詩「いつかまちがきみをおぼえて」

第44期

目的地のある足が
異なる拍の足音を
道へ打ちこんでゆく
スニーカーの四分の四拍子と
ハイヒールの八分の六拍子とは
倍数ごとにふれあっては
ふたたびはなれる
それから革靴のアレグロを聴いたりする

打たれた足音を
まちはすべて記憶しているが思い出すことはない
ぼくは座って停まっている
座る身体にも目的地はあって
活動はどれもおわりを既に含んでいる
いま_にしか打たれない拍
むじゃきな個別のあらわれ

ひとたちは
水曜日は廃品回収がくるから電気をはやく消す
朝はめまいがしないよう甘いコーヒーをえらぶ
きみが手慣れた喉のあつかいで咳こむそのとき
ぼくは右足だけ一段飛ばしに階段を登りはじめ
おじさんが莫大なくちをあけて蕎麦をかじる
ひとたちはときどき死ぬ

おおきな
になりたいと願ったとして
皮膚が
あるいは境い目が
ふくらみだすことはないが
きみはおおきなのなかにいて
同時におおきなになりもする
また足音に
おじさんに
ぼくになりもする
それでいてきみはきみの目的地をもっていて
きみのぼんやりした拍を容赦なくまちに打ちこむ

季節を手にうけるときかならず季節を失うように
きみはすでにきのうの拍を失っているが
倍数がふれあうようにきっとまたあうだろう
まちに思い出す機能はなく
しかしきみにはあるのだ

おおきなのなかで
かさなりあう変拍子を聞くことがある
まちは記憶し_きみが
代わりに思い出すとき
死んだひとたちの拍がきみのからだを打つ

いつかまちがきみをおぼえて
ほかのだれかに聞かせるとき

きみはここにはいないだろう
きっとはなれた公転をして
倍数ごとにまた