山手線を周回しながら

第44期

「まちで詩を書く」という企画をはじめた。
町中にある屋外のパブリックスペースで詩を書く。そのあいだそれをSNS上で公開し、同じところにいっしょに詩を書きにくる人を募集する。来てくれた人にはクリップボードとペンと紙を貸し、詩を書く時間をともにする、という企画だ。

場をひらくようになって何年か経つ。
大学時代に長期インターンで作らせてもらった短歌のワークショップを皮切りに、定期的にことばのワークショップを作ったり、「しょぼい喫茶店(店名)」で週に一度イベントをしたりしている。単発のワークショップならまだいいけれど、喫茶店に立つと決めたときはけっこう物怖じした。同じ場所にいつづけることで、固定された身内の輪みたいなものを作ってしまうのが怖かった。
さいわい、「しょぼい喫茶店」の空間に、そしてそれ以上にオープンなお客さんたちに助けられ、たぶんそうはならずにすんでいるが、いまでもまだすこし怯えている。自分が特定のコミュニティにこもり、その外にいる人をためらいなく排除しだすことが、わたしはいやなのだ。
いやなのだ!

新宿の駅前ではじめて「まちで詩を書く」をやってみたら、なんと十二人もの人がやってきた。ちらほら訪れては詩を書き、終わるとはたりと帰っていった。その淡白さがおもしろかった。ゴールデンウィークで人通りが多かったからか、足音のことを書く人が多かった。
普段のわたしは電車のなかで詩を書く。JRの一日乗車券で環状線である山手線に乗り込み、都心をぐるぐる周回しながら書くのがいちばんいい。町と人とが幻燈のように移りすぎ、どこにもいないような気分になってくる。わたしはつねに移動しつづけていて、だれのなかまにもならない、だれにも見つからない。そう思えることの、なんと身軽で、快哉なこと。
だが、「まちで詩を書く」をやっているあいだは、自分のからだは明確にひとところにいる。その目新しさがありながら、人が来てまた去っていく感覚は電車のなかと似ていた。たまたま同じところにいただけで、たいしてつながりあわない関係、それはけっこうよかったような気がする。

「もっとぼんやり聞いて。一つの音に集中しないで」
そういわれたのは、友だちの家で音楽を聞いているときだ。
「わたしリズム感がなくて乗り方がわかんないんだよねえ」
「ベースとドラム聞いてみ」
「ベースとドラム? 高い音しか聞こえない」
そういったらもらったアドバイスだった。
試してみると、たしかにさっきまでとは聞こえ方が違う。高い音も低い音もそれぞれぼんやりすこしずつ聞こえてきて、一段高いところに登って景色を見ているみたいだ。
「おもしろい!」
「これでもう踊れるでしょ」と友だちはいう。ざんねんながらそううまくはいかない。それにはまたもう何段階かひつようだ、とわたしは思う。

でも、おもしろい。それは、わたしが場をひらくときの意識の傾けかたと、ほとんど同じだった。
ワークショップやなんかのとき、ぼんやりしていながら、同時にできるかぎり意識を澄ませようと試みる。個別のできごとにそこまで集中せず、泳がせておきながら、空間全体に向かって意識を引き延ばすような感覚だ。
すると、そこにいる人たちは個体でありながら、同時に全体でひとつの大きな生き物のようにみえてくる。わたしは凪いだ水につまさきを差し入れるように、そこへ言葉を投げかけ、指示を出し、影響をうける。水には底がないので危なっかしいが、浸ってゆくのはたのしい。場がほどけて終わっていくころゆるやかに浮上して、そこではじめて、自分が息を止めていたと気づく。

さて、この連載でずっと「町」のことを書いてきた。
ひとりに対して向ける視線を残したまま、それを空間全体まで引き延ばす。その見方をいくばくか体験していることも、「町」に目が向くようになった要因ではないか。
わたしは都会で暮らしているので、ひとりから引き延ばされた空間をさらに広くへと引き延ばすと、そこには町がある。潜水するようにぼんやりと、町全体へ耳をかたむけることをしてみたかった。

どうやら、この「引き延ばす」という動作に、わたしはなにか希望のようなものを見ようとしているみたいなのだ。
自分が輪を作り、排他的になることが怖いといった。輪の最小単位は一対一の関係で、わたしたちはおたがい大切に思いあうことによって、ときにほかの誰かを忘れることができる。だが、ひとりを大切にしながらも、同時に広い範囲の全体をぼんやりとまなざすこと、またそれをつぎつぎに拡張していくことができたら、そこには関係のあたらしいかたちが見えてくるのではないか。

山手線を周回していると、もちろん駅前はにぎわっていて、駅ごとに特色もある。ちがう町どうしはスペクトラム式につらなり、移りかわる。境目はあるようでない。このどこからどこまでがひとつの町だろうかと考える。
踊るにはもう何段階かひつようだ。
この記事も電車のなかで書いている。もうすぐつぎの駅に到着する。