カラオケだったら中目黒に安いとこあるから

第44期

今年はなぜか桜の時期の中目黒に三回も行った。たまたま用事が立て続いたのだ。ふだんはなるべく人混みを避けて暮らしているので、これは不覚だった。

中目黒には行きつけのワークショップの教室があるのでしばしば足を運ぶ。生活と商業のけはいが、またにぎやかさと静けさとがシームレスに交じり合う町で、歩きごこちがいい。
ところが、桜が咲くだけで、町はまったく別の顔をみせる。
目黒川に人が殺到するせいで、改札を出たところから通行規制がかかっていて、ひとつ横断歩道を渡るだけで十分くらいかかった。渡りきれないので次の信号をお待ちください、と警官の声がひびく。川沿いの飲食店にはふだん売っていない食べ歩きメニューが並び、ロゼワインが無料で配られ、赤提灯がゆれる。カップルも、自撮り棒をかかげる女の子の集団も、外国人観光客も、みなどこか上気して見える。
わたしはうんざりするのと同時にすこし高揚しながら、教室があるビルをめがけ、必死に人波をかいくぐっていく。桜はちょうど満開で、散りはじめることもなく、表面張力のようにまるく咲いている。

カラオケだったら中目黒に安いとこあるから行こうよ、
といったのは中学のときの友人で、そのときわたしはまだ中目黒に行ったことがなかった。ついでにカラオケにも行ったことがなかった。なので、中目黒を電車で通過するときには、ああ、安いカラオケがあるところね、と思い、カラオケの話を聞くと、ああ、中目黒にあるやつね、と思った。
にもかかわらず、結局そこへは行ったことがない。その友人とは何回もカラオケに行ったのに、場所は毎回渋谷の歌広場だった。なんでだ。
いま思うと、中目黒にしかない安いカラオケってなんなんだろう。チェーン店じゃないんだろうか。

そういえば、この連載に誘われたのも中目黒だった。つい最近だがまだ桜が咲く前だ。
窓の大きなカフェで、西日にさらされながら、

「やりたいこと、ってみんないいますけど、わたしにはとくにない気がするんです。だれかがしんどいときには、ほかのだれかが側にいられたらいいと思っていて、でもそれはわたしでなくてもいい。でも、だれもいないなら、わたしがいたいような気もするんです。でも、支えたい、とか、救いたい、とかはなくって、ただ、たまたまそこに居合わせたいっていうか……」

みたいな、歯切れのわるい話をしていた。聞いてくださっていた悠平さんは、ゆっくり頷いてくれ、さらには「詩を書いて生きていくしかないんじゃない?」といった。そしてアパートメントに誘われた。鍵をもらったようなきぶんで帰る。安いカラオケ屋は見当たらない。

中目黒においしいお店あるから行こ、
と誘ってくれた大学の同期は、ちゃんとそこへ連れていってくれた。中目黒で降りたのはそれがはじめてだったような気がする。
そこは、大通りから一本入った道にあるこじんまりしたお店で、ふたりだと食べきれないくらいの量のごはんが出てきて、なにを食べてもおいしい。下戸のわたしがオレンジジュースを飲んでいるあいだに、彼女はぱかぱかワインやなんかを飲み、ふたりして熱心にごはんを食べる。
「わたし、いま化粧落ちてない?」と聞かれたので、「落ちてないよ、かわいいよ」と答えたら、しばらくしてから同期はトイレに行き、「化粧ぜんぶ落ちてるじゃん、適当言うなよ」といいながら帰ってきた。誤解だ。わたしは化粧をしないのでほんとうに見分けがつかず、かつ彼女のことはほんとうにかわいいと思っているのだ。
そのあと、彼女がけっこう酔っぱらって、わたしたちはなぜか駅まで手をつないで帰った。わたしは両性愛者、彼女は異性愛者で、スターバックスの看板がまぶしかった。

中目黒、という町をどれだけながめても、安いカラオケ屋はどこにもない。ほんとうに存在するのか、あったけれどなくなってしまったのか、それとも、噂だけではじめからなかったのか、知りようがない。

なんとか川沿いを抜け、目的の教室にたどりつくと、ちいさな桜の盆栽が飾ってあった。ワークショップの先生が、外は人が多すぎるから、これを代わりにしてここでお花見をしましょう、満開ですよという。
とてもいい案だと思う。ちいさな町ができたようでうれしくなる。