましいけど、私の人生のTo doリストの中に、毎年「中国語をもっと真剣に勉強する」と「イタリア語を勉強する」がある。
夫の母はイタリア人なのに、時代的なこともあって家でイタリア語はあまり話さなかったそうで、夫はイタリア語が話せないくせに時々ひどくイタリア人ぶるので、その度に私は「イタリア語が話せないイタリア人なんていない!イタリア人ぶるな!マッチョになるな!」と怒っているのだけど、イタリアでは仕事にありつけないとしても、イタリアは息を飲む程美しい国で、私はイタリアにずっと恋をしているので、時々須賀敦子さんの文章を読んだりしてその時代の思いを感じたり、いつか夫と一緒にイタリア語を勉強したいなぁと思っている。(夫は全然真剣に勉強したことがないのに、やっぱりイタリア語のリズムを聞いて育ったからなのか、ちょっとでも喋らせてみると正しいアクセントで発音するので、さすがである。)

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2015年1月。ギイ・シャルル・クロ「流れ」より。
(この時の私、赤ちゃんみたいな顔してるなぁ。この時に比べると、今はだいぶ、ず太くなったように思う。この時書いたものの気持ちは、今でもずっと変わらず私の心の中にある。決意表明みたいだ。)

いつも、メッセージのある書を書きたいと思っている。それは書という媒体を通したアートだ。0から1を生むことは大変なことで、たぶんココ・シャネルくらい天才じゃないと成し得ないだろう。ピカソは毎日絵を描いていて、一日の終わり、眠る前に「さぁ明日はどんな絵ができるかな」と言ったそうだ。

先生やデザイナーの友達と話してみても、みんな1から2を生み出していることを教えてもらった。前回少し触れたけれど、今漠然と感じて止まない、私のクリエーションへの憧れと、ジレンマ。自分の自信のなさは一体どこから来るのかなと思って、一度精神科にでも行った方がいいのかなと思った時期もあった。やれ金髪にしてやろうとか、突飛な服装をしようとか、ソフト面で派手になろうと思っても、それじゃまるで中学生みたいだし、一番大事なのは自分自身、ハードであることに気付いた。

アーティストは皆、一見普通の人。だけど話してみると、みんな自分の宇宙をしっかりと持っているのが分かる。Artistというのは生き方で、姿勢だろう。”Artisty”なのは一番いけない。ソフトにだけ凝っては駄目だ。時代の流れというものがあるから、見せ方や発表の仕方に昔では到底考えられなかったような発展があるのは仕方がないだろう。けれど、ハード、字で勝負できるかがまず一番大事なことだ。それを忘れずにいたい。

ある時パリの書店でうろうろしていると、とある本の中で「書は凍れり音楽」という言葉に出会った。やり直しのきかない、一瞬の美だから凍っているのだろう。それでいて、いろいろなハーモニーを兼ね備えているからこそ、音楽。実に当たっている。

他に好きな言葉として、「誰も文字を書いているのではない」がある。あの言葉は本当で、書は文字でありつつも、それは文字という域を凌駕したものなのだ。

「芸は身を助ける」と言うが、私がパリで書道に「再会」した時、まさかここまでのめり込むとは思ってもおらず、その後パリで書をやっていきたいと決意したはいいものの、どんなアートだってそうだけれど、書もそう簡単に人を助けてくれるような芸術ではなく、『いつか何か実になるのだろうか、、、』と少し絶望的な気持ちになりつつ、苦しみながら、家で一人、ひたすら臨書していた時のことをまるで昨日のことのように思い出す。近付いたかと思うと、すぐにまた遠くなる。書の道は一生の勉強なのだから、あまり気を立てることなく、例えば『あぁ、草書ね。はい次、草書書きます』くらい気を楽にしたスタンスで取り組んで行きたい。のんしゃらん。

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初めて誰か第三者が運営されているサイトで、こうして文章を書かせてもらうという機会を得ました。
全体としてやはり統一感があった方がいいと思ったので、連載を始める前に、せめて途中くらいまではあらかじめざっと書いておいて、それから日本で書いたり、こうして今はブルターニュの小さな海沿いの町で書いている。(インターネットがなく、仕方なく見つけたおっちゃんだらけの大衆的なカフェにいるので、ここで書について書くというのはいわば一種のチャレンジみたいなものだけど…(笑)。)全体の感じはしっかり決めておきたいと思っていたものの、そこまでガチっと組みたくはなく、自由な気持ちで筆の向くまま書いてみたい、という気もあった。

私の知っていることなんて、所詮人から聞いたことでしかなくって、つくづく自分は本当に何も知らないなぁと思っている。いろいろな解釈の仕方もあるし、(いつも確認していたけれど)もしかしたら間違ったことも書いたかもしれない。

書展へ足を運ぶ人はどんどん少なくなっており、書道人口も減っているのか、はたまた昨今の書道ブームで増えているのか、よく分からないけれど、「どういう風に鑑賞していいか分からない」という壁を、少しでも取っ払うことが出来たら嬉しい。また、どんなアートであっても、あまり頭で難しく考えるのではなく、感じるままに見ればいいと思っている。書も同じだ。

二ヶ月間どうもありがとうございました。あっという間だったし、何より楽しかったです。
フランスでこうして書に打ち込めることに感謝しています。また、恥ずかしながら日本好きのフランス人から日本について教えてもらうことも多い。「浮雲」はお坊さんのコードネームだよ、とかね(笑)。

パリにいるおかげで何でも本物を簡単に見ることも出来る。ここで培ったものを取り込んだ書が実現できるよう、これからも私なりに真剣に身を捧げ、のんびりと書の道に向き合って行きたいと思っています。いつか、「これが岡﨑真理の書だ」と言われる日が来るように。

またどこかでお会い出来ましたら。
A bientôt !